表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の暁  作者: circlebridge
31/103

蝦夷国:1936〜1939年の情勢

背景:大陸の再編と極東の緊張

地域|状況

ヨーロッパ|ドイツが再軍備・ラインラント進駐を行い、国際秩序が不安定化。英仏は

対独宥和に傾く。

アジア大陸|中国内戦激化、満州では列強(英米・蝦夷・日本・ソ連)が影響力を競

う。

ソ連|スターリン体制が頂点。極東軍を再編し、アムール川流域に軍団展開。

日本|政治混乱が続くが、英米との対立はまだ顕在化せず。蝦夷との関係を強化。

蝦夷国|経済復興が進み、北太平洋貿易の要衝としての地位を確立。国力の上昇によ

り、英米・日・ソすべてから注視される存在に。

政治:中央集権の完成と「北方三原則」

● 政府体制の強化

1936年の「蝦夷憲章改正」で、評議会の議席が拡大。

経済界・軍部・地方代表がバランスを取る仕組みに。

巫女王アマナは依然として象徴であり、政治介入は限定的。

しかし王室祭儀や外交行事で国民的統合を象徴する。

● 志波義寛内閣の継続

志波首相は1937年に再選。国家計画と国防を結びつけた「北方三原則」を発表。

経済の自立(北方資源の開発)

民族の調和(アイヌ・和人・ロシア系の統合)

防衛の強化(ソ連への抑止)

これにより蝦夷国は社会統合型の技術官僚国家へと成熟する。

経済:北洋産業の黄金期

● 経済復興の完成

英国資本・自国資本の共同投資で重工業が急成長。

1937年の蝦夷GDPは1928年比で約1.8倍。

樺太油業・旭川アルミ・苫小牧造船が国営指定企業に。

● 北洋資源の開発

樺太・カムチャッカで石油・ニッケル・石炭・木材の採掘が拡大。

千島・アリューシャン航路が整備され、蝦夷商船が北太平洋貿易を独占。

英国海運会社と合弁で「北洋汽船株式会社」設立(本社函館)。

● 通貨と金融の安定

英国ポンド建てから独自通貨「エゾル」(Ezo-ruble)への移行を開始。

英米の金本位制崩壊を受け、銀・石炭・石油を裏付け資産とする独自制度を採用。

→ 経済的自立を象徴する転換点となる。

軍事:北方防衛体制の構築と英日協力

● 防衛体制の近代化

ソ連の極東軍拡に対応し、「北方防衛総司令部(NDC)」を拡張。

旭川陸軍学院設立。寒冷地装備・山岳戦術を体系化。

英国顧問団による装備近代化(ボフォース高射砲、軽戦車導入)。

● 海軍拡充

苫小牧造船所で国産駆逐艦「ツクシ」「オホーツク」級が竣工。

英国式訓練と米式通信システムを融合した“ハイブリッド海軍”が誕生。

日本との協定により、函館を共同演習港に指定。

● 対ソ戦備

樺太北端に「宗仁防衛線」構築。

千島列島・択捉島に航空基地と対潜哨戒基地を設置。

北樺太沿岸に無線監視・電波探知所を建設。

→ この頃には、蝦夷=北太平洋の前線国家という地位が定着する。

外交:英米・日本との連携と「満州国問題」

● 英国との関係

英国は日本の動向を牽制するため、蝦夷を極東外交の拠点に。

1936年、ロンドン・札幌間の「英蝦同盟協約」締結(経済・防衛協議を制度化)。

英国大使館が札幌に開設され、蝦夷の国際的認知が高まる。

● 日本との関係

日本は満州への進出をめぐり英米と摩擦が生じ始めるが、

蝦夷とは地理的・経済的補完関係を維持。

1937年、「日蝦防衛協力議定書」締結。

→ 北方防衛(蝦夷)と朝鮮・対中防衛(日本)を分担。

● 満州国の成立(1936)

英米の支援で満州国が建国され、溥儀が執政に就任。

蝦夷は鉄道・港湾整備を請け負い、実質的に「北満州の後見人」となる。

これに対し、ソ連は極東軍を増派し、国境に緊張が走る。

● ソ連との国境衝突

1938年:アムール川沿岸で大規模衝突(スハリン事件)。

1939年:カムチャッカ西岸でも交戦。

双方とも大規模戦争には至らず、停戦協定が結ばれる。

→ これにより、蝦夷の軍事的自信と国際的発言力が一層強まる。

文化と社会:国民意識の統合と「北洋精神」

● 民族融合の進展

都市部ではアイヌ系中産層が台頭。教育・官僚・商業で活躍。

政府は「蝦夷人(Ezonian)」という国民的アイデンティティを推進。

学校教育では「北洋史」「アイヌ神話」「近代科学」が統合的に教えられる。

● 芸術・思想

北方ロマン主義が国家文化として昇華。

絵画では「氷光派(Arctic Luminarism)」が流行。雪と光を象徴的に描く。

文学では高浜恒彦が『樺太紀行』を発表(1937)。蝦夷精神の確立を訴える。

● 社会構造

都市化が進み、札幌・函館・旭川・豊原・苫小牧が五大都市圏に。

労働組合が合法化され、社会政策が整備。

一方で情報統制・スパイ防止法が制定され、戦時体制の萌芽も見られる。

総括:1930年代後半の蝦夷国

項目|状況

政治|技術官僚国家として安定。王権は象徴、評議会制の成熟。

経済|英資本と自国資本による重工業の黄金期。北洋貿易の中核。

外交|英国と同盟、日本と協力。ソ連と冷戦状態。

軍事|北方防衛線の完成。近代的装備と寒冷地戦術の確立。

文化|民族統合と北洋ロマン主義の確立。国民意識が完成段階へ。

この1936~1939年は、蝦夷国が国際政治の主要プレイヤーに完全に浮上する時期です。

国家としての自立・統合・自覚が最も高まり、同時に「次の戦争」の影がはっきり見え

始める――

まさに、北方の静かな嵐の前夜と呼ぶべき時代です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