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深緑の花婿  作者: 立菓
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皇子の動揺

 コノハは井戸に着くと、井戸水をんだ後、柄杓ひしゃくで水をすねの傷口にかけた。何度か水で洗った後、じっーと傷口の様子を見てみた。


(止血してるけど、うーん……。動くとどーかな? 傷口が服に当たると、余計にヒリヒリと痛むかもしれないから、当て布だけもらって来ようか……)



 そのようにコノハが自問自答している時、ちょうど建比古たけひこが中庭近くの廊下ろうかを歩いていた。

 外気が冷たくなる夕方に、珍しくかげっている中庭に居る者が見かけたので、すぐに建比古はコノハに気付いた。そして、無意識に物凄ものすごい早足で、彼女に近寄った。


「……どうした、怪我をしたのかっ??」


「あっ、と……そうです。当て布を頂きたいのですが、救護室に行けばいいでしょうか?」


 と、コノハが建比古の顔を見ると、非常に深刻な顔をしていたので、コノハはピクッと体を動かしてしまうくらい驚いてしまった。


()()()()()()()()!! 当て布だけじゃ駄目だ!」


 突然、建比古が大声を出したので、コノハは思わず腰を抜かしそうになり、硬直してしまった。

 よくよく見ると、建比古は先程よりもさらに険しい顔になっていた。


「行くぞっ!」


 そう言って、建比古がコノハの左手首を勢いよくつかむと、コノハは「わっ――」とかすかに声を出した。

 建比古が再び早歩きで廊下の方に向かうと、コノハはされるがまま……の状態で、彼と一緒に歩き始めた。



 廊下を歩いている途中、建比古もコノハも無言のままだった。

 服に当たる脛の傷口の痛みを感じるはずのコノハだったが、建比古の言動に圧倒され過ぎたせいか、痛みには気を取られなかった。




 コノハが我に返った時、救護室の前に着いたようだ。

 建比古が部屋の引き戸を開ける直前に、ようやくコノハから手を離した。


「……入ってくれ」


 建比古のあとに続いて、コノハも救護室の中に入った。

 大きな棚からは、ふわふわと薬草の匂いが漂っている。


「そこの丸椅子まるいすに座ってくれるか?」


「はい……」


 建比古にうながされて、コノハは素朴な寝台の前にある丸椅子に座った。

 建比古はコノハが丸椅子に座るのを見届けると、薬草が入った棚のそばに行った。


「傷には……よもぎ、だな」


 いくつもの引き出しがある棚から、蓬が入っている場所を確認すると、建比古はまた違う物を探しているようだ。薬草の入っている棚の横、低い棚の引き出しを開けると、建比古は小さな鍋と火付け石を取り出した。

 乾燥した蓬を棚から出すと、今度は鍋を持って、救護室の出入り口に行った。


「近くの中庭で水を汲んでくるから、待っていてくれ」



 建比古がコノハに声をかけた後、井戸の水を鍋の中に入れて、急いで救護室に戻ってきた。

 かまどに火をつけると、彼は乾燥した蓬をせんじ始めた。


 蓬を煎じている間に、建比古は棚からふた付きの器、それから綿紗めんしゃと当て布を取り出し、また鍋の方に戻った。

 そして、蓬を煎じ終えると、煎じ汁をちょうど良いくらいに冷ますために、器の中へ注いだのだった。



 しばらく経つと、建比古は何度か指を蓬の煎じ汁に入れ、火傷やけどをしない温度になったかを確認した。

 煎じ汁が心地よい温かさになったことが分かると、やさしく綿紗を汁にひたしたようだ。


「手荒なことをして悪かった……」


 コノハの真正面で、建比古は下を向いて小声で謝った。その時には建比古は真顔に戻っていて、声も穏やかになっていた。


「……いえ、ありがとうございます」


 少しだけ張り詰めた声で、コノハは微笑みながらつぶやいた。


「礼は必要ない。……煎じ汁が熱かったら、遠慮無く言ってくれ」


 コノハが返事をすると、建比古はゆっくりと慎重に汁に浸した綿紗を、彼女の傷口に当てた。


「熱くないか……??」


「大丈夫です。ちょうどいい温度ですね……」


 ほんの少し見上げた建比古と目が合うと、コノハは目が泳ぎそうになった。

 高貴な方に気遣きづかわれている申し訳無さと恥ずかしさ。それだけではなく、美しい殿方に見つめられた緊張感が物凄かった。


 そして、コノハは振動の鼓動が速くなっているのに気が付いた。トクトクトク……と、鼓動が自分の全身に響いている感覚があった。

 それに、部屋を温めていないのに、温かい煎じ汁を当ててもらった脛以外のところも、熱くなっているように感じた。息苦しくなったような気もするが、体調が悪くなった訳でもない。


(……嫌な感じではないんだけど、一体なんなんだろう……??)


 何気なくボーと建比古の様子を見ていると、あっという間に傷口の手当てが終わったようだ。

 コノハが気付いた時には、綿紗の上に薄くて柔らかい当て布が巻かれていた。


「風呂へ入った後にでも、巻き直しをすればいい。……一式、用意したぞ」


 建比古から、傷の手当に必要な物が全て入ったふくろを受け取ると、コノハは深くお辞儀じぎをした。


「何から何まで、本当にありがとうございました」


「大したこと無い。良くなるまで、十分に体を休ませろよ」


「はい、ありがとうございますっ」

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