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デストロイエンジェル  作者: 零時桜
第四章『ホノカ』
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第四章『ホノカ』 ‐ Ⅲ

 ふたりの家を出ると、外はすっかり闇に包まれていた。こんな日はヒドゥンが現れてもおかしくない。しかも今は僕ひとりだ。クレインの存在が、どれだけ心強かったかを改めて痛感した。


 家までの道のりがとても長く感じる。そんな時間も、僕の家の手前まで到着し終焉を迎えた、はずだった。


「……え、ッ」


 家の前の冷たいアスファルトの上に、誰かが倒れている。暗いせいかよく見えないが、どうやら人のようだ。一瞬だけ、クレインの姿を期待したが、髪の色は純白ではない。それとは真逆の、闇に溶ける漆黒。


「まさか――」


 執行兵の彼女たちと温泉旅行に行った日が、フラッシュバックする。あのときの戦闘も、ホノカの姿も。気づけば、駆け寄っていた。


「大丈夫……ですか?」


 うつ伏せに倒れていた、その存在に声を掛ける。寝返りを打つように身体を回転させると、その表情がようやく窺えた。


「う、うッ……」


「あ――」


 間違いない。艶やかな黒髪、切れ長の瞳、整った顔立ち。クレインの探し人、ホノカだ。


 まさかクレインと交戦したのではと過ったが、流血等は見当たらない。首に下げられたネックレスが心地の良い音を僕の耳に届ける。


「ん、ああ……大丈夫、って、君は!?」


 ゆっくりと開かれた深紅の瞳。僕の姿を認めるなり、声を張り上げる彼女。


「えと、久し振り、でいいのかな?」


「どうして、君がここにいるんだ?」


「いや、ここ僕の家の前だから。いきなり倒れてるからびっくりしたよ。それで、どうしたの? ヒドゥンにやられたとか……」


 僕の質問には答えないまま、彼女はスッと立ち上がり、漆黒の外套のような衣服の砂埃を払う。


「君には関係のない話だ。が、確かに人の家の前で無様な姿を晒すのはいただけないな。申し訳なかった。では、私はこれで――」


 くるりと踵を返そうとした彼女。その瞬間だった。


 きゅるるるる、と可愛らしい音が、確かに聞こえた。そのまま歩き去ると思われた彼女は、びくりと肩を震わせる。


「き、聞こえた、か?」


「うん……もしかして、何も食べてないとか?」


 図星のようだ。ホノカは真っ赤に染まった顔を向け、ほとんど涙目の状態で僕に迫る。


「し、仕方がないだろう! 人間の世界のルールは色々と教わったが、今の私は一文無しで何も買えない! かといって人間から奪うのも気が引ける……どうすればいい!」


 ホノカの訴えはもっともだ。となると、早い段階で僕と出会ったクレインや早くも居場所を見つけたヒメノは運が良かった部類なのかもしれない。


 頬をかきつつ、解決策を練ろうとする僕。ともあれ、もう答えは出ているようなものだった。目の前の我が家に視線を移し、それを指さしながらホノカに向き直る。


「僕の家でよければ、何かあるかもしれないけど」


 この時間だ、まだ両親は帰ってきていないはず。今の状態ならば彼女を家に上げても問題なさそうだ。


「いい、のか? 申し訳ないが、礼もできないぞ?」


「いいよいいよ、このままじゃ埒が明かないだろうし」


 クレインが居ないのは逆に好都合だったのかもしれない。それに、ホノカにも訊きたいことがあった。もちろん、クレインのことで。


「分かった、恩に着る」


 恥ずかしそうな、それでいて何処か期待に満ちた表情を浮かべたホノカは、その場でこくりと小さく頷いた。




 リビングのソファに彼女を通し、僕は冷蔵庫の中身を確認した。特に目ぼしいものは見当たらず、常温保存している食品を探そうとしたところで、冷蔵庫の片隅の存在に目が行った。


 近所のコンビニで売っているシュークリーム、恐らく母親が買ってきたものだが、ひとまずはこれをホノカに食べてもらおうと決める。


リビングへ向かうと、外套を脱いだ状態のホノカが礼儀正しく背筋を伸ばし、ソファに腰掛けていた。小さなリボンをあしらった黒いワイシャツに、黒スキニー。どこまでも漆黒を貫く彼女に、クレインとの対比を連想してしまう。


「えっと、これでよかったら」


「これは、お菓子か? 私たちの世界では見ないものだが。では、早速――」


 包みを破いて、喉を鳴らすホノカは、小さく口を開けてシュークリームを頬張った。瞬間、目を見開く彼女。訝し気な表情が、柔らかく綻んでいく。


「こ、こんなッ……こんなに美味しい物は生まれて初めてだ。君、これは何という名前なんだ?」


「シュークリームっていうんだよ。まあ、こっちではよくあるお菓子だね」


 そんなに値段も高くないし、と続けようとしたところで、ホノカはとても美味しそうにシュークリームを頬張り始めた。余程空腹だったのか、全て消費するまでに一分と掛からなかった。


「っ、はぁ……っ。美味しかった。君は命の恩人だな、なんと礼を言ったらよいやら」


 端から聞けば大袈裟でも、彼女にとっては心からの言葉。そう僕は受け取った。


「いや、いいんだよ。僕だって、一回助けられてるし」


「そうだな。そういえば君の名前を訊いていなかったな」


「竹谷タカト。好きに呼んでくれて大丈夫だよ」


「分かった、タカト。ところで――」


 シュークリームの袋をくしゃりと握りながら、精悍な顔つきで僕を見据えるホノカ。

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