2 第二王子セシル
婚活宣言が響いた広間は、まるで冷たい風が吹き抜けたかのように静まり返った。
最初に声を上げたのは、年配の伯爵夫人だった。
「婚約破棄された直後に新しい相手を探すなんて、なんてはしたないこと!」
「まったくだ。公爵は娘を甘やかしすぎたのではないか」
「少しは恥を知ったらどうだ」
次々と貴族たちが口を開き、私の態度を非難し始めた。特に年配の貴婦人たちは眉をひそめ、厳しい視線を向けてくる。
アルベルトは一瞬動揺を見せたものの、周囲の反応を見て自分の選択は正しかったと確信したようだった。アリシアはアルベルトにしがみついたまま、哀れむような表情でこちらの様子を伺っている。
だが、そんな中、突然興奮気味な声が響いた。
「まぁ、なんて素敵なの!」
視線を向けると、人混みの中からひとりの令嬢が前へと進み出てきた。明るいオレンジ色の髪をふんわりと巻き、黄緑のドレスに身を包んでいる。ぱっちりとした瞳は好奇心に輝き、その表情はどこか楽しげだった。
「あなた最高よ! 私、こんなに堂々とした婚約破棄の返しは初めて見たわ!」
突拍子もない言葉に、貴族たちは驚いたように彼女を見つめる。
「サンドラよ。今日は国王陛下に招待されて隣国から来ているの」
「……サンドラさん?」
「サンドラでいいわ。あなたのファンになったわ、リリアーナ!」
突然のファン宣言に私は思わず目を瞬かせたが、その反応が面白かったのか、サンドラは満面の笑みを浮かべて手を握ってきた。
「こういう時に堂々としていられる女性って、本当にかっこいいわ! きっと素敵な相手が見つかるはずよ!」
屈託のないサンドラの笑顔に、強張った表情筋も少し緩む。私は「ありがとう」と小さく感謝を述べた。
そして、ドレスの裾を持ち上げて軽く会釈すると、堂々とした足取りで会場を後にした。
***
舞踏会を抜け出した私は、月明かりに照らされた王城の庭園を歩いた。
「これまでの私の10年は、何だったのかしら」
ポツリと独り言をこぼす。
アルベルトへの未練などない。だが、妃教育に縛られて友人もできず、好きなことなど何もできなかった10年間を思い返すと、涙が頬をつたった。
それに会場のあの空気感。いつから私はあんなに孤立してしまっていたのだろう。
そんなことを考えながら、静かな夜の風を感じていると――
「いやぁ、見事な宣言だったね」
突然、背後から気楽な声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは第二王子のセシルだった。すっきりとした二重の目元に、スッと通った鼻筋。直接会ったことはなかったが、王城でメイドらから、相当な美男子だと聞いたことがある。彼に泣かされた令嬢が後を絶たないとか。
彼は柔らかいベージュの髪を無造作にかき上げ、口元に余裕のある笑みを浮かべている。その態度にも、遊び慣れたような雰囲気があった。
「セシル殿下……?」
「なかなか面白かったよ。まさか、婚約破棄された瞬間に『じゃあ婚活します!』なんて言う令嬢がいるとはね」
セシルは腕を組みながら、まるで観劇を楽しんだかのような表情で言った。
「もしかして本気で新しい相手を探すつもり?」
「そうですわ」
胸の内を悟られないよう涼しい顔で即答すると、セシルは一歩踏み出し、私の目を覗き込むようにして再び質問した。
「で、どんな相手を探してるんだい?」
「最低でも、婚約破棄前に別の女性を堂々と連れてくるような男よりはマシな男性を選びますわ」
「ハハッ、いいね!」
セシルは、愉快そうに笑った。
「それ、僕も立候補していい?」
立候補? 第二王子が?
夜風が心地よく吹き抜ける庭園で、セシルとの視線が交差する。本気なのか、冗談なのか、考えが読めない。
しかし、婚約破棄されてすぐに婚活宣言をした私もどうかしているが、話したこともない兄の元婚約者に本気で求婚しているならもっとどうかしている。
「私は本気なので。遊びなら他でやっていただけます?」
ぴしゃりと言い放って、その場を後にした。人生がかかっているのだ。お遊びに付き合っている場合ではない。
こうしてリリアーナの一世一代の婚活が始まったのだった。