旅立ち
「お、お願い!! アル、我を捨てないでぇ!!」
俺と師匠が住む、魔の森から人の住む世界への入り口、赤の森の入り口で、師匠の声がこだましていた。
俺が師匠の弟子となって、既に3年が過ぎていた。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。師匠! いくら師匠でも、俺、怒りますよ!!」
俺は3年間の恩義を感じつつも、相変わらずの師匠のダメっぷりに呆れていた。
そもそも、人界に行って、修行をしてこいというのは師匠の提案だった。
この3年間、師匠の元、魔法の基本を習い、今では師匠の得意な火の神級魔法の他、いくつかの上級魔法も習得していた。
しかし、これから重要なのは、俺の魔法である召喚魔法の研鑽だ。それには師匠に教わるのではなく、世に出て、多くのことに関わること。その中で召喚魔法の進化が見つかるだろうと言うのが、師匠の考えだった。
だけど、ダメ人間の師匠は、僕が修行に一人で出ると、自分が僕と一緒に居れないことを失念していたらしい、それに気がついた途端、僕に『行かないでぇ』と言い出し始めたのである。
「だから、ほんの1年位、修行に行ってくるだけだから、それ位待っていてください。それに、師匠と僕はそんな言い方するような関係じゃないでしょ?」
「そ、そんなつれないこと言うな。一緒に3年も住んでいて、これはもう同棲じゃろう? 男なら、責任取るべきだと思うぞ? それに、我の3年前の求婚の返事もまだじゃし…」
忘れていた。そう言えば、初めて会った時、結婚してくれとか言われてたな。
師匠の家で、本を読んで色々勉強したけど、師匠みたいな女の子を地雷女と言うらしい。
こんなに必死にならなければ、こんなに綺麗なんだから、簡単に結婚位できそうなものだ。
だけど、師匠自身がその可能性をダメにしてしまっていたとしか思えない。
俺はこの3年間で随分と変わっていた。成長期を迎えて、体は大きくなり、師匠より身長は高くなった。厳しい魔の森での生活と修行で筋肉もついて、すっかり男らしくなった。
最近、師匠の俺を見る目がちょっと怖い感じもするが、気のせいということにしよう。
「師匠自身が師の元を離れて、一人で行動する必要があるって言ったじゃないですか? 俺の魔法である召喚魔法を進化させるには、自由な発想と新しい出会いが必要だと言っていたじゃないですか?」
「そ、それはアルが一人で出て行ったら、我がアルと一緒にいれんことを失念していたからじゃ! だから、な? 頼むから考え直してくれ!」
師匠は涙目で、目をウルウルさせて僕に抱き着いて来る。
これが魔王で、元歴史上最強の魔法使いだなんて、誰も信じないだろう。
それぐらいみっともない姿だった。
「ア、アル! 頼む!! 考え直してくれ? お前が朝ごはんを作ってくれなんだら、我はどうやって朝ごはんを手に入れればいいんじゃ? もう、我はお前無しではダメな身体になってしまったんじゃ!!」
「ですから、朝ごはんの簡単なレシピも、お昼や夕食の簡単なレシピもたくさん書き残しておいたでしょう? 師匠の低スペックに合わせて、猿でもわかるようにしておきましたから大丈夫です」
「それはそうだけど、我はアルが作った料理が食べたいんじゃ!! それに、身体が火照った時に実物がおらんと、想像しづらいじゃろう?」
「て、師匠、俺で何を想像していたんですか? とんでもないカミングアウトを突然しないでください!! それに、僕、15歳ですよ。そういうのを実行すると淫行になるんですよ!!」
「いや、そんなの誰も見ておらんかったら、大丈夫じゃぞ! それに、アルのご飯が食べた~い!!」
「……はあぁ」
師匠は見た目だけは最高に綺麗な女の子だけど、魔法と容姿以外の全てがダメなダメ人間だった。
まさか恋に関してもダメな人とは思わなかった。まあ、100歳を超えているのに一度も恋人ができたことがないから、必死なんだろうけど、流石に俺が15歳……初めて会った時は12歳なのに本気で結婚しようとか、男と女の関係になろうとか、何処までおかしいんだろうか?
