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5 異世界の婚活アドバイザー

 舞踏会での婚活開始宣言以降、リリアーナは、貴族社会の令嬢たちから冷ややかな視線を浴びていた。


「品がないわ」

「毎日男漁りをしているらしいわよ」

「恋愛は男性から選ばれるものなのに、自分からなんてはしたない」


 陰でささやかれる声は決して小さくなかったが、元々1人に慣れてしまっていたこともあり、少し心が痛みながらも知らぬ顔でかわしている。


 ――何もわかっていないのね。


 婚活市場において 「ただ待っていれば理想の相手が現れる」 という考えほど甘いものはない。婚活アドバイザーとして、それを嫌というほど見てきた。自ら動かなければ、結婚どころか恋愛すら始まらない。


 婚約破棄の手続きに王城を訪れると、通りがかった令嬢に足をかけられたこともあった。

 石畳の地面に手をついて顔を上げると、令嬢が軽蔑するような口調で高らかに笑いながらこう言った。


「あら、ごめんなさい。でも感情がないんだから、痛くもないわよね? 男性ばかり探しているから私の足が見えなかったんじゃない?」


 私は言い返したい気持ちをグッと堪えて、膝に持っていたハンカチを巻きつけ、その場をあとにした。こういう相手は会話しても心がすり減るだけだ……


 ***


 そんなある日、ひとりの令嬢がクラリス公爵家を尋ねてきた。


「リリアーナ様……私、ご相談したいことがございますの」


 伯爵令嬢のミレイユだった。控えめな性格で、華やかな舞踏会などの場ではいつも隅にいるような存在。

 当然、一度も話したことはない。


「どうなさいましたか?」


 ミレイユも他の令嬢と同じように私を馬鹿にするのだろうかと、少し怪訝に思いながら聞いてみると、ミレイユは恥ずかしそうに視線を落とした。


「実は……好きな方がいるのですが、どうしても勇気が出なくて。私みたいな者が、彼に釣り合うはずがないと思ってしまって」


「……それを、どうして私に?」


「私、あの日舞踏会にいたんです。あなたの姿を見て、すごくカッコいいと思って。あの場で何もできなかったことをずっと後悔していました。それからずっと、あなたと話してみたい、あなたなら私の悩みも笑わずに聞いてくれるかもしれないって思っていたんです」


 緊張で少し震えながらも、しっかりとリリアーナの目を見て話すミレイユを見て、思わず涙が込み上げた。これまで気丈に振る舞ってきたが、社交界で冷たい目を向けられ続け、心は疲弊していた。


「リリアーナ様……?」

「ごめんなさい。なんでもないの」


 これほど悪評の多い私を、頼ってくれる方もいるのね……


「……私に出来ることなら、なんでも協力します。ちなみに、お相手は?」


「本当ですか、ありがとうございます! 相手は侯爵家のフィリップ様です。彼はとても社交的で、女性にも人気がありますから……」


 まさか協力してもらえるとは思っていなかったのか、ミレイユは嬉しそうに目を輝かせた。


「差し支えなければお伺いしたいのですが、どうしてフィリップ様のことをお好きになられたのですか?」


「社交の場で誰とも話せずにいた私に、初めて話しかけてくださったのがフィリップ様だったんです。私なんかにも他の方と同じように話しかけてくださって。我ながらちょろいなとは思うのですが、本当に嬉しかったんです。その時からの片想いです」


 なるほど。分け隔てなく接する姿に惹かれたものの、引っ込み思案ゆえにアプローチできずにいるわけか。


「ミレイユ様、婚活において大事なのは 『選ばれる』ことではなく、『選ばせる』ことですわ」


「えっ?」


「今のままでは、彼は貴女を『ただの知人』としてしか認識していない可能性が高い。ですので、まずは自分を意識させることから始めるのが重要です」


 婚活テクニックを総動員し、ミレイユに具体的なアドバイスをする。


 舞踏会では必ず一度、視線を合わせること。

 話しかけるときは相手の名前を呼ぶ回数を増やすこと。

 ほんの少しだけ距離を縮めること(ただしやりすぎは禁物)。


「これらを実践すれば、少なくとも『他の令嬢とは違う存在』にはなれるはずですわ」


「そ、そんなことで……?」


「ええ、婚活とは心理戦ですもの。きっかけさえできれば、あなたなら大丈夫。フィリップ様ならきっとミレイユ様の素敵な部分に気づいてくださるはずです」


 半信半疑のミレイユだったが、次の舞踏会から実践したところ、自然とフィリップと会話する機会が増えたという。そして数週間後――


「リリアーナ様! 聞いてくださいませ! フィリップ様が、お茶会にお誘いくださいましたの!」


 満面の笑みで報告してくるミレイユを見て、満足げに頷く。


 それからというもの、クラリス公爵家には次々と令嬢たちが相談に訪れるようになった。ミレイユとフィリップが私の悪評を消そうと奔走してくれたのだろう。

 これまで冷たい目を向けてきた令嬢たちの態度も一変した。


「リリアーナ様、どうすれば彼と距離を縮められるでしょう?」

「舞踏会で気になる方とダンスを踊るには……?」

「リリアーナ様の恋愛指南、ぜひご教授願いたいのですが!」


 婚活アドバイザー令嬢、誕生である。

 

 以来、ミレイユとは良い友人関係になった。

 ある日、屋敷でミレイユを招いてお茶をしていると、王城で足をかけてきた令嬢もリリアーナを頼ってきた。厚顔無恥とはこのこと。


「……感情がないので、私にはわかりませんわ」


 それまで楽しく談笑していたリリアーナが急にロボットのような真顔で答えたので、ミレイユが笑いを堪えきれずに吹き出した。

 社交界であまり目立たず、自分よりも格下だと思っていたミレイユにも笑われ、令嬢は顔を真っ赤にして逃げ出したのだった。

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