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プロローグ

AM:4:00、起床

 私を含めて、ここの基地の全員が3分以内に着替えを済ませ、外に整列する。一切の遅れも乱れも許されない。

AM:4:05、朝礼

 この基地の指揮官がやってくる。指揮官と言っても、階級が上という訳では無い。そもそも階級が存在しない。純粋な年功序列制だ。70歳になるか死亡するかのどちらかが引退条件、途中離脱は許されない。必然的に、指揮官は古い考え方の者が務めることになる。朝礼なんて、全員いるか、異変がないか、その辺を確認すればいいものだろう。なのにわざわざ余計な話をしはじめる。5分間を失うのは相当な時間の無駄だ。第一、整列してから2分前も待たされるのが無駄である。

AM:4:10、訓練

 一週間に一度の早朝訓練だ。正直毎日やれば良いと思っているが、どうやら睡眠不足で倒れる兵士が後を絶たないらしい。全く、貧弱な連中だ。それを鍛えるのが訓練ではないのだろうか。弱い者を鍛え、強い者は更に上を目指すのが目的ではないのか。

AM:6:00、朝食

 いつも通りの朝食だ。


 ここまで書いて、意味が無いと感じてノートを閉じる。隣の部屋の奴に日記を書くことを勧められたが、何がおもしろいのかまるで分からない。毎日決まった時間に起きて、決まった時間に訓練して、決まった時間に食事をとり、決まった時間に眠りにつく。よくもまあこんな内容を毎日書けたもんだ。まあ、他の奴らには何かしらの娯楽があるみたいだ。そのことでも書いてるんだろう。

 恒星系国家『ブライテイト』。この国において、普通は一部の音速で動ける国民……[音ノ者]が16歳で成人したタイミングで入隊する。しかし自分は物心つく前からここで育てられた。育ての親でもあった最年長者に何故自分だけがこの基地で子供なのかと聞いたことがある。それによれば、自分の子が[音ノ者]であることを気味悪がった親が基地の前の森に捨てていったのを見つけたのだという。幼い頃から兵士として育てられて来たのだ。「一般的」な趣味なんてあるはずもない。一応、義務教育の過程自体は受けたが、対して使ってる内容もない。兵士として日々鍛え、戦いの中で敵を屠る。それだけだ。

 ……どのみち、すぐに就寝時間だ。とっとと眠ってしまおう。


 気がつくと、見知らぬ建物に居た。拉致された……とは考えにくい。拘束されている訳では無い上、あまりにも建物が広すぎる。1度だけ休暇で連れ出された大型商業施設でも、ここまで大きくはなかった。明らかに監禁には不向きだ。一体何故こんな所にいるのだろうか……まずはこの建物が何なのかを調べるとしよう。

 この建物はどこまで広がっているんだろうか。人の気配は無い。[音ノ者]が走れば、通常の建物なら数秒で端に到着する。しかし、10分走っても端に到着しない。音速で10分といえば、ざっと200kmほどだ。しかも、スタート地点が端という訳でもなかった。建物の構造を見るに、中心に近かったかもしれない。少なくとも、この国にこれだけの広さを持つ建物は存在していなかったはずだ。それに加え、面積だけではなく高さも相当なものだ。とてつもなく大きな本棚が無限に続いている、そんな印象を受けた。どこを見ても人の頭くらいの本が詰まっている。この世界にはこれほどまでに多くの本があったのか。その中には既に知っているような気がする物もあった。これだけの数だ。どこかで何冊か読んでいてもおかしくないだろう。

 探索を続けると、カウンターのようなものと、大量に並んだ机と椅子が並んでいる空間に辿り着いた。ここはどうやら図書館の類いであるようだ。と言っても、図書館なんて行ったことも無いが。昔行った資料室がそれに近いと聞いた。それにしても、この建物は不自然な要素が多すぎる。自分の知る文明の物では無い。この空間を見てそれは確信に変わった。照明が宙に浮き、尚且つ一定の位置、方向を保つ空間は知る限り存在しない。ちょうどそこにある浮いている階段もだ。物理法則に反している。

 これが夢というものなのかもしれない。だとしたら、この階段を登るのもアリだ。もしかしたら触れた瞬間落ちるかもしれない。慎重に足をかけてみる。

〈マダソノトキデハナイ〉

誰かいるのだろうか。声が聞こえた。まだ、ということはいつか登る時が来るのだろうか。だがこれは夢だ。次なんてあるのだろうか。もう1段登ってみる。

〈トキガミチテイナイ〉

やはりコチラの行動に応じて話しかけてきている。夢の中だからなのかは分からないが、少し視界が歪んだような気がする。目覚める前に登りきってしまいたい。

〈モウジキウンメイハオトズレル〉

運命が訪れる……?これは何かの警告なのだろうか。夢の中で警告を受けた者の話はよく聞く。正直信じていなかったが、この感覚は彼らの語っていた感覚に近いような気もする。

