1980年代のアフリカ ―「新たな植民地」と「終わらない解放」
【1】全体概観
1980年代のアフリカは、
「名目上の独立を果たしたが、実態としては英米日蝦の経済圏下にある」
という構造がほぼ全大陸で定着している。
1940〜50年代の第一次独立期、1970年代の北アフリカ独立戦争を経て、
政治的にはほぼ全地域が独立国となったが、
その背後で連合国と枢軸国の影響争奪戦=代理冷戦が激化。
民族・宗教・資源を軸とした複合的紛争が頻発し、
世界で最も不安定な地域として国際政治の焦点となっていた。
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【2】政治構造:独立国家の乱立と脆弱な政体
1980年代のアフリカは、地図上では50以上の「独立国家」に分裂している。
しかしその多くは以下の三分類に収まる。
分類 主な国 特徴
連合国依存型政権 ナイジェリア、ケニア、タンザニア、南アフリカ共和国(連邦制) 英
米日蝦の援助と駐留で成立。民政移管を装うが実質は外資傀儡。
軍事独裁・枢軸系残党国家 リビア、チャド北部、スーダン西部 枢軸諸国(独伊)から支
援を受け、「反西洋・民族自決」を掲げる。
非同盟中立国(実質連合寄り) ザイール、ガーナ、エチオピア、エジプト 名目は中立だ
が、資源取引・軍事顧問で連合圏と結びつく。
→ 結果として、安定した民主国家はごく少数。
クーデター・暴動・選挙不正・民族衝突が常態化し、平均政権寿命は5
年未満。
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【3】経済:連合国資本による新植民地化
アフリカの経済は、1950年代以降一貫して「資源輸出型」で固定されて
いる。
1980年代にはさらに進み、
る。
**「新植民地経済」**と呼ばれる段階に入
■ 経済支配の実態
• 主要資源(石油・鉄鉱・銅・コバルト・ウラン)は、
ほぼすべて連合国系企業(特に日本・蝦夷・米英合同財団)が独占。
• 開発援助・融資は「経済安定基金(EAS)」を通じて行われるが、
実態は高利貸型支配。債務危機が慢性化。
• 連合国企業群の上位には「日蝦商社連合(HKK)」や「アングロ=パシフィック開発機
構(APDO)」が存在。
これが鉱山・港湾・鉄道・発電事業を統合的に管理。
→ 各国政府は“政治的独立”を保ちながら、経済主権を完全に喪失している。
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【4】社会:民俗対立・都市化・宗教分断
• 旧植民地国境がそのまま維持されたため、民族・部族の分断が深刻。
• 都市部では英語・仏語教育が普及する一方、地方部では伝統宗教・部族社会が維持。
• イスラム教圏(北部)とキリスト教圏(中南部)の宗教摩擦が拡大。
→ 枢軸系諜報機関が「汎アラブ主義」「反西洋ジハード」を煽動し、内戦が頻発。
• 都市失業率は30%を超え、若年層の武装化・傭兵化が進む。
→ 「アフリカ傭兵市場」が成立し、連合・枢軸双方の非正規戦力として利用される。
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【5】軍事・安全保障:代理戦争の時代
アフリカは1980年代、連合国と枢軸国の“間接戦争の主戦場”となってい
た。
■ 主な衝突・紛争
• アルジェリア内戦(1982–1987)
枢軸支援の民族解放戦線が親連合政権と衝突。蝦夷軍顧問団が参戦。
• 紅海戦争(1983–1989)
枢軸支援を受けたスーダン軍と、連合支援のエリトリア・エチオピア連合軍が交戦。
日本・蝦夷艦隊が紅海シーレーンを防衛。
• ナイジェリア鉱山紛争(1984–1986)
連合国企業の鉱山支配に反発する枢軸系民兵蜂起。PMC(民間軍事企業)が投入。
→ 戦火の多くは「国家間」ではなく「企業・宗主国・傭兵勢力の三つ巴」。
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【6】外交と国際関係
• 連合国は「アフリカ安定化協定(ASA)」を提唱し、軍事顧問団と経済支援をセットに
介入。
主導は日本・米国・英国・蝦夷。
• ドイツ・イタリア・ヴィシー仏は、表立った介入を避けつつ
「民族自決支援機構(NAA)」を通じて秘密資金・武器供与を実施。
• 国際連合(史実より権限が弱い)は、アフリカ問題で機能不全状態。
→ つまり、アフリカは「冷戦下のヨーロッパの代替戦場」と化している。
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【7】文化・教育・メディア
• 教育・通信インフラは主に日蝦企業が整備。
「蝦夷通信社」「NHK国際」などが現地放送を担当。
• 高等教育は英語圏でケンブリッジ・東都大学、仏語圏でナント・ハルビン分校などへ留
学が主流。
• 一方で、旧枢軸系思想を継ぐ「反近代・民族主義運動」も根強く、
地下出版や放送で反連合的ナショナリズムを拡散。
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【8】総括
1980年代のアフリカは、
連合国による「経済的支配」と枢軸国による「民族主義扇動」が交錯する、
世界でもっとも複雑で流動的な地域だった。
名目上は独立大陸、実態は「冷戦の延長線上の植民地」。
民族紛争・クーデター・飢饉・外国介入が連鎖する“終わらない独立戦争”の時代であ
る。




