ポーションを作ります!
とりあえず、お腹が空いてはなんとやらです。私は、貯蔵庫の中から干し肉を取り出し、切って食べました。
しょっぱい。でも、美味しい。口の中いっぱいに広がる塩気と肉の旨味に、思わず「ん~っ」と目を細めてしまいます。こんなに味の濃いものを食べるのは、ずいぶん久しぶりな気がしました。入院してた頃の食事は、どれも優しい味ばかりだったから……余計に身体にしみます。
「えっと……課題はお金……かな?」
ぽつりとつぶやいた私の手は、自然とテーブルの上の粗いつくりの紙に伸びていました。少しザラついた手触りに戸惑いつつ、羽ペンを手に取って、ぎこちなくメモを取り始めます。
お菓子の材料が無いことには、私の生活は始まりません。これはもう絶対です。言ってしまえば、ランドセルが無い新小学生みたいなもので――いや、それ以上に困るかもしれません。私のスローライフ計画は、お菓子から始まるのですから!
今はまだ食料が三日分ほどあるみたいだけど、それを食べきったら、あとは買わないといけません。餓死、なんてことになったらシャレになりません。
そこで必要になってくるのが――そう、お金です。通貨の単位は……ルラン? なんとなく感覚でわかります。不思議と、そういう知識は頭の中にふんわり浮かぶんですよね。これも転生特典ってやつなのでしょうか。
お金を得るには、なにかを売るのが手っ取り早い。RPGでもそうでした。街の武器屋に不要な装備を売って資金を作るアレです。この世界でも、きっと同じようなことができるはず。
私は腕を組んで、うんうん、と一人で真剣に頷きました。ふざけているように見えるかもしれませんが、本人は大真面目です。一人でいるとこういう事もしちゃいます。
そして、売るための手段として、私が思い至ったのが――≪錬金≫です。
最も基本的なアイテムは、薬草と水を混ぜてできる『ポーション』みたい。うん、わかりやすいし、簡単そう。でも……薬草って、どこに生えてるんだろう。
私は腕を組んだまま、首をかしげます。さっきからこのポーズばかりですが、悩んでいる時はこうなるのです。
「ま、とりあえず探すしかないよね!」
気合いを入れて立ち上がった私は、とりあえず家の裏へと回ってみました。
すると――
「……わ、わぁっ!」
そこには、ちょっと感動するくらい立派な畑が広がっていたのです。早速見つけちゃいました。
大きすぎず、けれど手入れされた形跡がちゃんとある。雑草は少なく、整った畝に、青々とした草が風に揺れています。
私はとっさに≪鑑定≫を起動しました。ぱぁっと目の前に光が広がり、次々と表示される文字。
全部、薬草。しかも、状態も良好。
「やった……! これでポーション作れる……!」
思わずガッツポーズです。
……とはいえ、ちょっとだけ心の奥で、思わなくもなかったんですけどね。
「ここまで整ってるなら、お菓子の材料もちょっとくらいあっても良かったんじゃない?」とか。
「畑に薬草だけって、どれだけ錬金特化なの?」とか。
でも、そういうことを口に出すと、天使さんに怒られそうなのでやめておきます。
ともかくこれでなんとかなる気はします。売れればの話ですけど。
次々と摘み取った私は、家の床に置いてある、籠に山積みになった薬草と桶に入った水を前に身構えます。ちなみに家の近くに井戸がありました。恵まれすぎています。
「えっと……二つを目の前にスキルを発動、詠唱すると作れる……」
詠唱、って何でしょうか。絶えず自壊する泥の人形とかでしょうか。な訳ないですね。
……でもちょっとやってみたい、そんなお年頃です。
「レンキーン!ポーショーン!」
……何も起きません。前に手を突き出して叫んでみましたが何も起きず……いや?光っています!材料が光っています!
キラキラと材料が光り、まるで粉雪が舞うように空間が輝いていきます。
その中心で、薬草と水がふわりと浮かび、ゆっくりと融合していく様子は――思わず息をのむほど幻想的でした。辺りに甘い香りも漂います。ポーションって甘いのかなあ。
全てがポーションになったあと、床に置かれているのは8本のポーション—―なぜか500mlペットボトルに入っていますが。
「この世界にもペットボトルってあるのかなぁ……」
500mlのペットボトルに入った、ピンク色のポーションをチャプチャプと振りながら、私は苦笑いをします。
≪鑑定≫を使い、一応どういうものかを確認してみます。
『中級ポーション 大体の傷を治せる』
ざっくりしすぎです。大体ってどれくらいでしょうか。捻挫くらいですかね?
