皇子の初恋
あちらこちらの真っ赤な紅葉や楓が散り始めた時期のこと。弓使いの娘が、初めて大王家の皇宮を訪れたのは、ある晩秋の日だった。
皇宮は塞院の地、黄央の都の中にある。
皇宮の使用人たちが迎えに来た後、太陽が南中した少し過ぎた頃に、コノハは皇宮に着いた。
使用人たちに案内されたコノハが謁見の間に行くと、御簾の奥に、泰陽皇国を統治する威厳のある一族が並んでいた。
正面に向かって、中央の左側に伶明天皇陛下、右側には第二皇子兼皇太子の篤比古殿下。殿下の右隣には皇后様が、陛下の左隣には第一皇子の建比古殿下が座っていた。
「親交のある国司の雪麻呂からは、そなたのことを色々と聞いている。遥々《はるばる》遠き地から、よくぞ参ってくれた。……コノハよ」
「はい」
大王家の方々の御前で、朝服を着た若い娘が腰を落として、片膝を床に付けている。
緊張している様子ではあったが、できるだけ冷静に対応しているようだ。
「足場が不安定な場所から、賊の急所を見事に射抜いた、と聞いた。
一緒に賊と戦った者々は、『まるで、山の女神が憑依したようだった』と言っていたそうだな。……私を含めた、この塞院の者も、大変感嘆しておるぞっ」
「……恐縮でございます」
天皇陛下の方に視線を向けているコノハであったが、別の位置からコノハから目を離せない者が居た。
……それは、建比古殿下だった。下に垂らした外に跳ねたような長い髪を顔の横で紐で結び、後ろを一つ結んである角髪をしている。
ひと目でコノハを見た瞬間から、彼は呼吸がしづらくなった。心臓の鼓動が速く、そして激しくなっていた。煩いくらいに、ドクドクドクドク……と鳴っている。
コノハは特別美人という訳では無い。だが、彼女の凛とした佇まいの中に、清らかさもあることに、すぐに建比古は気付いたのだった。
(縁が無きゃ、ソレでいい。独り身を覚悟していたのに、今頃になって……。まさか――)
建比古は行き遅れ過ぎた年齢になって、突然の予期せぬ一目惚れした自分に、ものすごく驚いていた。
彼は左目に眼帯を付けていて、隻眼であるが、両目でコノハを観ているような錯覚もあった程、くっきりと彼女の姿が目に焼き付いている。
「……彩女。では……、コノハを自室に案内するように」
謁見が落ち着いたところで、伶明天皇は、部屋の出入り口付近に立っていた女官に指示をした。
女官が返事をした後、彼女はコノハの傍に行ったようだ。その女官が片手で出入り口を示すと、「こちらへ……」と伝えた。