〈オマエヲミチビキトモニアユムモノガアラワレル〉

この声……耳からではない。テレパシー的な何かだろうか。これを真に受けるなら、どうやら案内人がそのうちやってくるらしい。誰の声かは分からないが、ただの夢では無さそうだ。

〈ソナエヨ!〉

急激な耳鳴りに襲われた。頭にも原因不明の痛みが訪れる。視界が霞んでいく……正確にはノイズが走るような感覚だ。ノイズの中に自分の姿がちらつく。そのノイズは痛みと共に徐々に激しさを増していった。


 基地内に流れる放送で目を覚ました。やはり夢だったようだ。どうやら放送によると、基地の敷地に向かってまっすぐ向かってくる者が確認されたらしい。こんな森の中だ。遭難者の可能性もある。5人ほどが装備を用意して向かっていく。他の兵士達も出動準備を進める。時計を見ると、3:47と表示されていた。もしかしたら死にたくてやってきている可能性もある。追加の放送が入った。

『こちらに向かってきているのは黄色のTシャツ、水色のパーカーを着た一般人と思われる。髪は水色に紫のメッシュ、ハーフパンツを着用し、ブーツを履いている。年齢は10代後半と見られる。この特徴に当てはまらない者が発見された場合は直ちに全体に報告せよ。この者の対処は完了次第報告する。』

 死ぬために来た、にしては随分着飾っているようだ。かと言って、そもそも遭難するような所に着て行く格好ではない。となると、油断させての襲撃か……

『総員直ちに戦闘配置に付け。繰り返す。総員直ちに戦闘配置に付け。先行部隊壊滅。敵は先程現れた侵入者1名。現在敷地内に侵攻中。総員直ちn』

放送が途切れた。

 本当に敵は1人なのか?どこかに潜んでいるのではないだろうか。仮にも武装した兵士が5人いるのだ。それを1人で、しかも装備も恐らくまともにない状態。それで壊滅まで持って行けるのだろうか……?だとしたら、相手は間違いなく相当な手練だ。1対1が成立するはじめての相手かもしれない。期待のような感情が抑えられない。引き止める声もあったが、それを無視して1人で先に向かうことにした。


 相手は既に敷地内に侵入していた。随分と目を輝かせている。7人分の亡骸を……いや、生きている。そもそも生け捕りにするつもりだったか。

「お、来た来た!君に用があったんだよね〜」

そいつが話しかけてくる。はじめから狙われていたとすれば、1人で出てきたのは失敗だったか。いや、どの道変わらないだろう。

「ね〜ね〜!返事くらいしてくれたっていいじゃん!」

「うるさい奴だな。お前は襲撃者だ。つまり、敵だ。馴れ合うつもりは無い。」

そう言い放つが、あまり奴の表情に変化はない。依然として目を輝かせている。ずいぶん馴れ馴れしい奴だ。調子が狂う。

 手元のサブマシンガンを構え、トリガーを引く。音ノ者ではないかもしれないが、そもそもの想定が音ノ者を相手にする設計だ。相手が一般人だとすれば、当たらないことはまずない。奴は微動だにしない。妙だ……今のに対応出来なかったのか?……いや、無傷だ。弾が当たった様子がない。服の下になにかを隠している訳でもないようだ。そもそも服にも損傷がない。この状況を不可思議な力を抜きに説明するなら、認識の限界を超えた速度、光速での移動が行われたということになる。しかし肉体のみで光速など出せるのだろうか……

「危ないなあ〜……撃たなくたっていいじゃん!別に僕は君に敵意があるわけじゃないんだよ〜」

随分と元気そうだ。その上襲撃しておいてその言い分か。

「嘘つくんならもうちょっとマシな嘘にしときな」

「嘘じゃないって!君に用があるだけなんだよ!」

技術者ならともかく、一般の兵士相手にそれは無茶があるだろう。頭が悪いのだろうか。まあ、相手の素性はどうでもよい。

 無線で「アレ」の用意を要請しておく。準備できるまでの時間稼ぎをしなくてはならない。まともにやり合ったとしても、もし奴が光速で動くのだとしたら勝ち目は無いだろう。目的は生け捕りな事は明確だ。そこを利用するしかないだろう。

「分かった、お前についていけば他に用はないんだな?」

「まあ、そういうことだね」

「なら……そうだ、一つゲームでもしよう。内容は単純だ。」

 近くに生えてる木々の中から、奴を囲う形になるよう十数本の木に弾を打ち込む。

「今弾を打ち込んだ木があるだろう。その木で囲まれた内側でこちらが撃つ弾を避け続ければいい。ただし、こちらは地上に足をつけない代わりに、お前は地上を離れてはいけない。こちらの手元にある弾が尽きても避けきれていたら大人しくお前について行ってやる。もし当たったら……当たって生きていたらはやいところ帰るんだな。」

