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北の暁  作者: circlebridge
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イスタンブール講和会議(1945年11月〜1946年3月)

開催の背景

1945年秋、欧州では独伊ソ枢軸が完全掌握、東アジアでは英米日蝦連合が満州・朝鮮を

奪還。

両陣営ともにこれ以上の進軍は困難で、戦略的膠着に陥っていた。

• ヨーロッパ:独ソの大陸秩序が確立、英米は上陸を断念。

• アジア:連合が極東を制圧、ソ連は華北と新疆のみを保持。

• 世界全体が「大陸 vs 海洋」という新しい二極構造に収束。

この均衡を「崩壊させずに安定させる」ため、トルコが中立仲介を申し出た。

その舞台は、古来より帝国の交差点であり、欧亜の境界に立つ都市──

イスタンブール(旧コンスタンティノープル) であった。

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会期・会場

項目 内容

会期 1945年11月15日〜1946年3月1日(約3か月半)

会場 トプカプ宮殿(旧オスマン帝国王宮)・ドルマバフチェ宮殿(実務協議)

議長国 トルコ共和国(イヌニュ大統領)

議長代理 ユスフ・ヒクメト・バイウル外相トルコ

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出席主要国と代表

陣営 国名 代表者 備考

連合国陣営(海洋ブロック) アメリカ ハリー・S・トルーマン大統領 戦後秩序の設計者

として中心人物。

イギリス ウィンストン・チャーチル(再登板) 老練な交渉役として復帰。

日本 東久邇宮稔彦首相 軍政から文民統治への転換を印象付ける。

蝦夷国 白石恒雄宰相 北方同盟の代表。アジアの新興勢力として注目。

中華臨時政府 蒋介石主席 「正統中国」の代表として参加。

枢軸陣営(大陸ブロック) ドイツ ハインリヒ・ヒムラー外相(ヒトラーの代理) 大陸秩

序の主唱者。

ソ連 ヴャチェスラフ・モロトフ外相 スターリンの全権代理。

イタリア ガレアッツォ・チアーノ伯爵 ファシズム外交の調整役。

中立・調停国 トルコ イヌニュ大統領 会議議長。

スウェーデン ペール・アルビン・ハンソン首相 仲介・調停。

スイス マックス・プティピエール外相 国際機構草案を起草。

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会議の雰囲気と象徴性

• トプカプ宮殿の中庭に連合・枢軸の旗が並ぶ光景は、世界が初めて「共存」を公に示し

た瞬間とされる。

• ソ連代表団と米代表団が同じ宴席で握手する姿は、ニュース映画で繰り返し流された。

• 会場周辺は厳戒態勢。黒海沿岸・ダーダネルスには両陣営の艦隊が並んだ。

• 各代表団はそれぞれ異なるホテルや艦船を本拠地にし、直接会談はトルコ外交官を介し

て慎重に行われた。

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議題と討議の主軸

第1期(1945年11〜12月):停戦確認・戦線境界

• 欧州ではヴィスワ川〜カルパチア山脈〜ドナウ流域を境界線とする合意。

• アジアでは黄河以北=ソ連圏/以南=連合圏で暫定線を設定。

• 満州・朝鮮・樺太・遼東の帰属を確認:いずれも連合国圏とする。

モロトフは満州の共同管理を要求したが、蝦夷代表白石が強硬に拒否。

「血を流して取り戻した土地に他国の旗は立てない」と発言し、拍手を浴びた。

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第2期(1946年1月):国際秩序・経済条項

• スイス提案による「国際調整委員会(ICC)」設立案を承認。

• 国際連盟の後継機関で、常設理事国は:米・英・独・ソ・日・蝦・伊・中(臨時政

府)。

• ジュネーヴに本部を置く。

• 通商路再開:バルト海〜地中海〜インド洋〜東シナ海に中立航行権を設定。

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第3期(1946年2〜3月):捕虜・人道・文化条項

• 捕虜交換と民間人送還をスウェーデン・トルコ経由で実施。

• 各国の「戦犯処理」問題は個別判断に委ね、ニュルンベルク裁判のような一方的処断は

行われない。

• 文化・宗教の自由を保障する「イスタンブール憲章」採択。

• 宗教的少数者の保護

• 言語・学術・通信の自由の保障

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「イスタンブール協定」主要内容(1946年3月1日署名)

条項 概要

第1条:世界停戦 全戦域の戦闘行為を停止。軍隊は現線位置を保持。

第2条:勢力圏の固定 欧州=独伊ソ/東アジア=英米日蝦。国境は1945年12月時点を基

準。

第3条:国際調整委員会(ICC)設立 国際連盟の後継。紛争調停・通商監視・科学技術規

制を担当。

第4条:通商回復・中立航行権 バルト海〜地中海〜インド洋〜太平洋を中立航路に指定。

第5条:科学・核協定 核兵器開発を当面凍結。原子力の平和利用のみ認可。

第6条:捕虜・戦犯条項 相互送還・報復禁止。戦犯は自国法で裁く。

第7条:文化・宗教自由条項(イスタンブール憲章) 国際的人権基準の初出。後の「世界

人権憲章」の前身。

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会議の象徴的瞬間

• 署名式では、東久邇宮が「我々は戦いの終わりではなく、共存の始まりに立つ」と述べ

た。

• ソ連のモロトフは無言で署名したが、退出時にトルーマンと短く握手。

• トルコのイヌニュ大統領は「バルカンから満州までの火は、今日ここで消えた」と閉会

の辞を述べた。

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会議後の世界構造(「イスタンブール体制」)

ブロック 構成国 性格

大陸枢軸圏 ドイツ・イタリア・ソ連・中華人民共和国 陸上帝国・中央集権・計画経済

海洋連合圏 英・米・日・蝦・朝鮮・中華臨時政府 海上貿易・民主制・資本主義的自由

中立調停圏 トルコ・スウェーデン・スイス・イラン 国際通商・調停・通信の要衝

→ 世界は「東西」ではなく「大陸 vs 海洋 vs 中立」の三極構造に整理された。

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歴史的影響と評価

観点 評価

外交的 初めて全陣営が同席し、互いの体制を承認した「現実的講和」。

政治的 国際秩序の再構築に成功。冷戦ではなく「冷穏」時代が訪れる。

思想的 自由主義と全体主義の“棲み分け”を認めた初の国際合意。

象徴的 欧亜の交差点イスタンブールが「世界の首都」と呼ばれる契機。

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まとめ

1945〜46年の「イスタンブール講和会議」は、

史実のヤルタ+ポツダムに代わる世界講和の象徴。

欧州・アジア双方の戦線を終結させ、

世界を「大陸・海洋・中立」の三極に分ける新秩序=イスタンブール体制を樹立した。

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