9. 領主館の雷鳴と、必殺のブラッシング
「うわぁ……。デカイな」
ギルドマスターの紹介状を手に、レンジたちは街一番の高台にある「領主の館」を見上げていた。
白い石造りの巨大な屋敷は、城と言っても差し支えないほどの威容を誇っている。
門の前には完全武装の衛兵が立ち、ピリピリとした空気が漂っていた。
「(ふん。我が住んでいた『天の宮』の厠ほどの大きさだな)」
「(クオンさんのトイレ、デカすぎません……?)」
クオンの辛辣な感想(とスケールの大きさ)に引きつつ、レンジは門番に紹介状を見せた。
すると、すぐに鉄門が開かれ、執事が飛んできた。
「お待ちしておりました!ギルドから派遣された『特級の調獣師』様ですね!?」
「え、あ、はい。レンジと言います」
(特級?Fランクなんだけどな……ミリアさんが盛って伝えたな)
レンジは一抹の不安を抱えつつ、案内された庭園の奥へと進んだ。
そこには、物々しい魔法結界が張られた、巨大な鉄檻が設置されていた。
『グルルルゥッ……!!ガガガッ!!』
檻の中から、地響きのような唸り声と、激しい衝突音が響いてくる。
そして時折、青白い稲妻がバチバチと弾け、鉄格子を焦がしていた。
「ボル太!やめてボル太!暴れないで……ッ!」
檻の前では、豪奢なドレスを着た金髪の少女が、涙を流して叫んでいた。
まだ10歳くらいだろうか。彼女の悲痛な声に、周囲の騎士たちも苦い顔をしている。
「エリスお嬢様、お下がりください!結界が破られる危険があります!」
「嫌よ!あの子は病気なだけなの!殺処分なんて絶対させない!」
どうやら状況は切迫しているらしい。
レンジは執事に案内され、少女――エリスの元へ歩み寄った。
「失礼します。ギルドから来ました、レンジです」
「え……?あなたが、新しい先生?」
エリスは涙目でレンジを見上げ、そしてその足元と肩の魔獣を見て、少しだけ目を見開いた。
子供の純粋な目は、クオンたちの「特別さ」を本能的に感じ取ったのかもしれない。
「お願い、助けて!ボル太は……ボル太は、本当は優しい子なの!急に怒り出して、誰も近づけなくて……!」
レンジは檻の中を見た。
そこにいたのは、体長2メートルほどの巨大な豹だった。
だが、その姿は異様だった。
本来なら美しいはずの黄金の毛並みは、泥と汚れで黒く固まり、逆立ち、全身に青い電撃を纏ってスパークしている。
目は血走り、口からは泡を吹き、狂ったように檻に体当たりを繰り返している。
「(……ほう。雷属性の魔獣か。魔力が暴走して自家中毒を起こしているな)」
クオンが冷静に分析する。
「他の専門家たちは、『狂犬病のような病気だ』とか『魔王の呪いだ』とか言って、殺すしかないって……。でも、違うの!」
エリスがレンジの服の裾を掴んで訴える。
レンジは静かに頷き、自身の目を細めた。
『神の手』発動。
トリマーの視界が、魔獣の状態を解像度高く切り取っていく。
【解析結果】
対象: サンダー・レパード(愛称:ボル太)
状態: 極度の帯電障害、全身打撲、重度の毛玉(フェルト化)による皮膚呼吸不全
(……なるほど。これはキツイな)
レンジはため息をついた。
原因は「呪い」でも「病気」でもない。
『手入れ不足による電気地獄』だ。
雷属性の魔獣は、自身の体毛で電気を蓄え、放出する。
だが、換毛期に抜け毛が処理されず、そこに汚れが絡まってフェルト状になると、電気が放出されずに体表に溜まり続ける。
動くたびに強力な電気がバチッ!と自分を襲い、毛玉が皮膚を引きつらせる激痛が走る。
パニックになって暴れれば暴れるほど、摩擦で電気は増し、痛みも増す悪循環。
「お嬢様。……あの子、最近ブラッシングしました?」
レンジの問いに、エリスはハッとして首を振った。
「い、いいえ。ボル太はブラッシングが嫌いで、逃げ回るから……ここ半年くらいは、誰も触れてなくて……」
「やっぱり。原因はそれです」
レンジは魔法鞄から『聖銀のコーム』を取り出した。
「えっ? ブラッシング……ですか? でも、あんなに暴れているのに……」
「暴れているからこそ、やるんです。……執事さん、結界を解いてください。俺が入ります」