弾が尽きるまでとは言ったが、尽きることはほぼ無いだろう。この国の銃は、空間転移装置がマガジンに内蔵されている。そこから弾を供給し続けることで、「リロードが不用な銃」が実現された。弾が尽きるということは対応する弾がこの文明から1つ残らず無くなることを意味する。賭けではあった。しかし奴はこの「ゲーム」に乗ってくる、その判断には自信があった。

「なかなかおもしろそうなルールだね……よし、やろ!」

案の定奴は乗ってきた。時間稼ぎとは言え、「アレ」を使うには膨大なエネルギーが必要だ。使わなくて済ませられるようであれば済ませてしまいたい。

「スタートは……この後木に弾を打ち込んだタイミングだ。」

奴は銃を使ってこない。そう判断し、邪魔なベストやヘルメットを脱ぎ、ラフな格好……もっとも身軽な状態になる。

「随分綺麗な足してるね〜」

この状況でなんて奴だ。バカバカしい。軽く跳び、適当な枝の上に乗る。

「……スタートだ。」

 1発木に打ち込んでから木を強く蹴り、木を経由して跳び回りながらトリガーを引く。狙い自体は正確だ。着弾地点を見る限り、奴見た目通りの場所にいるのであれば全て命中しているだろう。やはり何か得体の知れない何かを感じる。

「どう?当てられそう?」

「うるさい、弾が尽きるまでお前と会話をするつもりは無い。」

動いているようにも見えない。ホログラムか何かを撃っているような感覚に陥る。だが奴はホログラムではない。

「そんなこと言っときながらなんだかんだで返事してくれてるじゃ〜ん、素直じゃないね〜」

間違いなく動いて避けているのだ。それは奴の足元の地面を見れば明らかだ。おそらく、奴からしたらそもそも狙いを付けさせないことも可能だろう。舐められている。しかし、それでもよい。そろそろ「アレ」の準備が終わるはずだ。

「ありゃ、余計な事言ったからお返事が帰ってこなくなっちゃったか〜」

それにしても黙るということを知らないのか、それとも相当余裕があるのか。……両方だろう。

「その銃、随分いっぱい撃てるんだね〜」

知らないということは、外部からの侵略者である可能性が高い。尚更ここで始末する必要性がある存在ということだ。

『準備完了しました、10秒後に発射します。』

耳元の無線が告げる。10秒後、奴を今と全く同じ場所に居させなくてはならない。奴を直接狙うのを止め、周りを囲むように撃つ。光速で動くとしても、大きさは変わらない。「アレ」は確実に当たる……奴を仕留める。

 奴の視線の動きが止まった。直後に基地の方から強い音と衝撃波が訪れる。この国では光速に到達する移動手段が多く存在する。それを捕捉し、破壊するために開発された兵器、通称[スペースブレイカー]。本来は車両を破壊するための兵器だ。人間が喰らえばひとたまりも無いはずだった。しかし奴の体にはなんの損傷も無い。

「光速を捉える弾丸……君たち随分おもしろい物持ってるんだね?」

スペースブレイカーの弾は奴の口に咥えられていた。着弾と共に起爆する様にできている弾を歯でそのまま止めたようだ。

「美味しいかな……お、噛んだらはじけた〜」

挙句の果てに弾を食っていやがる。

「化け物……」

思わずその言葉が口から飛び出る。この国にこれほどまでの生命体は確認されていない。周辺の文明に確認されたという情報も無かったはずだ。

「ば、化け物って!こんなにかわいい僕のどこが化け物だって言うの?」

驚くほど自己評価が高い。メンタルまで化け物なのか。


「ところでさ、アレを僕に当てて仕留めるつもりだったんでしょ?僕が止めちゃったけど。これでも続ける?」

「流石に気がついたか。もうちょっと頭が悪いと思ってたが。」

もう手立ては何も無かった。当然だ。こんな化け物を相手にどう対処しろというのだ。この国ごと塵にするくらいのことをしても仕留められる確証がない。この状況で最前の手は1つ、被害を最小限に抑えることだろう。

「どうやらこちらの持っている兵器はお前にとって意味がないらしい。こちらが設けたルールだ。ついて行くことにする。被害が増えることだって望んでいないからな。他に狙いがあるなら話は変わるが……」

「あ、もう終わりなんだ〜……本当はもうちょっと遊んでてもよかっんだけどね。まああんまり無理に連れていきたくは無かったしいっか。」

 正直、不服だ。はじめて歯が立たないと感じた。悔しいが、奴は強い。目的は分からないままだ。それでも被害を抑えなくてはならない。いざとなったら……

「それじゃ……よっ、と」

「ヒッ」

急に抱えあげられたことに驚いて変な声が出た。やはり速い。当然、力も相当あるようだ。

「それじゃあしゅっぱーつ!」

そう言って抱えられたまま宙を駆け出した。なんて化け物に目をつけられてしまったのだろうか。目的も分からない。しかし基地での日々の中では感じたことがない感情が芽生えている自分がいる。漠然とした不安の中に明るい何かを感じていた。

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