:去夏〈6〉
個展会場に展示されている全作品を写メに納めて僕と来海サンは画材屋へ戻って来た。帰路も警察関係者に声を掛けられることはなかった。
レジカウンターに陣取り、二人して絵に秘められた謎のメッセージを読み解くことに僕は同意した。
思い出したくない過去への旅が未来への希望――女子中学生の救出に繋がるなら――
その想いだけが僕を奮い立たせる原動力だ。
百夏の死以来、辛い記憶を封印した僕。絵を描くことと同じくらい好きだったミステリの世界に逃げ込んで日々を過ごしてきた僕。皮肉にも、その僕の趣味の〈謎解き〉が再び僕を現実へと回帰させるとは……!
「展示作品の調査は、大作の〈去夏の宴〉を最後に残して、時計回りに右側の列――スズランから始めましょ。まず植物の名前を確認して、そこから名の由来や花言葉、伝承などを調べて行くの。きっと隠された意味に辿り着けるはず」
テキパキと来海サンが提案する。
「スズランか」
これは名前もわかっているから容易だった。
「花言葉は〈純情〉〈純潔〉〈謙遜〉〈再び幸せが訪れる〉……」
「そして、浅井透さんにとっては〈愛の告白〉」
僕は言葉は挟まず、さりげなく次の絵に移る。
「この花はネジバナだな。万葉集ではモジズリとして詠われている。花言葉は――」
〈秘密の思い出〉だった。胸に刺さる暗合だ。
「次のこの花、私、知ってる!」
3番目の花――ピンク色で6枚の花びらのそれ――を指差して来海サンが明るい声を上げる。
「サフランモドキよ。可愛い花よね。花言葉は……〈清純な愛〉〈期待〉その他に、見て、〈便りがある〉〈風の便り〉ですって!」
これもまた突然送られてきた個展の案内状に、ドンピシャ、符合する。
「次の一作は変わった構成だな?」
右列最後、4番目の作品は少々特異だった。一つの画布に明らかに種類の違う2種類の花が描いてある。
「こっち、薄紫の花はシオンじゃないかしら?」
「じゃ、まずそっちから」
ところがPCでシオンを検索したら、同時にもう一方の花についてもわかった。
シオンは紫苑と書いて、別名〈思い草〉、一緒に描かれているのはヤブカンゾウで別名〈忘れ草〉。
「忘れ草? 勿忘草じゃなくて?」
「いや、勿忘草の花は青だよ。ここに描かれているのは八重咲きのオレンジ色で色も形も違うだろ」
思い草と忘れ草。
実はこの二つの花にはその名の由来となった悲しい伝承があった。
〈今昔物語集〉によると、その昔、親孝行な兄弟がいた。親を亡くした時、その墓に、兄は死別の辛さから『面影を忘れたい』と願って忘れ草を植え、弟は『いつまでも思っていたい』と思い草を植えた……
死者に対して、愛すればこそ揺れ動く想い。どちらも根は一緒なのだ。
「シオン=思い草の花言葉は〈追憶〉〈君を忘れない〉。ヤブカンゾウ=忘れ草の花言葉は〈愛の忘却〉〈悲しみを忘れる〉か……ん?」
PCから顔を上げて僕は気づいた。いつのまにか来海サンがカウンターに突っ伏して眠り込んでいるではないか。
思えば、朝からずっと僕を見張っていて、尾行して、再び個展会場へ取って返してと、学校をズル休みした上、動き回って心身ともに物凄く疲れたんだろうな。
せめて美しい花々を巡りながら眠りに落ちて良かった。
僕は起こさないよう、そうっとガーゼのストールを肩にかけると残りは一人で続けることにした。
時計回りに左側の4作へ。
赤い実をつけているこの花はひょっとして……
当たった! サネカズラだ。これもまた万葉集や百人一首で詠われる、我が国で古来から親しまれてきた花だ。花言葉は〈再会〉
次も、その独特の形からすぐに名前を見つけ出すことが出来た。
フーセンカズラ。紙風船を膨らましたようなプクッとした可愛らしい花。
だが、資料を読み進めて、英名の由来に眉を寄せる。この花の黒い種には白いハート型の模様があるのだ。それ故、英語ではハートフラワーと呼ぶらしい。心臓花……心臓……
花言葉は〈自由な心〉〈一緒に飛びたい〉〈永遠にあなたとともに〉そして〈多忙〉
何と象徴的なことか。百夏を巡るあの悲しい夏の僕の想い、全てに当てはまる……
だが、ここで挫けてはだめだ。雑念を払い落し、自分自身を叱咤して僕はPCに向かい合う。
植物の絵は残すところ、後二つ。
次の一作は、明るい緑の葉が、下の方は交互についているが茎先はぐるっと丸く黄色い花を包むように咲いている。
姿形から探すと似たものが見つかった。名前はトウダイグサ。草の形が昔の燈明台に似ているから、こう名付けられたそう。別名鈴振花。花言葉は――ない。
探しても見つからない。この草自体が謎の存在と記している植物研究家もいた。
では〈謎〉ということで。
さあ、大作を取り囲む最後の絵だ。
花と言うより群生する艶やかな緑の葉・葉・葉……
「――」
僕はこの葉を見たことがある。これは――
これまでだ。
来海サンが静かな寝息を立てる傍らで僕は遂にPCの電源を切って立ち上がった。
これからどうすべきか、既に心は決めていた。
僕は来海サンを起こさないよう店の入り口近くへ移動してスマホを取り出した。
出立する前に連絡すべき人がいる。
「もしもし? 僕です。桑木新です。こんな時間に申し訳ありません。お願いがあるんです――」




