1980年代の東南アジア情勢
■ 総論:南方繁栄圏の確立
1980年代、東南アジアは英米日蝦満を中心とする「連合国経済圏」の南端に位置する。
独ソ戦争による枢軸・共産圏の崩壊後、この地域は連合国が主導する開発・防衛体制の下
で急速に近代化を遂げ、
「南方繁栄圏」 と呼ばれる経済ブロックを形成した。
冷戦構造は続いているが、東南アジアではもはや軍事的緊張よりも経済的発展が中心課題
となっており、
連合国陣営による「開発独裁」的な安定支配が完成している。
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■ 政治体制と陣営構造
国名 政体・体制 外交陣営 概要
ベトナム共和国 大統領制・一党開発独裁 連合国陣営(英米日蝦) カムラン湾に米日蝦連
合艦隊が駐留。工業化率はアジア有数。
タイ王国 立憲君主制+軍政 連合国陣営 東南アジア防衛機構(EAO)の中心国。日蝦資本
が大量進出。
マレーシア連邦 立憲王制・議会制 連合国陣営 鉱業・石油を軸に日蝦英の経済圏。宗教調
和政策が成功。
シンガポール共和国 一党優位制 連合国陣営 東南アジア金融中枢。東京・香港・札幌と並
ぶ四大商業都市。
インドネシア共和国 開発独裁(軍政) 連合国陣営(準加盟) 資源大国として蝦夷・日本
企業の南進拠点。反共色が強い。
フィリピン共和国 大統領制・親米政権 連合国陣営 米太平洋司令部の主力基地。英米日蝦
の共同防衛体制下。
ミャンマー(ビルマ) 軍政+EAO保護 緩衝地帯 北部に中共残党が潜伏。日蝦の開発援助
で限定的安定。
ラオス・カンボジア 君主制復活・保護国的 連合国陣営(準加盟) ヴィシーフランス崩壊
後、英米が王政再建。EAO支援対象。
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■ 経済圏構造:「東亜通商圏(EAZ)」
1970年代に英米日蝦が主導して設立された**「東亜通商圏(EAZ)」**は、
事実上、太平洋連合の南方市場として機能している。
• 中心拠点都市:東京・札幌・シンガポール・香港・マニラ
• 通貨体制:各国通貨は存続するが、円とドルを基軸とした固定相場制
• 主要産業:電子・造船・エネルギー開発・観光・食糧輸出
• 投資主体:日本・蝦夷・英国が中心、米国が金融支援を担当
• 鉄道・航路整備:「南方縦貫航路」計画が進行(札幌〜香港〜シンガポール)
この地域の経済成長率は年平均7〜10%に達し、
「東亜の奇跡」と呼ばれる高度成長圏を形成した。
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■ 軍事・安全保障体制:「東南アジア防衛機構(EAO)」
● 概要
• 設立:1952年(NATOの東亜版として)
• 本部:マニラ
• 副本部:バンコク・カムラン湾
• 加盟国:英・米・日・蝦・満・比・泰・馬(準加盟:越・印・緬)
● 目的
• 東アジア・インド洋の海上交通路の安全確保
• 中共残党・麻薬組織・海賊勢力の掃討
• 共産主義再興運動の抑止
● 運用実績
• 1960年代:ベトナム独立戦争支援
• 1970年代:南シナ海危機介入(中共残党勢力の鎮圧)
• 1980年代:アンダマン海〜南シナ海の防衛線強化
連合国の軍事ドクトリンは「環太平洋一体防衛」に統合され、
日蝦艦隊・米第七艦隊・英インド洋艦隊が輪番で展開する体制となった。
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■ 社会・文化
• 日本・蝦夷文化の影響が強く、東南アジアの都市部では日本語教育が盛ん。
• シンガポール・バンコク・ホーチミンでは「日式街区」が形成されている。
• カムラン湾には蝦夷企業の開発区があり、「蝦夷風建築」が観光名所。
• 英語・日本語のバイリンガル国家が多く、文化的には太平洋共通圏に近い。
• タイ・マレーシア・ベトナムでの仏教・イスラム・儒教の混淆文化が特徴。
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■ 潜在的火種
1. イスラム過激派の台頭(マレーシア・インドネシア南部)
2. ビルマ北部・雲南境界での麻薬交易と反政府勢力
3. ベトナムとフィリピン間の南シナ海資源権益摩擦
4. EAO加盟国内での「反外資ナショナリズム」運動(特にタイ・マレーシア)
5. シンガポールの急速な金融支配への反発
これらの問題に対し、1980年代後半には日本と蝦夷が「東亜安定化基金」を創設し、
経済開発と治安対策を一体化させた地域統合政策が進められていく。
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■ 総括
1980年代の東南アジアは、
• 「冷戦の前線」から「連合国繁栄圏の南の柱」へと転換し、
• 経済では東京・シンガポール・ホーチミンを中心とする産業連鎖が形成され、
• 軍事ではEAOが連合国の南方防衛線を担う安定圏となった。
かつての「植民地の戦場」は、今や「太平洋経済体制の推進力」となっている。
この構造の安定こそが、冷戦終結後の新秩序(太平洋共同体構想)につながる端緒とさ
れる。