師匠のおかしいのは恋愛感情だけじゃない。
初めて会った時に出された食事は魔物の肉を火で炙ったものと、ワインだけだった。
野菜や副菜とか一切なし。飲み物は全てお酒という徹底ぶりだった。
それに魔の森の師匠の家の中では、いつも半裸だし、下着一枚で過ごして、着替えはそこらへん中に脱ぎ散らかすし、掃除なんてしたことがないし。
師匠の家は最初ゴミ屋敷だった。
聞くと、建てた時以来、一度も掃除したことがないらしい。
簡単に言うと、師匠は容姿と魔法に極振りの超ダメ人間だったのである。
そんな中、自然に家事は俺の分担になった。師匠の食事を改善して、お酒も控えさせて、家中の掃除も頻繁にして、なんとか普通の生活に戻した。
俺の努力のせいか、師匠の顔色や唇の艶が良くなって、美人度が更に上がったような気がする。
ホント、初めて会った時は女神様のように見える位、素晴らしい人だと本気で思っていたんだけど……残念過ぎる。
「……あの、師匠。本気で俺を止める気ですか? 本気なら、人界への修行を取り止めます。師匠は俺の唯一の家族です。師匠がそこまで引き留めるなら、魔法のことは諦めます」
「ううっ、それではアルの成長が……ズルいぞアル!! 我に決断させるなんて!」
師匠はやっぱり俺のことを考えてくれている。ただ、俺に甘えたいだけなんだろう。
俺の胸に縋り付いていた手をほどいて、俺を下から上目遣いで見る。ズルいなその目。
「1年間、アルと一緒にご飯が食べれないし、お風呂も一緒に入れないし、一緒にぎゅっと抱き合って寝ることもできないのか……寂しくなるなぁ」
「師匠、一緒に寝ているのは師匠が勝手に俺のベッドに忍び込んで来るからでしょう? ダメでしょう、女の子がそんなことしたら? 俺だって男の子なんですよ!」
何故か顔を真っ赤にする師匠。多分、俺に襲われることを期待して毎日、俺のベッドに忍び込んでいたんだと思うけど、俺が大事な師匠に簡単に手を出すわけがない。
師匠は魔法を教えてくれただけでなく、俺の大切な家族になってくれた。
本当の家族は俺に愛情を注いでくれなかった。でも、師匠は俺に惜しみなく愛情を注いでくれた。
師匠と一緒に過ごすようになって、俺は何度も師匠に甘えた。
師匠はどこまでも優しかった。
甘えるという子供なら誰しもがしたことがあることを俺はしたことが無かった。
俺の本当の両親は甘えられるような存在じゃなかった。
でも、師匠は優しく俺の髪をすくい、頭を優しくなでて、時には胸にギュッと抱きしめてくれた。
だから、俺にとって、師匠は大切な家族なんだ。だから、師匠を大事にしたい。
例え、師匠がエロい気持ちだけで俺を抱きしめていたり、時々涎を垂らしたりしていたとしても……
「分かってはいるんだ……。アルは一人で経験を積む必要があるんだ」
師匠は小さな声で呟いたかと思うと、涙がこぼれた顔をあげた。
「アル、行ってこい。お前には経験が必要だ。もうお前は一人前の魔法使いだ。だけど、お前はただの魔法使いで満足していいような器じゃない!」
「はい、師匠!」
「人界に行って、魔法の研鑽をしろ。我には既存の魔法を教えることしかできない。お前に必要なのは困難だ。その窮地の中から経験を得て、お前の魔法を進化させろ。必要は発明の母だ。困難がお前の魔法の進化を必要とするだろう」
そう言うと、師匠は俺を抱きしめると、無理に笑顔を作って。
「必ず1年後に戻ってくるのじゃぞ。これは餞別じゃ」
そう言うと俺に革製の封筒を渡した。
「なんです、これ?」
「……開けて見てみてくれ」
俺は封筒を開けてみた。
「あ、わわわっわわ!?」
「気に入ってくれたか? 我の魔法写真じゃ。恥ずかしいけどお前の為に頑張ったのじゃぞ」
師匠のくれたのは、師匠の際どいって言うか、これもうモザイクかけないとどうしようないレベルの魔法写真だった。
「師匠! 何考えてるんですか? なんで餞別が師匠のエロい写真なんですか?」
「だって、だって、街には綺麗な女の子いっぱいいそうで、アルがたぶらかそうで、我のこと忘れて欲しくなくて……」
いや、師匠みたいに綺麗な人なんて、そうそういないよ。師匠は自己評価高くなったり、低くなったり、どっち?
