:エニグマ〈2〉
我に返って僕は店内の壁に掛けてある時計――これは我が桑木画材店創業時に祖父自らが取り付けたものだ――を見つめた。
ドイツの老舗時計メーカー・ユンハンスが芸術家集団バウハウス所属の建築家にデザインを依頼した、その名もMax・Bill1954が告げている現在の時刻は……
〈 12:58 〉
頼もしき僕の相棒、JKの来海サンは学校が終わる夕方まで店にはやって来ない。
今回の案件は僕が単独で対処するほかない。つまり、僕がひとりで謎を作らねばならないのだ。
(ええい、取り敢えずは――)
僕はレジカウンター上の、青年が選んだ品物を贈答用の包装紙――桑木画材店のシンボルカラー、上品な桑色――で美しくラッピングした。これに純白のリボンを結ぶ。
うん、完璧な出来栄えだ。商品の方はこれでOK。さぁ、問題はこれからだ。
僕は店内をグルグル歩き回った。それから、レジカウンターに戻る。黄色いゴッホの椅子に座ってみる。
再び店内を渉猟する。さながら熊のごとく。
おや、熊とは言い得て妙だぞ。謎を考えつつ熊のようにウロツク……
(上手いじゃないか!)
などと悦に入ってる場合じゃない。僕に必要なのはダジャレではなく謎だ。
時間は刻々と過ぎて行く。若い会社員が立ち寄る夕方までに何としても謎を作りあげなければならない。
かくのごとく僕は謎(造り)の迷宮へ墜ちて行った――
迷宮を彷徨う勇者を救ったアリアドネの糸が僕に投げ与えられたのは突然だった。
「私、新春の作品展示会に出す絵はスーラ―風で描くって決めたわ!」
「大きく出たわね! スーラ―って、パレットの上で決して色を混ぜないでそのままキャンバスの上に置いて行く〈点描法〉を確立した画家でしょ?」
棚の向こうから聞こえて来る会話。
あまりに一心不乱に謎造りに取り組んでいた僕は、店内にお客が入って来たことに全く気づかなかった。
「ほら、私ってデッサンがまるで下手くそでしょ。だから、今回は色で勝負するつもり。色で語らせようと思うの!」
おいおい、フランスの新印象派の画家ジョルジュ・スーラ(1859~1891)は人一倍デッサンに拘った画家だぞ。彼の代表作〈グランド・ジェット島の午後の日曜日〉なんて下絵を60回以上も修正したほど――いや、違う、そこじゃない、今、来店客はなんて言った? 色で勝負する……色で語らせる……
「それだ!」
「きゃっ?」
「誰?」
僕の大声で飛び上がるお客さんたち。
棚の陰から飛び出す僕。
「あ、失礼しました。僕はここの店長で――棚の商品を整理点検していた処です。兎に角、ありがとうございました!」
「って、私たちまだ何も買ってないけど?」
「いったい何なのよ……」
困惑する客に背を向けて僕は一目散にレジカウンターへ突進した。
〝アリアドネの糸〟というより、むしろ〝辻占〟だったかも。
我が日本には古来、辻に立って道行く人の会話から啓示を授かるという占いがあったとか。まさにこれだな。
いずれにせよ、趣味の絵画教室に通う御婦人方に大感謝!
僕は勢いよくPCを起動させた。




