14. 生活魔法? いいえ、高圧洗浄(ウォーターカッター)です
「……ほう、魔導書をお探しで?」
ベルグの裏通りにある古びた魔導具店。
埃とインクの匂いが漂う店内で、老婆の店主がカウンター越しにレンジを見上げた。
「はい。初心者でも使える、簡単な攻撃魔法の教本があれば」
レンジが尋ねると、老婆は鼻で笑い、埃をかぶった薄い本をカウンターに放り投げた。
「攻撃魔法なんざ、才能がなけりゃ火種一つ起こせやしないよ。悪いことは言わん、まずはこの『生活魔法全集・入門編』にしときな。『水生成』や『着火』くらいなら、魔力が少ない一般人でも練習すれば使えるようになるさ」
「生活魔法……ですか」
レンジはパラパラとページをめくった。
本来、攻撃魔法は複雑な術式と大量の魔力を要する。
対して生活魔法は、コップ一杯の水を出したり、焚き火の種火をつけたりする程度の、日常の補助に使われるものだ。
「(……まあ、トリマーとして『水生成』は覚えておいて損はないか)」
レンジはふと、愛用の『聖銀のコーム』を思い浮かべた。
あれは変形させればシャワーになるが、あくまで「動物の皮膚を傷つけない優しい水流」しか出せない仕様だ。
だが、グリフォンのような大型魔獣や、泥だらけになった足を洗う時は、もっとガツンと強い水圧で汚れを吹き飛ばしたい時がある。
「(コームのシャワーじゃ『予洗い』には水圧不足なんだよな……。魔法なら、自分で水圧を調整して、『高圧洗浄機』みたいに使えるかもしれない)」
そう考えたレンジは、本来の「攻撃魔法」という目的を「高圧洗浄」という目的に替え、納得して頷いた。
「これにします。ありがとう、釣りはいらないよ」
「へっ、気前のいい兄ちゃんだね。ま、頑張んな」
◇
ベルグの街を出てすぐの、岩が転がる荒野。
レンジたちは魔法の特訓のためにやってきていた。
「よし、やるぞ」
レンジは魔導書を広げた。
足元ではクオンが監督役として座り、少し離れた岩の上でルナとエメが見学している。
「(基本中の基本、『水球』だ。本来は飲み水を作るための魔法だが、ぶつければ多少の目くらましにはなる)」
「オッケー。イメージが大事なんだよな」
レンジは右手を突き出し、魔導書に書かれた呪文を唱え始めた。
「『大気満ちる水の精霊よ、我が手に集いて球となれ……』」
ここで重要なのがイメージだ。
普通の冒険者なら、「丸い水の塊」をイメージするだろう。
だが、レンジはトリマーだ。
彼の脳裏に浮かんだ「水を使う場面」とは、飲み水ではない。
(頑固な泥汚れを落とす……もっと強く! 毛の根元まで届く水圧!そう、業務用シャワーヘッドの最大出力!!)
レンジの指先に、『神の手』の魔力循環が発動する。
無意識のうちに、放出される水魔法に対して「能力向上」を行ってしまったのだ。
本来、チョロチョロと出るはずの魔力が、ダムが決壊したような勢いで指先に殺到する。
「……『ウォーター』ッ!!」
レンジが叫んだ瞬間。
ドシュッ!!!!
破裂音に近い音が響いた。
レンジの指先から放たれたのは、ふわふわした水球ではない。
目にも止まらぬ速度で噴射された、極細かつ超高圧の「水流」だった。
その水流は、直線上にある空気を切り裂き、10メートル先にあった巨大な岩に直撃した。
ズバァァァンッ!!
一瞬。
本当に一瞬だった。
大岩の中央に一直線の亀裂が入り――次の瞬間、岩が真っ二つに割れて左右に崩れ落ちた。
切断面は、まるで研磨された鏡のようにツルツルに輝いている。
「…………へ?」
レンジは自分の指先と、割れた岩を交互に見た。
「(…………)」
クオンが口をあんぐりと開けて固まっている。
ルナとエメも、目をまん丸にして震えている。
「あ、あれ?これ『ウォーター』だよな?えっ、岩切れた?」
レンジが困惑していると、クオンがこめかみを押さえながら近づいてきた。
「(……馬鹿者。それは『水球』ではない。『水断』だ)」
「カッター?」
「(本来、水魔法の極致に至った大魔導師が使う、攻城兵器レベルの術だ。それを初級魔法の詠唱で、しかも無詠唱に近い速度で放つ奴があるか!)」
クオンの解説によると、レンジの「汚れを落としたい」という強すぎるイメージと、「無尽蔵の魔力」、そして『神の手』による「出力の能力向上」が組み合わさり、ただの水魔法が「超高圧洗浄機(工業用)」へと変貌してしまったらしい。
「(恐ろしい……。貴様の『洗いたい』という欲求は、岩をも断つのか)」
「いや、違うって! 俺はただ、シャンプーの泡切れを良くしたいだけで……!」
レンジは慌てて否定したが、事実は目の前にある。
真っ二つになった岩。
これはもはや、護身用どころではない。立派な必殺技だ。
「ま、まあ、結果オーライか?これなら遠くの敵も倒せるし」
「(……まあな。だがレンジよ、一つ忠告しておく)」
クオンは真剣な眼差しで言った。
「(絶対に、その魔法で我やルナたちを洗うなよ?死ぬぞ)」
「……気をつけます」
レンジは冷や汗をかいて頷いた。
こうして、レンジは初めての魔法『高圧洗浄』を習得した。
トリミングに使うには危険すぎるが、街道にはびこる魔物や悪党を「掃除」するには、これ以上ない武器を手に入れたのだった。
「キュウ……(パパ、こわい……)」
エメが少しだけ引いているのを見て、レンジは「練習して弱めるから!」と必死に弁解する羽目になった。
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