「なっ!?正気ですか!?あの雷撃を食らえば、人間など一撃で黒焦げですよ!」
騎士団長らしき男が怒鳴った。
確かに、檻の中は高圧電流が荒れ狂う処刑室のような状態だ。
「大丈夫です。雷なら、避雷針がありますから」
レンジはニヤリと笑い、足元のクオンを見た。
「(……おい。嫌な予感がするのだが?)」
「頼むよ、クオン。あいつの電気、吸い取ってくれないか?お前なら余裕だろ?」
「(……人使いの荒い奴だ。まあよい、あの程度の雷、我の『狐雷』の燃料にもならんがな)」
クオンは呆れつつも、尻尾を一本だけゆらりと立てた。
「開けてください。責任は俺が持ちます」
レンジの有無を言わせぬ迫力に、執事が震える手で結界解除の合図を出した。
重い鉄格子が開く。
その瞬間。
『グアァァァァッ!!』
自由を得たサンダー・レパードが、眼前のレンジ目掛けて飛びかかり、極大の雷撃を放った。
視界が白く染まるほどの高圧電流。
エリスが悲鳴を上げる。
だが。
バチバチバチッ……シュゥゥゥ……。
その雷撃は、レンジに届く直前で直角に曲がり、足元の小さな金色の狐へと吸い込まれていった。
いや、吸い込まれたのではない。
クオンが「食べた」のだ。
「(……ふん。味が薄いな。少し泥臭い電気だ)」
クオンはペロリと口元を舐め、平然としていた。
必殺の一撃を無効化され、サンダー・レパードが「えっ?」という顔で固まる。
その隙を見逃すレンジではない。
「お待たせ。痒かったよな?」
シュバッ!!
レンジは一瞬で魔獣の懐に飛び込むと、聖銀のコームを構えた。
トリマー奥義、炸裂。
「『絶対解毛』――!!」
館の庭に、銀色の閃光が走った。
それは剣閃ではない。超高速のコーミングだ。
硬化した毛玉の「結び目」だけを魔力で解き、皮膚を傷つけずに絡まりを断ち切る神業。
ボフッ!バフッ!!
まるで爆発したかのように、汚れた毛玉の塊が宙を舞う。
『ガルッ!? (えっ、なに!?涼しい!?)』
サンダー・レパードの悲鳴が、驚きの声に変わる。
これまで自分の皮膚を締め上げ、電流を閉じ込めていた「絶縁体(毛玉)」が消滅したのだ。
「仕上げだ。……変形、『送風機』!」
レンジのコームが『ガシャン!』と筒状に変形する。
そこから猛烈な突風――しかし、イオンを含んだ優しい風が吹き出し、皮膚に残っていた細かい死毛とダニ、そして帯電していた静電気を一気に吹き飛ばした。
「グルニャァァァァ……(きもちいいぃぃぃ……)」
数分後。
そこには、地面にだらしなく寝転がり、お腹を出して喉を鳴らす巨大な猫――いや、豹の姿があった。
黒ずんでいた毛並みは、本来の輝くような黄金色を取り戻し、時折パチパチと弾ける電気は、痛々しい稲妻ではなく、宝石のような煌めきに変わっていた。
「……嘘……」
エリスが呆然と呟いた。
騎士たちも、執事も、開いた口が塞がらない。
殺処分しかないと言われた凶獣が、わずか数分で甘えん坊の子猫になっているのだから。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様」
レンジは手についた毛を払い、エリスに手招きをした。
「撫でてあげてください。もう静電気も起きませんから」
「は、はい……!」
エリスはおずおずと近づき、ボル太の頭に触れた。
バチッとはこない。
そこにあるのは、フワフワで温かい、極上の毛並みの感触だけだった。
「ボル太……っ!よかった……!」
「ナァ〜ン」
ボル太はエリスの頬をペロリと舐め、その体を優しく抱き寄せた。
感動の再会に、庭園が温かい空気に包まれる。
「(……やれやれ。これで一件落着か)」
クオンが退屈そうに欠伸をし、ルナが宙に舞った毛玉を影で捕まえて遊んでいる。
レンジは満足げにその光景を眺めた。
「さて、これでCランク昇格は確実かな」
レンジの初任務は、こうして「毛玉の山」と共に大成功を収めたのだった。
感想・質問・誤字脱字・雑談 等
良かったら書いていって下さい!
ブックマークもして頂けると嬉しいです!
今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!




