夕方
いつの間にかこの屋上に一週間居座っている。
夏休みはとっくのとうに終わっていて止まっていた子供の世界は動き出しているんだろう。
小さかった翼はもう服を着て隠せるようなサイズではなくなっていた。成長するなんて聞いていない。教えといてくれよ。
ジャージは羽の生えている肩甲骨あたりから垂直に真下に裂かれてひらひらと舞っている。
持ち物は現金とここに来る間にコンビニエンスストアで調達した食料、いつも身に着けているお守りだ。今は亡き両親の形見ともいえる小さな袋のお守り。みよさんに葬式の後もらったものだった。
首から下げれるようにひもを付けて胸元で握りしめる。日差しに絆されてかは知らないが心臓はとくとくと規則正しくゆっくりだ。
携帯があれば行先も少しはまとまっていたかもしれないが動画を漁ったデメリットで持っていく気にはならなかったのだ。まぁ後の祭りだ。
もう何も考えたくない。ただこの空が前よりも綺麗に美しく自由にこの目に映るものだから案外悪くないのかもしれないと思ってしまっているくらいだ。
ここが自分の最終到着地点だと思い込んだ。
このままこの夕日の空に溶けることができたら。
眼を閉じて風を顔に受けている。その時だった。
ギィィとさび付いた扉の開く音。自分の真後ろから聞こえてきた。この場所に人が来たという紛れもない事実。
振り返る。
自分より背の小さな彼は白色パーカーのフードを深々とかぶりその表情はうかがえない。何でここにという疑問と次いで見られたという焦りが広がる。服ではもう隠すことのできないほど大きくなってしまった羽はもう体の一部気取りだ。
逃げるしかないこの屋上から飛び降りてこの羽を広げてみるしか。
ジリッと縁に足をかけて白色から目線を移した瞬間。
「ちょ、待って待って一緒だよ!俺たち!」
影から日向へ。オレンジの光を全身に浴び、フードの下から出てきたのは三角の耳と眩しいとでも言うように細められた瞳孔、獣と化した少年の姿だった。
「まさか先客がいるとは思ってなかったや。僕、成谷依緒。君は?」
フードの中から出てきた三角の耳、縦に割れた瞳孔、それから最初は気づかなかったがゆらゆらと背中の後ろで揺れている細いしっぽ。猫の少年は明るく気さくに話しかけてくるが目の下の隈を見るにここ数日はしっかりと寝ることができていないようだ。
町はまだ夜にはなっていないらしい反射のオレンジが全てを染めている。
「一日。…一日翼。でも、名前では呼ばれたくない…かな。」
風が少し冷たくなってきた。自分で言っておいて嫌な奴だと思った。偽名でもなんでもでっち上げればよかったかもしれないがどこか尺だった。それだけだ。猫の尻尾がチラッと端に映る。
「…じゃあイツカ。僕のことは名前で呼んで。僕、苗字嫌いなんだ。」
瞳孔をこれでもかと引き延ばして彼は、イオは俺を見ていた。
ひときわ大きな風が通り過ぎて、遠くの暗がりで明かりが点いた気がした。
十七歳男子高校生 成谷依緒