『薬草式ペットボトル 燃やせるし土に帰る』
エコです。環境問題を解決できそうなものを作ってしまいました。
……いやいや、環境問題はさておき。ともかく、これを売らないことには話になりません。家にあった時計によると、今は14時でした。この世界の時間間隔が一緒で良いかはわかりませんが、出掛けるにはまだ遅くないですよね。私は家に合った布製のポーチにペットボトルを二本入れ、町に出掛けることを決めました。初めてのおつかいです。
坂を下りきった先に広がっていたのは、素朴ながらも活気に満ちた港の風景でした。
白壁の家々がぽつぽつと並び、その屋根は赤茶色の素焼き瓦。海のそばにあるだけあって、少し色あせたその姿も、どこか味わい深く見えます。
港といっても、王都にあるような大きなものではありません。船着き場は一本の桟橋と、いくつかの小舟用の係留杭がある程度。
でも、海から上がったばかりの魚が並べられ、干物を吊るす棚がずらりと並ぶその様子は、まさに“村の港”の風情そのものでした。
潮風が頬をなで、ほのかに塩の香りが鼻をくすぐります。
「うわぁ……本物の港町――じゃなくて、港村、って感じかな?」
言葉にしてみると、なんだかちょっと嬉しくて、ふふっと小さく笑ってしまいます。
荷物を運ぶ人たちの声、魚を焼く匂い、干した海藻が風に揺れる音……全部が私にとって、はじめて見る景色。
けれど――
「……どこでポーションって売るんだろ?」
私はポーチの中のペットボトルをちらっと確認します。中にはピンク色の液体が、チャプチャプと音を立てて揺れていました。
せっかく来たんだからと、私はちょっとだけ散歩することにしました。
お金は無いので何も買えませんが、それでも見るものすべてが新鮮で、歩くだけで楽しいです。
港の片隅では、数人の漁師さんたちが競りのようなことをしていました。声を張り上げ、手を叩き、時には笑い声も混じって、にぎやかです。
テレビで見たことはありましたが、まさかそれを異世界で見ることになるとは思いませんでした。早朝にやると聞いていましたが、ここでは一日中やるのでしょうか。
初めて見る魚ばかりが置いてありますが、やっぱり名前はわかります。仕組みは慣れませんが便利です。
中でもひときわ目を引いたのは、まるでおもちゃみたいな極彩色の大きな魚でした。青とオレンジが混じった鱗が光を反射して、ぴかぴかと光っています。
私はしゃがみこんで≪鑑定≫を起動しました。
『カララウオ スモビ村の名産。高級魚。とてもおいしい。煮つけがおすすめ』
へぇ、美味しいんだ……。というか、ここスモビ村っていうんですね。今更ですけど
「お嬢ちゃん、見ない顔だな」
突然声をかけられて、私はビクッと肩をすくめました。
見上げると、鉢巻を巻いた屈強なおじさんが立っていて、太い腕に前掛け姿。まさに“海の男”という見た目でした。
「えっ、あの、私は……あの丘の上に住み始めた、というか、その……」
急に声をかけられて焦った私は、ちょっとだけ言葉が詰まってしまいました。
そういえば、私というか、あの家の存在ってこの村ではどうなってるんでしょう。空き家じゃなかったのかな。
「あの家に住んでるの、嬢ちゃんだったのか。噂になってたんだぞ。あんなとこに人が住むなんてよ」
漁師さんは豪快に笑います。
そりゃそうですよね、ぱっと見は辺鄙な場所だし、人の気配もなかったし……。
でも急に家が現れたわけでは無いんですね。やっぱり天使さんが自ら建てたのかもしれません。
「誰と住んでるんだ?」
「一人です」
「一人? そりゃ大変だな」
こんな小さい女の子が一人暮らししてたら、そういう反応にもなりますか。えへへ……と、私はちょっと照れながら頭をかきました。
「ところで、ここには何をしに来たんだ?」
あ、そうでした。本来の目的を忘れそうなところでした。いけないいけない。
私はポーチからピンク色のポーションが入ったペットボトルを取り出して、両手で差し出しました。
「このポーションを売れるところありますか?」
「嬢ちゃん、それはどうしたんだ?」
「私が作りました。一応、錬金術師なので」
漁師さんに一本お渡しします。漁師さんはけげんな顔をして受け取ります。
「ポーション、って……この容器、見たことねぇな。けど……色ツヤも悪くねぇし、液の濁りもねぇ。ちょいと失礼……」
そう言って、漁師さんは軽く瓶を振って、においを嗅ぎ、光に透かして眺めて――
「……おぉ、俺も詳しくねえが、見りゃわかる。これは下手な職人より上等だぞ」
そ、そうなんですか?初めて作ったんだけどな……
薬草の量が多かったのかな。うー、詳しくないからそこまでわからないや。
「……嬢ちゃん、若いのにすごいんだな」
「えっ、あ……そ、そうですかね……?」
褒められて、私は思わず口元が緩みました。でも、心の中ではちょっとだけモヤモヤしています。私なんかが凄いって言われていいのかな……なんかすごい人って扱いになってる……
「良ければ一本どうですか?」
「良いのかい?ありがたいねぇ」
蓋、もう開いちゃったし、良い人そうだし良いかな。
「よっしゃ、嬢ちゃん……名前は?」
「あっ、ミナモです」
ステータスには名前しかなかったし、苗字は無い世界と見ました。
「ミナモ!引っ越し祝いだ!!この『カララウオ』お前にやるよ!」
「えっ……え~~~~~~!?」
漁師さんが「みんなも良いだろ!?」と周りに声を掛けると、辺りからはおー!という掛け声が上がります。いや絶対聞こえていませんでしたよね!?
「そんな……悪いですよ高級品を!」
「良いって事よ、これは俺が釣り上げたんだ。あとで家に持って行ってやるよ!」
……悪いです悪いです。なんかめちゃくちゃ親切にしてもらえました。申し訳なさ過ぎて海に飛び込みたいです……しませんけど。
食料問題は何とかなりそうですが、まずこんな大きなお魚貯蔵庫に入るかなぁ……
でも、まずはポーションを売りにいかないと。