その2
そのまま他称勇者と他称巫女はエルフの国に。
「どうしたというのですか勇者様は」
「いえ、それが敵の最後の呪いを受けてしまって…」
エルフの国の悪名高い魔術師はフームと首をひねった。魔王に呪いを受けた勇者様は、自分がごく普通の戦士だと勘違いして錯乱していたので、酒を死ぬほど飲ませて酔いつぶしておいた。
戦士たちはいつまでたっても歌うことと酒を飲むことをやめようとしない。
乾杯をしよう、若さと過去に
苦難の時は、今終わりを告げる
血と鋼の意思で敵を追い払おう、奪われた故郷を取り戻そう
ここエルフの国は魔王の領域と特に近い土地だったために喜びもひとしおだ。勇者様がかなり奇妙なことを言うので皆混乱していたが酒がすべてをうやむやにした。
「で、あなたが聖なる巫女と」
「そうそう! そういうことに勇者様の中でなってるんですよ!」
「ふ~ん」
それは伝説の勇者にちやほやされるのは悪い気分ではないけれども、この調子でシティに戻ったら間違いなくめんどくさいことになる。私と勇者様は暗い森の領域を超えて、意地悪エルフの国まで何とか逃れてきた。いま、闇の魔王アルドゥインが打倒されたことに世界は沸き立っている。もちろんこのエルフの国バレンウッドでもそれは例外ではない。
「で? なんで二人だけで闇の領域まで行ったことになってるんです?」
「は?」
このエルフのおばさんはしれっとおっしゃる。実はエルフのお偉い方は伝説の竜の戦士がトールマンから出てくることを望んでいなかったので、最後まで今回の件には及び腰だったのだ。それをわざわざ勇者様のおつきの私に言うかね。
「それを私に聞きます? エルフの皆さんが勇者様に相当気前がいいのは知ってましたから、もっと支援があったらこんな事にはならなかったんですけどね!」
「…ははぁ」
色黒の闇の魔法使いのエルフおばさんには皮肉もあまり通用しないらしい。
「なるほど、死環白の呪いですか。なかなか面白い魔法ですね」
「貴方は口が堅いから言うんですよ」
こんなことを公言されたら困りますから、とくぎを刺しておいた。勇者が下賤の女にご執心などと広められると大変に困る。私は遠征隊の荷物持ち、料理係、いわば勇者様の僕である。シティに帰っていくばくかの金をもらう、そういう女だ。
「まぁ、私の口はほどほどに硬いですよ」
「で、呪いを解く方法は?」
「さぁ…」
「さぁって…」
「見たところは、かなり根が深いみたいですし…解呪の釘を寝てる間に100本コースか、オオミドリドクガエル踊り食い100匹コースならいけるかもしれませんけど」
「そんなことしたら死ぬじゃないですか!」
色黒エルフおばさんはあまり興味がなさそうに魔法の本を閉じたり開いたりしている。
「うん、まぁ、考えようによってはいいのかもしれませんね」
「何が!」
私は憤ったが、エルフおばさんは「まぁまぁ」と私に椅子をすすめた。
「勇者バン様は、お強いし、慈悲深い方ですけど、見たところあまり政に向かない方です」
「無礼な!」
「で、その勇者様が戦士ギルドの同胞団の一団員に戻ると公言しているのなら、それはそれでいいじゃありませんか」
「どういうことです?」
「そういう悪辣な、不向きな政治の世界よりも、お友達とああやって歌ってお酒を飲んで暴れる生活のほうが勇者様に向いているのでは?」
「…」
われらは戦う、命の限り
やがて戦士の館に呼ばれるまで
野太い調子はずれの戦士たちの声がどこまでも響いてくる。ひときわ大きな声は勇者様の声だろう。
「トールマンとしては困ります、国にはあの方の力が必要なのです」
私のような下賤の女に執心されたままでは大変なのだ。伝説の竜の戦士の連れ合いにはとても無理だ。
「はぁ」
「スれた人間です私は、盗みで生きてた女です、運あって旅についてきましたけど」
あの人の旅はまだ終わってはいないのだ。まだ闇の脅威は完全に去ったわけではないのだから。
「貴方なら何とかなるでしょう」
「う~~~ん」
