:宝石の隠し場所〈4〉
「ハッピーバースディ、来海サン!」
その日、いつものように下校時に僕の店へ顔を出した来海サンに僕はクラッカーを鳴らして叫んだ。
三月十日。今日こそが彼女の正式な誕生日だ。
ちょっと豪勢なバースディ・ディナーは週末にイタリアンレストランに予約済みだ。でも、レストランでプレゼントを差し出すより、僕たちが出合った、まさにここ、桑木画材屋の店内で、僕にとって最初の〈来海サンの誕生日〉の贈り物を渡したかった。
ああ、男って、進藤さんの御主人同様、いくつになっても悪戯好きでロマンチックな生き物なのさ。最もロマンチックでない時代にロマンチックに生きた探偵もいたことだし。誰だって? かのレイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルドの極みの探偵だよ。それはともかく――
「さあ、受け取ってくれ、僕からの誕生日のプレゼント!」
僕が颯爽と差し出したそれは、牛乳石鹸の赤箱。
どうだ、驚いたか!
けれど、来海サンは微動だにしなかった。
眉一つ動かさず、至って落ち着いて真っ赤な紙箱の蓋を開けて石鹸を取り出す――
そして、言った。
「悪いけど、新さん、私がミステリ好きなのは知ってるわよね? その上、目の前に出現した〈謎〉はすぐにでも解き明かさなければ気が済まない性分だということも」
「う」
「私は、待てない人間なのよ」
来海さんは通学鞄からペンケースを出し、カッターを掴んだ。
「毎日朝夕、この素敵な花の香りの石鹸を泡立てて手を洗って……遂にある日、泡ブクの中にソレを見つけて息をのむ――なんて期待してないわよね、新さん?」
「あ、やっぱり? 気づいてた?」
アガサの隠れた名作、珠玉の連作短編〈おしどり探偵〉の一篇《桃色真珠盗難事件》では――
おっと、未読の読者のためにこの部分は以下、削除。
さて、JKは石鹸にゆっくりとカッターの刃を差し入れて、割った。
中から小さな塊をそうっと摘まみ出す。
「えー! 何、この色……なんて……素敵な色――」
これだ!
僕は、成功した!
つまり、僕が見たかった顔を彼女は今、ここで見せてくれた――
闇を貫いて射す最初の光、朝日のように煌めく瞳。
彼女が見つめる宝石とどっちが輝いている?
そうして、頬も! 空一面を染めて行く太陽の色さながらにほんのりと色付いて行く……
その美しく紅潮した頬のまま来海サンは叫んだ。
「橙色? オレンジ? ううん、ラズベリー? こんな色、初めて見たわ! すごく、綺麗!」
うん、ほんとに、凄く、綺麗だ。
「なんて名なの、この宝石?」
僕は厳かに告げた。
「名はペツォッタイト、俗称は、まさに今、君が言ったそれ、ラズベリーに似た色からラズベリルとも言う」
「ラズベリル……初めて聞いたわ。宝石言葉はなに?」
「ない」
「え?」
「正確に言うとまだ、ない。何故なら、それは、最も新しい宝石だから」
ペツォッタイト=ラズベリルは天然ベリルの変種で、限られた鉱山で稀に産出されるそうだ。その上、濁りの無い宝石質のものはもっと稀だとか。
2002年11月マダガスカルの某鉱山で発見され、翌2003年IMA国際鉱物学連合にて認定された新鉱物である。
「この石について教えてくれたのは進藤ハナさんの御主人、宝石鑑定士の進藤晶さんだよ。僕は君の誕生日に贈るのにふさわしい宝石について色々相談に乗ってもらったんだ。そして、これに決めた。だって――君にピッタリだから!」
両方ともまだ未定。
このルースは、新参の、新しい希少石ゆえ、誕生月も、宝石言葉もまだ決まっていない。つまり、未定。
君の人生、これから歩む先の径も、未定。
ほら、君の前には真っ白な未知の明日が広がっている――
願わくば、これからも毎年、君の誕生日を祝えますように。勿論、君の真横には僕がいて。そういう日々を積み重ねて……いつか、煌めく星の塔を築けたらいいと僕は心底思っている。
どんな時も僕は君の一番近くにいたい。
レジカウンターの上に用意した〈ハローキティ〉――これも新種のラズベリーカクテルの名だよ。但しジン抜き。正式レシピは二十歳になってからな!――を手渡すと、僕は高くグラスを掲げた。
「君の瞳に乾杯!」
( 第7話:宝石の隠し場所 FIN.)