「じゃあ、な。名残惜しいけど、人界で頑張ってこい。それと、ついでにお前のことを見限った奴らにお仕置きして来い!」
「は!? はい!!」
師匠がようやく気持ちを整えてくれたようで、心置きなく俺を送り出してくれる。
「元気でな!! アル!! 浮気したら許さんぞ!!」
師匠は無理に大きく声を出して、大きく手を振って見送ってくれた。
俺は万感の思いをこめて、師匠に手を振り返して慣れ久しんだ魔の森から人界に向けて一歩を踏み出した。
それから数日後。ちょうど、アルがかつて辿り着こうとした村の近くの人気のない草原。
「お、お願いです! 殺さないでください!」
「や、止めて、お願いだからぁ」
「ち、力さえあれば、あんなヤツ」
草原には少女達の荒い息遣いが響いていた。
彼女達は必死に逃げていた。彼女達が逃げきれない時は……
【ストーン・ブレッド!!】
バスッ!!
少女達を追う者が唱えた土の攻撃魔法が一人の少女の頭に直撃する。
「「イ、イルゼ!!」」
頭を魔法で吹き飛ばされた少女はただ痙攣する肉塊へと変わり果てていた。
それを見た他の少女達は怯え、一人の男を恐怖する。
「な、何故こんなに酷いことをされるのですか? エリアス様? あんなに愛してくださったのに? イルゼだって、何度も寵愛を頂いたではないですか?」
「ははっ! やっぱり勘違いしちゃった? ちょっと優しくするとお前らいい気になって。クククッ、俺はお前らが心を許したころ、こうやって殺すのが最高に楽しいんだ。たっぷり恐怖と絶望を味わうんだな」
「エミリア、諦めろ。お前ら騙されてたんだよ。私は最初から察していたよ。貴族なんてみなこんなもんだよ」
「リーゼ、あなた最初から諦める気?」
「諦めるものか!! 最後まで抵抗してやる!!」
「なんて無駄なことを……この私からは逃げられるとでも思っているのですか?」
少女達は残り二人になっていた。
既に疲労はピークに達している。
そのためか、二人共、逃げるべき足が止まっている。
「エ、エリアス様、お願いです。せめてお慈悲を……痛くないように、一思いに
……」
「馬鹿!? エミリア、諦めるな!! こんなヤツに屈するな!」
残された二人の少女のうち、一人はついに生きるのを諦めた。自ら死を選ぶ。
「はは! いるんだよな。こういうヤツ。流石亜人だ。自身の価値が良くわかっている」
エミリアと呼ばれた少女は胸の前で手を組うと、かがむ。
「いい心がけです。無抵抗の亜人を殺すのも一興、【ストーン・ブレッド!!】」
生きる事を諦めた少女は無慈悲に殺された。
先ほどの少女と同じように頭を吹き飛ばされて……身体は痙攣しているが、即死だっただろう。
「いい加減、お前も諦めたらどうです? リーゼ? お前は生意気で、抱く気にもならないかったから、その二人のように楽には死なせてやれませんね。だけど、さっさと諦めて命乞いでもしてはどうですか? 少しでも私を楽しませてくれるかな? 普通するよね?」
「ツ!」
最後の一人の少女は逃げ切れないと悟りはしたが、なおも生きようともがく。
その目に諦めるという意思は籠っていなかった。
「なぜ? なぜ? エミリアやイルゼを殺すの? あなた二人を可愛がっていたじゃない? 何度も二人を抱いていたんでしょう? あなたには情は無いの? 殺して楽しみたいんなら、私だけにすればいいんじゃないの?」
残された少女、リーゼは悲痛な表情で絶叫する。
無慈悲な暴力、迫る死、死んでしまった友人、それになすすべもない自分、目の前の男への怒り。
その全てを含んだ絶叫だった。そして、
「神様!! もし、あんたが本当にいるんなら、助けてよぉ!」
「えっと、神様じゃないけど、助けてあげるということでいいのかな?」
「えっ?」
少女の叫びに応える者がいた。つい先ほどまで自分と殺戮者だけしかいなかった筈の草原に突如として、一人の少年が現れた。
生きる事を諦めなかった少女の願いが神に届いたが如く、一人の少年が現れた。
そして、彼が今世最大の魔法使いであり、このアースガルド人至上主義の世界を壊してしまう、彼女ら亜人の救世主だとは、この時、彼女は知る由もなかった。
連載のモチベーションにつながるので、面白いと思って頂いたら、ブックマークや作品のページの下の方の☆の評価をいただけると嬉しいです。ぺこり (__)