金貨の袋を握らせた。色黒エルフおばさんはしばらくうなって、いろいろ考えているらしい。私たちトールマンとは違って、結構長い気な人だ。何かいい知恵を出してくれないだろうか。
「まぁ、シティまで行くにも何か月って話ですから、今日はゆっくりお休みなさい」
「…」
「ちょっと勇者様の法の様子も見ないと何とも言えないですから」
巫女様用の部屋に通された。すごく贅沢な部屋だ。
「おちつかねぇ~」
きれいなシーツにどかっと飛び込んで私は眠ることにした。
「ちょっと、バンさん」
「大魔導士様、いかがした!」
エルフの大魔導士様が酒の席にやってきた。戦士の仲間たちは、「猛き戦士よ!」とか「新しい時代に!」とか大いに盛り上がっている。
「巫女様のことなんだけど」
「どうかしましたか」
「ちょっとお話したんだけど、相当お疲れね」
ちょっと今後の話をしましょう。というと、戦士たちは「待ってるぞ兄弟!」と私を送り出した。
「なんです、改まって、あまり脅かさないで」
「いや、巫女様について、旅でおかしくなかったかしら?」
私は、あぁ、とうなづいた。思い当たる節はいくらかある。巫女様の様子がおかしいのだ。言葉に元気がないし、口調もなんだかおかしい。あまり言いたくはなかったのだが、敵の魔法使いの最後の攻撃を巫女様がもらってしまったのだ。
「実は…、闇の魔術師に奇妙な魔法を食らってしまって…」
「やっぱり」と大魔導士様はうなづいた。
「敵はうち滅ぼしましたが、巫女様は何か、まずい状況なんですか?」
「ええ、とっても」
なんたること! 私は叫んだ。
「勇者様たちが無事であれば、何とかなったのに…」
一介の戦士ではいかんともしがたい。一刻も早くシティにお連れしなければ。救国の要である巫女様に一体どんな呪いがかけられたというのか。
「あー…、まぁ一言で言うと、記憶喪失に近いと思います」
「なんと!」
「うーん、なんというか、巫女様は今、そうね、自分のことを普通の人だと思い込んでるみたい」
「全く奇妙な魔法ですな」
その割には、薬の製造方法とか、魔法の唱え方とかは全く覚えているようだったが。
「妄想に都合よく解釈してるみたい、例えば傷が治るのはあなたの生命力によるもので、薬は気休めだとか、本人はアロエ軟膏を塗ったのに治ったのは驚いたっていってたわ」
「面白い妄想ですね…、そんな普通の軟膏で傷が治るわけがない。勇者様の自己回復の術でもなければ無理でしょう」
「…うん、まぁそうね」
あと、もう一つは、と大魔導士様は言った。
「なんです?」
「あなたのことを伝説の竜の戦士だと思ってるみたい」
「えっ!?」
「国に帰ったら、あなたの功績を広めて偉い人になってもらいたいって言ってたわ」
これは驚いた。いや、私にも出世欲というものはもちろんある。あるのだが、そんな伝説の魔王を倒した功績を勇者様が死んだのをいいことに横取りなどは戦士の誇りが許さない。だが、巫女様がそう証言するとそうなってしまう。
「どうするの?」
「どうもこうもありませんよ、何か呪いを解く方法があるでしょう?」
「うーん、それがあまりないのよね。結構根が深いみたいで」
どうしたものか。シティに戻る旅の間に何とかならないだろうか。
「シティまでの旅はまだまだあるし、何とか戻るんじゃないかしら?」
「それならいいんですが、それはそうと、シティまでの護衛は当然つけてくれるんでしょうな」
私一人でそんな正体を無くした巫女様の護衛など恐ろしくて務まらない。何なら他の誰かに今すぐ変わってほしい。
「うーん、けど、向こうはあなたのことを勇者様だと思ってるんでしょ?」
「ん?」
「そんな勇者様がシティに帰らずに留まるなんて言い出したら、巫女様がなんていうか」
「どういうことです?」
「それなら、私一人でもシティに戻ります!なんて言われたら事じゃないの、やりかねないわよ」
「うーむ」
「護衛は出すけど、貴方ももちろん帯同するのよ」
「うぅむ」
とりあえず今日は寝なさい。明日は私も交えて今の状況のことをよく話し合いましょう。ちょっと笑って大魔導士様は言った。人の国のことだと思って気楽なものだ。
気が済むまで続ける