8 サンドラからの手紙
翌週。屋敷の庭園を歩いていると、門の外に金髪の青年が立っているのが見えた。青年はリリアーナに気づき、手を振っている。
「リリアーナ嬢! 君はいつ見ても美しいな!」
茶会で出会った、セイロン公爵家の次男・ルーベルトだ。
「ルーベルト様、今日も来てくださったのですか」
「当然だ。私はあなたに本気だ」
彼は真剣な眼差しでリリアーナを見つめた。
「お気持ちはありがたいですが、まだ出会って2週間も経っていません」
「だから少しでも早く君に私のことを知ってもらおうと思って、こうして通っているんだ」
ルーベルトは茶会以降、毎日我が家を訪れてくれている。こんなに真っ直ぐな人、なかなかいないわ。隣国の公爵家であれば、家柄同士の問題もない。これ以上ない絶好のチャンスよ。だけど――
出会ってすぐにここまで情熱的になれる彼を信じきれないのだ。婚約破棄されたことを思い出すと、一歩を踏み出すのが怖かった。
それに「君は自分で道を切り開く人間だ」というセシルの言葉が頭から離れない。ルーベルトは結婚すると、私を庇護下に置いてくれるタイプだろう。
……よくないわ。こうやって相手と向き合う前に考えすぎて、前世でも結婚のチャンスを逃したんじゃない。
少しの沈黙のあと、私が口を開こうとすると、遮るようにルーベルトが続けた。
「急かしすぎたね。ゆっくり考えてくれたらいいよ。私はいつまででもあなたを待てる」
ルーベルトは柔らかい笑顔を向けると、庭園を後にした。
***
その日の夜。サンドラからリリアーナに1通の手紙が届いた。
「リリアーナ、元気にしてるかしら。突然なんだけど、外交問題とか興味ない?」
外交? なぜサンドラが?
リリアーナは疑問に思いながら続きを読んだ。
「実は、ヴェスタリアのセイロン公爵家と私の国・バースの伯爵家が、商業の利権を巡って対立してるのよ。一大貴族同士の対立だから王宮も頭を抱えてる。私に何かできないかと思って考えてみてるんだけど、知恵を貸してくれないかしら」
セイロン公爵家ってルーベルトの実家よね。
サンドラがルーベルトとの話をどこまで知っているのかわからないけど、これからの可能性を考えて私に連絡してきたのね。
とにかく一度サンドラに会って話を聞いてみよう。返事を出すと、サンドラがさっそく屋敷を訪れた。
「まず商業の利権の対立自体は解消できないのよね?」
「そうなの。でもそれも、思い込みで行き違っている部分はあるというか――」
対話の機会が足りないのね。国境を跨いでいるから会う機会が少なくて、一度持った偏見が消えにくい。その上互いに貴族のプライドがあるから、こうなってしまったらもう会おうともしないのよね。
リリアーナの思考を読み取ったかのようにサンドラが続ける。
「話せばわかる人たちだと思うのだけれど、貴族同士の対立だけで今は収まってしまっているから、王家も介入できなくて」
「でもどちらも多くの領地と領民を抱える貴族だから、このまま続くと民衆にも影響が及ぶわよね。そうなったら王家も介入できるけど、その時にはもう遅い」
「さすがね、リリアーナ」
ここまでサンドラの話を聞いて、頭にひとつの突拍子もない案が思い浮かんだが、実現はまぁ無理だろうな。
「結婚して親戚になれたらいいのにね」
リリアーナがこぼした一言をサンドラは聞き逃さなかった。
「考えもしなかったわ、確かに親戚になれば万事解決ね!」
バース王家の誰かが伯爵家、あるいはセイロン公爵家と婚姻関係を結び、親族になってしまえばいい。そうすれば問題に王家も介入できる。
だがこれは、完全なる政略結婚だ。婚約させられる当人たちの気持ちを最優先にしなければならない。下手すると、私とアルベルトのようになりかねない。
それに、デメリットはまだある。王家が相手の親族になれると同時に、相手も王家の親族という地位を得ることになるのだ。伯爵家やセイロン公爵家がそれに値するのかという問題もある。
そう説明すると、サンドラは楽しそうに笑いながら、なんでもない様子で答えた。
「そんなことは全く気にしなくていいわ。むしろ都合がいい。結婚の方向で動いてみるわ!」
「えええ!?」
何気ない一言であまりにあっさり事が進み、戸惑いを隠せないリリアーナの様子に、サンドラは――
「大丈夫大丈夫! ありがとうリリアーナ!」
晴れやかな笑顔で自国に旅立ったのだった。