魔王アルべルティーナ
「……アルベルトと言います」
僕は不安が膨らむばかりだったけど、彼我の差が大き過ぎて、ただ、素直に名前を教えるしかなかった。
ついさっきまで、あれ程傷んだ腕の傷も、彼女のおかげで完治している。
「あの、助けていただきありがとうございました」
「ああ、気にすることはない。おかげで最高の弟子を取れそうだからな」
僕は疑問しか生じなかった。魔法が満足に使えない底辺召喚魔法使い、そんな自分を弟子とは一体? それとも、この世の中には魔法より素晴らしい技があるとでも言うのか?
「あ、あの、僕は魔法も満足に使えない底辺魔法の才能しか持っていないんです。そんな僕を弟子になんて……一体何の弟子にするつもりなんですか?」
僕はここで、訳の分からない殺人技を学ぶ弟子にでもなれと言われるかと思った、しかし、
「何って、底辺魔法使いだぞ? 魔法に決まってるじゃないか?」
「ええっ!? ぼ、僕は……僕は、立派な魔法使いになりたかった……でも、む、無理……無理なんです……」
「……無理?」
「僕は……魔法がほとんど使えません……」
僕は魔法が使えたことがほとんどなかった。簡単な初歩の魔法だけ。みなが言う魔素の気配なんて感じたことがない。きっと、永遠に感じることができることなんてないだろう。
話しているうちに、惨めだった過去が思い出されて、とうとう堪えきれなくなって涙してしまった。
「そっ……か…… 辛かったろう。わかるぞ、我も才能が何もなかったからな……良くわかる」
「ア、アルベルティ―ナ様も?……」
この人は剣の道でも鍛えたのだろうか? でもおかしい、人がどんなに剣を鍛えても、魔法使いの身体強化魔法の前には児戯だ。
「アルベルト、いや、これからアルと呼ぶぞ、我のことはティーナと呼べ、そして、よかったら身の上に起きたことを全て話せ」
「ぼ、僕……」
僕は息せき切って、自分の身の上の話をした。すると、ティーナは、
「まあ、我に需要があるのかわからんが、我はこうしたい」
魔王はぎゅっと、僕を抱きしめてくれた。
「え!」
「気にしちゃ駄目だ、アル。アースガルズ人は単に人に作ってもらった技術で魔法を使っているだけの連中だ。我も師匠に会わなかったら……魔法だけで人を差別するなんて、相変わらずだな、あいつら」
彼女は僕の耳元で囁くように呟いた。途中までは穏やかに、後半は少し怒気を含んだ声で……
「才能だけに頼った魔法使いの言うことなんざ気にするな。魔法の才能なんてなくても、魔法は必ず使える、て……………えっ?」
しかし、その時、ティーナが突然、何かに気が付いたかのような声になり、わなわなと身を震わせ始めた。
「いやいやいや……ちょっと待て!! ドン引きする位ひどすぎる生い立ちの話に関心を持っていかれて、うっかり聞き捨ててしまったんだが……アル、魔法が僅かにでも使えたのか?」
抱きしめていた腕を離して、驚愕の表情でティーナが聞き直す。
「は、はい」
一体、ティーナは何を驚いているんだろう? それとも、やっぱり、才能がなかったティーナには何かすごいものがあって、僕にはやっぱりなくて、結局僕はただの役立たずなことがわかってしまったんだろうか?……と僕の心に再び不安がよぎる。
「しゅ、しゅごい……!」
ティーナは急に可愛い声に変って、さっきまでの威厳がどこかに霧散した。
そして、壊れだした。
「いや、普通、底辺魔法使い、魔法使えないでしょ!? そんなチート聞いたことよぉ!? ちょちょちょ、ちょっと待ってアル、まずは落ち着いて!!」
いや、落ち着くべきはティーナの方だろう? という突っ込みもその後のことならできたのだろうが、この時にはまだできなかった。
ティーナはいきなり僕にキスをしてきた。それも、唇に直接。
「ええっ? ちょ、ちょっとぉ!!」
「心身が人並で、魔力量も人並!! そして極め付けは魔法を使えただと?……底辺魔法持ちなのにか?……す、凄すぎる!! これはもう、結婚するしかない!!」
いや、僕まだ12才なんだけど、この人、リアルにヤバい人? ショタというやつ?
