:宝石の隠し場所〈2〉
「吃驚しました。絵をお預けしたのは昨日なのに、もうわかったんですか?」
翌日、謎が解けたことを連絡するとすぐにやって来た進藤ハナさん。
僕たちを見つめてつぶらな瞳でパチパチと瞬きする。
「画材屋探偵の看板は伊達じゃないのね! 可愛らしい助手さんまでいらっしゃる!」
そう、土曜日のこの日、僕の真横には来海さんが控えていた。
「はい、助手と言うか相棒と言うか……謎解きを手伝ってくれる頼もしい仲間――紹介します、城下来海サンです」
「はじめまして!」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
挨拶も終わったところで、
「では、説明します」
「待って――」
遮ったのはハナさんだった。
「よろしかったら、お二人とも自宅まで来ていただけませんか? 見つけ出す瞬間を共有できたら嬉しいです。ぜひ一緒に感動を分かち合ってください」
勿論、僕と来海サンは喜んでその申し出を受け入れた。
少し早い昼休みを告げる〈close〉の札を店のドアに下げると3人で出発した。
進藤夫妻の住いは僕の店から歩いて3分、最近建ったばかりの駅前のタワーマンションだ。
「ステキなお住まいですね!」
感動の声を上げる現役女子高生。
来海サンの家は印章屋、僕も画材屋で、ともに商売屋育ちの僕たちにとってマンション暮らしはある種、永遠の憧れなのだ。
町を一望できる高層階18階の2LDK。玄関を入るや進藤ハナさんは早速案内してくれた。
向かって右手に洗面所とバスルーム、中央の廊下の先が対面式キッチン、その先がベランダに面した広いリビング……
キッチンカウンターの前にダイニングテーブルと椅子があり、その奥にソファと65v型のTVという配置だ。
「こちら側が私の仕事コーナーなのよ」
ソファがある反対側へハナさんは僕たちを導いて行く。
そこは英語の翻訳を仕事にしている女性に似合いの一画だった。
ビクトリア調のマホガニーの机――その上にまずハナさんは僕たちが返却した御主人の星の塔の絵を飾る。机の横に同じくアンティークのステンドグラスの扉がついた書棚。隣の背の高いカップボードには洋書や陶器の可愛らしい動物たちが並んでいて、一番上の段に大きさを統一したガラスの小瓶がズラッと一列に置かれている。小瓶には色々な種類のキャンディが入っていた。
「こちらの和室は主人が書斎として使っています」
ハナさんのコーナーのちょうど真横、襖で仕切ることができる6畳ほどの和室は、開け放してあるので一続きに感じられた。
ここは一転、クールでモダンな設えだ。
白で統一されたデスクと書棚、硝子張りのキャリオケースなどなど。畳に敷かれたキリムと黒革のバルセロナチェアが実にいい雰囲気だ。
「では、最後に向こうの寝室へ、どうぞ」
廊下を戻って玄関左脇の一室へ案内しようとする若妻を僕は慌てて制した。
「あ、ここまでで結構です!」
「え?」
足を止めたハナさんがハッとして振り返る。
「それって……つまり?」
「ええ。宝石はここにあります」
「嘘! 信じられないわ。ここは一番、徹底的に探したのよ。だって、私が毎日、ほとんどの時間を過ごす場所ですもの。夫もまずここに隠すだろうって思ったから」
「その推理は当たっています」
僕は来海サンに目配せした。
「では、謎解きは僕の頼もしい相棒にやってもらいましょう。宝石の隠し場所について、僕たちは同意見だったんです」
一歩前へ進み出て来海サンは説明を開始した。
「私たち、すぐにこの絵から読み取りました」
机の上に戻された例の絵――ハナさんの御主人の描いたそれを指差すと、
「あれは何に見えます?」
「星の……塔?」
「その通りです。星でできた塔、星で象どられた塔。進藤さんの御主人はミステリ好きとのこと。ヒントの絵から隠し場所を見つけるにはミステリの常道〝読み替え〟〝転換〟が必要です」
明るく澄んだ声が途切れることなく流れて行く。
「奥様は翻訳家だとお聞きしました。贈り物の隠し場所へ導く鍵が絵の翻訳とは、ある意味、これもご主人の洒落と言うか悪戯心かも」
「まぁ、そうなの?」
嬉しさと照れ臭さが混じった素晴らしい微笑み。
「で、この絵をどう訳したらいいの? 私、英文を日本語に訳すことはできても、絵を翻訳なんてとても無理だわ」
ここで僕が助け船を出した。
「ほしのかたちをしたとうってな~んだ?」
「星の形をした塔? えーと、……ほしのかたちの……とう……」
ハナさんはほっそりした指を顎に当てて懸命に考える。ほどなく、パチンと両手を打った。
「あ! 金平糖のことかしら? ほら、星の形をしてて、言葉の中に〝とう〟が入ってる!」
すばやく自分のコーナーを振り返る。飾り棚にしているカップボードにズラリと並んだガラスの小瓶――
「私、仕事が煮詰まった時、気分転換にキャンディを舐めるんです。それでお気に入りをこうやって用意してるの」
ゼリービーンズ、チャイナマーブル、ラムネ玉、タフィー、黒飴、鼈甲飴……勿論、金平糖もあった。
カララン……
白いお皿に慎重に開けて見る。ため息が出るほど可愛らしい色取り取りの小さなお星さまたち。だが――
困惑した顔を上げて若妻は言った。
「ありません」
「ない?」
と来海サン。
「あれ、変だな?」
と僕。
だが、ハナさんの言う通りだ。お皿の上に煌めくのは、全部本物の金平糖。宝石はなかった。
「そんな、絶対、ここだと思ったのに!」
僕の有能な相棒が大慌てで弁明する。
「アガサがポワロの一篇でルビーをキャンディの袋に隠してプレゼントしてるのよ。だから、てっきり」
「僕もだよ。それだと思った」
やらかしちまった! しかも現場でのミスは痛い。
「出直して来ます」
「まぁ、そうおっしゃらずに――」
見る影もなくしおれた僕たちを引き留めてハナさんはお茶とお菓子でもてなしてくれた。
手作りのレモンドリズルと熱くて濃い紅茶は最高に美味しかった! さながら英国湖沼地帯のお茶会に招待された気分。
とはいえ――現実に戻った僕たちの落胆は大きい。




