13. 強欲な商人と、裁きの鉄槌
「エメ、その串焼き美味しいか?」
「キュウ!(うまうま!)」
夜の帳が下りた交易都市ベルグ。
レンジたちは市場での買い物を終え、宿泊場所である『銀の箱舟』へと戻る途中だった。
レンジの肩の上では、綺麗になったエメが、エメラルドを月明かりに輝かせながら、レンジから貰った小さな果物を齧っている。
「(……レンジ。つけられているぞ)」
足元を歩くクオンが、低い声で警告した。
レンジも気づいていた。
裏通りに入ったあたりから、複数の足音が背後からついてきている。
「ああ。……昼間の店主だろうな」
レンジはため息をついた。
あの店主は、レンジが去り際にちらりと見せたエメの「宝石」に気づいていたのだ。
ゴミだと思って捨てたものが、実は国宝級の宝石獣だったと知れば、強欲な商人がどう動くか想像に難くない。
「ここらでいいか」
レンジたちは人気のない路地裏で足を止めた。
すると、待っていたとばかりに、前後から粗暴な男たちが現れた。
総勢10名。手には剣や棍棒を持ち、目つきは明らかに堅気ではない。
そして、その奥から、昼間のスキンヘッドの店主がニタニタと笑いながら現れた。
「へへっ、待ち伏せとは余裕じゃねえか、兄ちゃん」
「何の用だ? もう取引は終わったはずだが」
「終わってねえよ!俺は騙されたんだ!そのカーバンクルは俺の商品だ、返してもらおうか!」
店主が叫ぶと、傭兵崩れの男たちが武器を構えてジリジリと距離を詰めてくる。
「(愚かな……。神獣である我と、災害級の猫がいるとも知らずに)」
クオンが呆れて爪を伸ばす。
ルナも影の中に沈み込み、戦闘態勢に入る。
だが、レンジは片手でそれを制した。
「手出し無用だ、クオン、ルナ。……これはエメの件だ。俺がケジメをつける」
レンジは静かに前に出た。
武器はない。手に持っているのは、先ほど手入れに使っていた『聖銀のハサミ』だけだ。
「はっ!ハサミ一つで何ができる!やっちまえ!」
店主の号令で、先頭の大男が鉄の剣を振りかざし、レンジに斬りかかった。
「死ねやぁッ!」
ドッ!!
重い剣がレンジの頭蓋を砕く――はずだった。
「……え?」
大男が間の抜けた声を上げた。
剣が止まっている。
レンジが掲げた左手――その指先でつまんだ「ハサミの刃」によって、剣が受け止められていたからだ。
レンジは戦闘職ではない。レベルも「Lv.1」のままだ。
だが、彼には「無尽蔵の魔力」と、ユニークスキル『神の手』がある。
レンジは無意識のうちに、自身の肉体に膨大な魔力を循環させ、『神の手』の応用で筋繊維と皮膚強度を極限まで「強化」していたのだ。
なまくらな鉄剣程度、止まって見えて当然だった。
「悪いが、俺は仕事道具を傷つけられるのが一番嫌いでね」
レンジは冷徹な目で呟くと、右手の指に魔力を込めた。
ハサミの刃が、剣身を挟み込む。
パキンッ!!
乾いた音が響き、鋼鉄の剣がまるでビスケットのように砕け散った。
「は、はぁぁッ!? 剣が!?」
「次は服だ」
レンジの姿がブレた。
魔力強化された脚力が、石畳を砕くほどの踏み込みを生む。
暴れる魔獣を制するために磨いた「保定技術」と「身のこなし」が、規格外の魔力で加速され、達人級の体術へと昇華されていた。
一瞬で男の懐に入り込むと、ハサミを閃かせた。
シュババババババッ!!
「うわああああっ!?」
男が悲鳴を上げて倒れ込む。
だが、血は出ていない。
代わりに、男の着ていた革鎧とズボンが、縫い目という縫い目を綺麗に切断され、バラバラになって弾け飛んだのだ。
路地裏に、パンツ一丁の男が転がる。
「な、なんだコイツ!?速すぎる!」
「囲め!一斉にやれ!」
残りの男たちが一斉に襲いかかる。
だが、レンジには止まって見えた。
暴れるグリフォンの背中に乗ることに比べれば、人間の動きなどスローモーションだ。
『聖銀・カット』
銀色の閃光が路地裏を駆け巡る。
剣が折られ、槍が切断され、そして全員のベルトが切られてズボンがずり落ちる。
「ひぃッ! ば、化け物だ!」
「俺の自慢の剣が!」
数分もしないうちに、路地裏は「武器を失い、半裸で震える男たち」の山となった。
レンジはハサミをチャキッと鳴らし、真っ青になって震える店主の元へと歩み寄った。
「ひ、ひぃぃ……!く、来るな!金か!?金ならやるから!」
店主が腰を抜かして後ずさる。
レンジは店主の目の前で屈み込み、冷ややかな目で見下ろした。
「金はいらない。ただ、一つだけ覚えておけ」
レンジは店主の鼻先にハサミを突きつけた。
「動物は『モノ』じゃない。命だ。二度と、生き物を粗末に扱うな。……次にやったら、その自慢の髭どころか、身ぐるみ全部剥いでやるからな」
「は、はいぃぃぃッ!!」
店主は悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出した。
半裸の傭兵たちも、慌ててその後を追って逃げていく。
「(……ふん。甘いな、レンジ)」
クオンが退屈そうに欠伸をした。
「(我なら魂ごと燃やし尽くしていたぞ)」
「殺したら後味が悪いだろ。それに、十分懲りただろうしな」
レンジはハサミを魔法鞄にしまい、肩のエメを撫でた。
「怖かったか、エメ?」
「キュウ……(ううん、パパ強かった!)」
エメは尊敬の眼差しでレンジを見つめ、その額のエメラルドをキラリと輝かせた。
その光は、まるでレンジの勝利を祝福しているようだった。
「さて、帰るか。」
レンジはふと、自分の手を見つめた。
今回は相手が弱かったからハサミだけでなんとかなった。
だが、もし魔法を使う敵や、遠距離攻撃をしてくる魔物が相手だったら?
トリマーの道具だけでは、守りきれないかもしれない。
「クオン。俺さ『魔法』を覚えたい」
「(……ほう?)」
「自分を守るため、それとエメたちを守るために、攻撃手段が欲しいんだ」
「(よい心がけだ。お前ほどの魔力があれば、国の一つや二つ消し飛ぶ魔法が使えるだろうよ)」
「いや、国は消したくないけど……」
レンジは苦笑いしながら、夜空を見上げた。
明日は、魔法屋に行こう。
トリマー・レンジの「魔法使いへの道」が、唐突に始まろうとしていた。
感想・質問・誤字脱字・雑談 等
良かったら書いていって下さい!
今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣と気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!