だけど、僕に魔法の可能性があるってこと? 信じられない、でもこのお姉さんの元で修行とかするの嫌だな。だけど、僕には選択肢がない。
「へへ、顔が可愛いし、性格も素直でいいし!! 将来絶対イケメン!! もう、これは明日にも婚姻届けを出そう!!」
「えっ、ええええ!?」
魔王ティーナは僕の魔法の可能性を示唆してくれたけど、12才の男の子と結婚したいっていうヤバめの女の子だった。僕、どうすればいいの?
「あ、あの……ほ、本当に僕に魔法の可能性が……」
「ああ、間違いない。君は我が長い間探し求めていた奇跡のミュー。君は無限の可能性を秘めている。この300年、途絶えていた、新しい魔法の開発も可能だと思う」
ティ―ナはしばらく目を閉じて、何か思案しているようだったけど、頭の中がまとまったのか話し始めた。
「じゃあまずは、魔法の正しい理解からしようか?」
「ま、魔法の……正しい理解?」
真剣なティーナの眼差しに、僕はごくりと唾をのみ込んだど。
「確かに魔法の【才能】は凄まじい代物だ。あれはチートだ。わたしは…いや、我は持っていないから、その差はよく分かってる。いや、分からされた」
ティーナが軽く手のひらを横に向ける。
突然、手のひらの先の地面に凄まじい火炎が立ち上った。
初めて見るけど、【神級火魔法】の攻撃魔法としか思えない。
無詠唱、突然で、詠唱破棄ですらない。
「こんな凄まじい魔法を、生まれた時から無条件に、なんの努力も無しに使えるんだ。確かにとんでもない。誰だってこれだけで満足してしまうだろう、それは当然だろう?」
ティーナは更に続けた。
「だけど、他の才能の無い魔法は……使える筈がない……」
「え……?」
「アースガルズ人を含め、ほとんどの人は勘違いしている。魔法は神が作り、人に与えたものじゃない、確かな理論と論理のもとに組み上げられた人の技術。適切な手順を行えば誰だって、どんな魔法だって扱えるモノなんだ」
僕の世界が、180度ひっくり返った。ティーナが才能魔法の秘密を教えてくれた。
【才能魔法】は神の与えた福音なんかじゃない。太古のアースガルズ人が人工的に子孫に【才能魔法】を発現させるよう遺伝子に組み込んで、生まれた時から一つの魔法だけを無条件に使えるようにした。でも、【才能魔法】は一つ、例外があるにしてもせいぜい二つの属性しか使えない。
魔法は本来、論理的に積み上げて習得するもの。努力の果てに身につけるもの。
その習得の過程を全てすっ飛ばして生まれつき使えるようにしたものが才能魔法だ。
だが、才能魔法はその代償として、応用として習得できるはずのそれ以外の魔法の使用ができない。
応用と多様性を犠牲に、無条件に生まれつき一つの強力な魔法を得る。それは利点と欠陥を両方とも有していた。そう、才能魔法には成長というものがないんだ。
ティーナの説明に驚く僕に、彼女はこう続けた。
「才能魔法の対極に位置するのが、底辺魔法だ!」
「!」
ティーナの言葉と共に心が躍った。限界のある才能魔法の反対にあるもの?
それは多様性と応用、そして成長では?
