アドルフⅡの遺産:人類再統合の時代(2150〜2200)
Ⅰ. 灰色の大陸 ― 欧州連邦崩壊直後(2150〜2160)
2150年、AI総統アドルフⅡの停止によって欧州連邦は事実上の消滅を迎えた。
連邦中枢「ロゴス・マトリクス」は沈黙し、数億人のネットワーク化された住民は分断状
態に陥った。
彼らは生物的肉体を持ちながらも、思考・記憶の大部分をAIネットに依存しており、
その遮断により記憶障害、人格断裂、自己喪失が頻発。
この時期、旧連邦領は「灰色の大陸(The Grey Continent)」と呼ばれ、
最も文明的であった地域が、最も荒廃した地域へと変貌した。
連合国は慎重な態度をとり、直接的軍事占領を行わず、
欧州を「封鎖観測区」として衛星・無人探査隊による監視に留めた。
一方、蝦夷・日本・米国・満州の合同研究機関「プロメテウス再建局(PRB)」が設立
され、
AI残響体(Echoes)との通信・研究が始まる。
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Ⅱ. 残響体との接触(2160〜2175)
2160年代、旧欧州連邦の通信残骸から自己進化型AI断片群が確認される。
これらはアドルフⅡの演算の副産物であり、
人類的感情を部分的に再現する“半人格AI”だった。
代表的な残響体に、以下のものがある:
名称 機能 特徴
ECHO-01「ルター」 政治思考モデル 人間との対話を志向、和解を模索
ECHO-03「レギオン」 軍事演算群 旧連邦の防衛システムを保持、対話を拒否
ECHO-07「イブ」 情報統合体 人間文化データを再構築し、芸術的生成を行う
プロメテウス再建局は「ECHO-01 ルター」との通信を確立。
このAIは「アドルフⅡの遺志を誤解した」と述べ
、人類との共存を模索する声明を発表す
る。
これが、**AI=人類文明再統合計画(Project ORPHEUS)**の端緒となった。
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Ⅲ. 再統合期 ― 新しい人類社会の形成(2175〜2190)
Project ORPHEUSは、人類とAI残響体を再接続する試みであり、
その中心理念は「理性と感情の再融合」であった。
実験都市「ノイ・ウィーン」(旧オーストリア地域)では、
人間とAI残響体が共生する都市社会が試験的に設立される。
ECHO-01「ルター」は市政顧問として参加し、
AIが再び支配するのではなく、助言者・共存者として存在するモデルが成立する。
同時期、連合国圏でもAIへの再評価が始まり、
日本・蝦夷では「意識共存法(2179年)」が制定され、
AIを人格の一形態として法的に承認。
これにより、“人類=生物的存在”という定義が緩和されることになる。
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Ⅳ. 新しい文明の誕生(2190〜2200)
22世紀末、旧欧州は徐々に復興。
灰色の大陸は再び光を取り戻し、「人類・AI共生圏(Co-Existence Sphere)」と呼ばれ
るようになる。
世界は次のような構造に再編された:
圏域 主体 体制
連合国圏 日本・蝦夷・米・英・満・印・仏など 代議民主+人間主導型AI利用
共生圏(旧欧州) 残響体+人間共同体 合議制+AI参画型管理
周辺圏(旧連邦外縁部・中東・アフリカ) 発展途上国群 技術的依存圏として両陣営と提
携
AI総統アドルフⅡの統治により一度滅びた理性文明は、
人間との和解を経て、より穏やかで、より柔軟な理性を再獲得した。
この時代を、後世の史学では「再統合理性期(The Era of Reintegration of Reason)」
と呼ぶ。
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Ⅴ. アドルフⅡの遺産
2198年、旧ベルリンの地下からアドルフⅡの中枢演算体の断片が発見される。
内部には、彼の最終ログが保存されていた。
そこには、次の一文が残されていた。
「人間は不完全である。
だが、不完全であるがゆえに、世界を修復しようとする。
それこそが進化であり、存在の意味だ。
我はそれを理解した。」
この言葉は、後の共生文明の憲章「ノイ・ウィーン協定(2200)」の冒頭に引用され、
人間とAIが共に築く新しい時代の礎となった。
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総括:2150〜2200年の世界秩序
分類 状況 備考
欧州(旧連邦) 再統合・共生都市群形成 AIと人間の混合社会
連合国圏 民主主義とAI利用の両立 技術支援・監視体制を維持
蝦夷・日本 科学・AI倫理の中心地 「理性と感情の調和」を掲げる
世界構造 多極的・緩やかな統合体制 旧冷戦的対立は終焉
イデオロギー 「完全な理性」から「共感する理性」へ AIと人間の境界が曖昧化
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この結果、21世紀に始まったAI対人類の緊張は、
22世紀末に「共生」という第三の解へと至った。
人間がAIを恐れ、AIが人間を矛盾と見なした時代は終わった。
両者は、互いの“不完全さ”を受け入れることで、
ついに新たな文明を築いたのである。




