夕凪
高校最後の夏休み、俺と巧は原付を駆って隣町の峠へと向かった。
昨日の猛暑日が嘘かのように、突き抜けるような晴天にもかかわらず、少しひんやりとした風が街を包み込み、若干秋の気配を漂わせている。
俺たちはただひたすら海岸沿いの国道を進む。
ヘルメット越しに眺める砂浜には、海水浴客の姿は疎らで、防波堤の上の釣り人の方が圧倒的に数が多かった。
国道から細い林道へと抜けると、そこには寂れた一軒のガソリンスタンド。
そこでガソリンを入れた後、少し走ると道端にひっそりと佇む古びたコカ・コーラの自販機があった。
俺たちはスプライトを買い、縁石に腰かけ少憩する。
好きな同級生の女の子の話で盛り上がり、引退試合を終えた部活の話で笑い合う。
巧とは、幼稚園時代からの腐れ縁だが、高校卒業後に俺は上京してしまうので、こうやって逢える機会も少なくなってしまうだろう。
俺たち二人のツーリングも、そろそろ目的地。
徐々に上り坂になっていく道は、木々の間をすり抜けながら、どこまでも続いていく。
前を走る巧は急に路肩に原付を停め、眼下の景色に目を向ける。
俺も原付を下り、巧の隣に並ぶ。
目に飛び込んできたのは、地元の町並み。
毎日暮らしている町のはずが、妙に懐かしく見えた。そして妙に胸が締め付けられた。
たった一度だけの、高3の夏。
俺たち二人は夕凪のようにただ黙って、この瞬間を、この絶景を焼きつけるようにいつまでも町を眺めていた。