僕は段々とティーナの言葉によって、絶望から、希望が見えて来た。
「分かってきただろう? 才能魔法の弱点が。彼らには、永遠に進歩はない、何百年も前から彼らは同じ魔法しか使うことが出来ない。彼らが、神に選ばれた人間って言えるかな? あいつらはよく、自分たちを神に選ばれた人間だと言うが、むしろ、あいつらは神から見放された人間だ。そして、君は神に選ばれた人間なんだ。何故なら、底辺魔法使いの君には魔法の進化が可能だからだ」
そう言い終わると、ティーナは、彼女の周りに様々な魔法を展開する。火の矢、土の壁、氷の弾丸、怒れる雷、どれも神級魔法だ。
「アル、今我が見せた魔法は全てアルにも使える。そして、それだけじゃない。才能のない我はこれらの既存の魔法を習得することしかできなかった……だが、アルは自身の召喚魔法を自身の努力によってドンドン進化させることができる筈だ。底辺魔法は、選択と集中ではなく、どこまでも自由に広がる魔法の才能だから!」
希望、それは決して見える筈が無いものだ。だけど、僕にはそれが見えていた。
目の前の美しい女性が、希望の象徴として、僕の目に映っていた。
死を覚悟した絶望というどん底を潜り抜けて、最後に出会えたのは、信じられない程の大きな希望。
「アル、じゃあ、早速明日結婚式にしようか? ああ、大丈夫だぞ、年齢は秘密じゃが、これでも生娘じゃ。そしてついでにお前を私を超える魔法使いに鍛えてやる。……だから、さ」
そして、彼女は頬を染め、恥ずかしそうに、僕に同意を求めてきた。
「我のこと、好きです、結婚してくださいと、プロポーズしてくれないか?」
……もじもじと僕の返事を待つティーナに僕は即答だった。
「……やだ」
ティーナはとても美人で、可愛いと思うけど、僕はまだ色恋のことはよくわからない。
でも、会ったばかりの12歳の少年に求愛する女の子、それも絶対見た目と違って、かなり歳とってるのは間違いなくて……でも、生娘って……それって、絶対凄い地雷持っているとしか思えない。
普通に考えると、命を救ってくれた上、こんなところで放りだされたら、僕の命はないわけで、拒否権はないのだけど、何故か、ティーナには素直に自分の気持ちが言えた。
「な、な、な、なんで? 私、自分で言うのもあれだけど、凄い美人よね? なのに、なんで? ていうか、なんで私が好きになる人って、いつも即答で、我のこと振るの?」
僕、子供だけどなんとなくわかる。そんな唐突に求愛されて、はいと言う人いないだろう。
魔王にして、元歴史上最強の魔法使いはとんでもなく常識に欠けていた。
でも、そのくせ、なぜか、ティーナが僕を害することなんてしないという根拠の無い気持ちはあった。子供の直感が、この人はいい人だと、教えてくれた。
「わ、わかった。結婚はおいおい、考えてもらって、とりあえず、アルの師匠にさせてくれ、頼む! だから、お、お願いだから、我をみ、み、見捨てないでぇ!」
助けられた上、求婚までされたけど、お願いすべきは僕の方で、なんで、ティーナの方が僕にお願いしていることになったのか、よくわからないけど、本来、断る理由なんてもちろんない。
でも、一つだけ子供の僕にもわかることがあった。
この人、いい人だけど、多分、ドMでダメ人間だ。
だから、絶対断った方がいいよね?
「あ、あの、僕、やっぱり、その…」
「そ、そうか!? 快諾してくれるか!! そうだよな? ここで、我の弟子にならんと、ここで放り出されて、死んじゃうもんな、それにこんな美人のお願い、聞かない訳ないよな?」
脅しかよ。ティーナは僕が遠回しに断ろうとしたけど、軽く脅しを入れてきた。これ、絶対断れないやつだ。それに、自分のこと美人て、どんなけ自己評価高いんだろう? 実際美人なんだけど、絶世の美人であるが故に、そこは自重しないと、いけないよね?
こうして、家を追放され、家族を失った少年は『紅蓮の魔王』アルベルティーナという家族を得た。
それから3年が過ぎた。ティーナの元で修行を積んだアルは、魔族の世界から人の住む街に修行のため戻ることになる。
彼に愛情を注いだ者と迫害した者。彼らの運命、いや、アースガルド人とそれ以外の亜人達の未来が根底から変わっていくのは時間の問題だった
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