従者の仕事(中)
生活の拠点になる部屋を出ると、コノハは白人のあとについて行った。
二人は、縦に長い皇宮の中央区画を抜けると、廊下を右に曲がり、西の区画に入った。表側には会議室や待合所等の仕事場、裏側には華やかな後宮が見える。
彩女が言っていた書庫は表側、横長の建物の途中にあった。
指示された書庫は、西側の区画の端よりも中央の区画に近い位置だったので、コノハは自分が思っていたよりも早く着いたかな……、と感じたのだった。
「俺は、天皇陛下のとこに行かないと行けないから、ごめんねっ! 彩女が来るまで、書庫の前で待ってて。……なら、また部屋でね〜」
「分かりました、ありがとうございますっ」
片手を振りながら、早足で去っていった白人に向かって、コノハも手を振り返して、軽く会釈をした。
反対側の後宮の方を見てみると、数人の女官たちが列をつくり、右へ左へ慌ただしそうに歩いている。
そうして何気無く、コノハが女官たちの様子を見ていると、中央区画の方から、ようやく彩女が駆け足で来たようだ。
「遅くなって、ごめんなさいねっ! 今、鍵を開けるわ……」
息を切らしそうになりながら、彩女が書庫の鍵を開けた後、彼女はゆっくりと中に入った。
彩女の後に続いて、「失礼いたします……」と言いながら、コノハも書庫に入っていった。
西の書庫は天井は低いが、横長の部屋の端から端まで、非常に多くの棚が並んでいるようだ。
無数の書物がびっしりと立てられている。また、書物が横積みにされて、ぎっしりと隙間無く置かれている場所もあるようだ。
彩女は窓の近くまで行くと、朝服の中から覚え書きを出した。
「……全部で、十二冊の書物を探すよう、篤比古様から頼まれていてね――」
コノハは彩女の真横まで近付くと、彩女が持っていた覚え書きに書いてある文字を、じっーと真剣に見つめた。
呼吸が落ち着いてきた後、彩女は覚え書きを見ながら、再び話し始めた。
「えーと……。最初は……、せいようの、くにぐにの、れきし――」
地道なことを繰り返す、長時間かかりそうな業務のようだ。
……のはずだったが、業務を開始して長く経たないうちに、コノハは本棚から一冊の書物を取って、彩女の方に素早く戻ってきたのだ。
「最初の項目に書かれていたものって、コレ……で、合っていますか?」
「うん、合っているわ! ……えっ……、あら……?」
すると、彩女はとても不思議そうな表情になり、思わずコノハの顔を凝視してしまった。
この国の大王家や豪族の人々は、教養として、幼い頃から文字の読み書きを習うらしい。
ちなみに、彩女は大王家に近しい豪族の出身である。
一方で、官吏を目指す庶民以外は、一般的に文字を習うことの無いので、文字を読むことも書くこともできないのが普通である。
それ故、文字自体を知らないはずの庶民出身のコノハが、なぜ迅速に書物を探し当てることができたのか、彩女は全く理由が分からなかったのだ。
「あっ、えーと……。わたし……、視力と記憶力は、ヒトよりいいみたい……なので――」
彩女が疑問に思ったのを察して、コノハは素直な返答をした。
「本当に驚いたわ。……貴女って、弓の腕前以外にも、優れているところがあるのね」
彩女に褒められて、少し恥ずかしかったが、コノハは何とか笑顔をつくり、「ありがとうございます……」と小声で言ったのだった。
コノハの能力による活躍のおかげか、業務の効率は次第に良くなっていった。それで、彩女が想定していたよりも早く、全ての書物を探す業務が終わったようだ。
「あとで官人の男性方が、全ての書物を篤比古様のお部屋まで届けてくれるわ。……出入り口の側まで、一緒に運びましょう」
置いてあった木箱に書物を入れて、二人で協力して移動させた後、彼女たちは書庫を出た。
彩女が書庫の鍵をかけると、彼女とコノハは、ゆっくりと皇宮の中央区画まで戻っていった。
自分たちの部屋に戻ると、すでに白人が昼食を取っていた。
食台の上には、彩女とコノハの膳が置かれていた。彼女たちが席に座って食べてみると、食事は温かいままだということに気が付いた。
昼前の仕事が終わったおかげで、コノハは少しは気持ちが落ち着かせることができた。彼女は自分の配分で昼食も食べられたので、十分にひと休憩ができたようだ。