蝦夷国:1936〜1939年の情勢
背景:大陸の再編と極東の緊張
地域|状況
ヨーロッパ|ドイツが再軍備・ラインラント進駐を行い、国際秩序が不安定化。英仏は
対独宥和に傾く。
アジア大陸|中国内戦激化、満州では列強(英米・蝦夷・日本・ソ連)が影響力を競
う。
ソ連|スターリン体制が頂点。極東軍を再編し、アムール川流域に軍団展開。
日本|政治混乱が続くが、英米との対立はまだ顕在化せず。蝦夷との関係を強化。
蝦夷国|経済復興が進み、北太平洋貿易の要衝としての地位を確立。国力の上昇によ
り、英米・日・ソすべてから注視される存在に。
政治:中央集権の完成と「北方三原則」
● 政府体制の強化
1936年の「蝦夷憲章改正」で、評議会の議席が拡大。
経済界・軍部・地方代表がバランスを取る仕組みに。
巫女王アマナは依然として象徴であり、政治介入は限定的。
しかし王室祭儀や外交行事で国民的統合を象徴する。
● 志波義寛内閣の継続
志波首相は1937年に再選。国家計画と国防を結びつけた「北方三原則」を発表。
経済の自立(北方資源の開発)
民族の調和(アイヌ・和人・ロシア系の統合)
防衛の強化(ソ連への抑止)
これにより蝦夷国は社会統合型の技術官僚国家へと成熟する。
経済:北洋産業の黄金期
● 経済復興の完成
英国資本・自国資本の共同投資で重工業が急成長。
1937年の蝦夷GDPは1928年比で約1.8倍。
樺太油業・旭川アルミ・苫小牧造船が国営指定企業に。
● 北洋資源の開発
樺太・カムチャッカで石油・ニッケル・石炭・木材の採掘が拡大。
千島・アリューシャン航路が整備され、蝦夷商船が北太平洋貿易を独占。
英国海運会社と合弁で「北洋汽船株式会社」設立(本社函館)。
● 通貨と金融の安定
英国ポンド建てから独自通貨「エゾル」(Ezo-ruble)への移行を開始。
英米の金本位制崩壊を受け、銀・石炭・石油を裏付け資産とする独自制度を採用。
→ 経済的自立を象徴する転換点となる。
軍事:北方防衛体制の構築と英日協力
● 防衛体制の近代化
ソ連の極東軍拡に対応し、「北方防衛総司令部(NDC)」を拡張。
旭川陸軍学院設立。寒冷地装備・山岳戦術を体系化。
英国顧問団による装備近代化(ボフォース高射砲、軽戦車導入)。
● 海軍拡充
苫小牧造船所で国産駆逐艦「ツクシ」「オホーツク」級が竣工。
英国式訓練と米式通信システムを融合した“ハイブリッド海軍”が誕生。
日本との協定により、函館を共同演習港に指定。
● 対ソ戦備
樺太北端に「宗仁防衛線」構築。
千島列島・択捉島に航空基地と対潜哨戒基地を設置。
北樺太沿岸に無線監視・電波探知所を建設。
→ この頃には、蝦夷=北太平洋の前線国家という地位が定着する。
外交:英米・日本との連携と「満州国問題」
● 英国との関係
英国は日本の動向を牽制するため、蝦夷を極東外交の拠点に。
1936年、ロンドン・札幌間の「英蝦同盟協約」締結(経済・防衛協議を制度化)。
英国大使館が札幌に開設され、蝦夷の国際的認知が高まる。
● 日本との関係
日本は満州への進出をめぐり英米と摩擦が生じ始めるが、
蝦夷とは地理的・経済的補完関係を維持。
1937年、「日蝦防衛協力議定書」締結。
→ 北方防衛(蝦夷)と朝鮮・対中防衛(日本)を分担。
● 満州国の成立(1936)
英米の支援で満州国が建国され、溥儀が執政に就任。
蝦夷は鉄道・港湾整備を請け負い、実質的に「北満州の後見人」となる。
これに対し、ソ連は極東軍を増派し、国境に緊張が走る。
● ソ連との国境衝突
1938年:アムール川沿岸で大規模衝突(スハリン事件)。
1939年:カムチャッカ西岸でも交戦。
双方とも大規模戦争には至らず、停戦協定が結ばれる。
→ これにより、蝦夷の軍事的自信と国際的発言力が一層強まる。
文化と社会:国民意識の統合と「北洋精神」
● 民族融合の進展
都市部ではアイヌ系中産層が台頭。教育・官僚・商業で活躍。
政府は「蝦夷人(Ezonian)」という国民的アイデンティティを推進。
学校教育では「北洋史」「アイヌ神話」「近代科学」が統合的に教えられる。
● 芸術・思想
北方ロマン主義が国家文化として昇華。
絵画では「氷光派(Arctic Luminarism)」が流行。雪と光を象徴的に描く。
文学では高浜恒彦が『樺太紀行』を発表(1937)。蝦夷精神の確立を訴える。
● 社会構造
都市化が進み、札幌・函館・旭川・豊原・苫小牧が五大都市圏に。
労働組合が合法化され、社会政策が整備。
一方で情報統制・スパイ防止法が制定され、戦時体制の萌芽も見られる。
総括:1930年代後半の蝦夷国
項目|状況
政治|技術官僚国家として安定。王権は象徴、評議会制の成熟。
経済|英資本と自国資本による重工業の黄金期。北洋貿易の中核。
外交|英国と同盟、日本と協力。ソ連と冷戦状態。
軍事|北方防衛線の完成。近代的装備と寒冷地戦術の確立。
文化|民族統合と北洋ロマン主義の確立。国民意識が完成段階へ。
この1936~1939年は、蝦夷国が国際政治の主要プレイヤーに完全に浮上する時期です。
国家としての自立・統合・自覚が最も高まり、同時に「次の戦争」の影がはっきり見え
始める――
まさに、北方の静かな嵐の前夜と呼ぶべき時代です。




