◆006クリスと環
「(もじもじ)」
「たぐ……タグが……」
「た、たまき様、どうしたです?」
「『ヤンキー娘』タグが消えて何故か『ざまぁ』がこっそり追加されてるのよっ!」
「「エッ」」
「私だってサブヒロインでしょう!?」
「いや、あの」
「環……」
「あんな、聞きにくいんやけど、環ちゃんって今ヤンキー要素ある?」
「!?」
「ウィッグ使うとるし、メイクもよう変えとるけんね」
「(もじもじ)」
あまねが使い物にならなくなったので、柚希と土御門で話を詰めることになった。
あまねらしい真っ直ぐさで私は好きなんだけど、結構恥ずかしかったようで、今はルルに隠れるようにして掴まったまま動かないでいる。耳まで真っ赤で可愛らしい。
報酬その他に関しては少し前にあまねとザックリ話しているらしかったので、そこまで大きな決め事はない。
せいぜいが、学校とやらの帰りや休日に予定を合わせて戦闘訓練をするといったことや、私が肉弾戦、柚希が魔法戦に関して教えるといった程度の取り決めをした程度である。あとは怪我をさせても不問にするけど後遺症は残さないで欲しいとか。
元勇者としてそれなりの技術はあるが、一度は手合わせをしてみないと手加減までしてやれるか分からない、と告げたところあっさりと木造の広い家屋へと案内された。
道場、と呼ばれる訓練施設らしく、床まで板張りで一切の障害物がない空間であった。なぜ戦闘訓練をするのに裸足になるのかは疑問だが、雨の日でも訓練できる空間というのはそこまで悪くはない。
ちなみに刃引きをした剣をお願いしたのだが、何故か木を削って作られた微妙なそりの入った曲刀を渡された。この国の伝統的な剣で、カタナという片刃の曲刀を模したものなんだそうだ。
長さや太さが違うものを何本か渡されたので、握りの太さが丁度良かったものを選んだ。正直使いにくいが、まぁ仕方ない。
ちなみに葵はコダチと呼ばれる短い木製のカタナを二本持っていた。
「それでは、よろしいですかな?」
「ああ」
「はいっ」
あまねがルルにくっついたまま動かないのがちょっと気に入らないが、やるだけやるか。
ちなみに魔法の実力や適正もみたいので、トドメ以外は何でもありの実戦形式としてもらっている。
あまねを口汚く罵ったことを恨んでなどいないが、とりあえず揉んでやろう。
何、後遺症など残したりはしないだろう、あまねが。
「用意、――始めっ!」
三条のことばに合わせて葵が飛び出す。
魔力を循環させているのか、体格の割には素早い。
とはいえ、体格の割に、だ。
この世界は私のいた世界に比べて魔力も薄いので、十分に目で追える速度である。
順手で持った二刀を振うが、それぞれを速度が乗り切る前に切っ先で弾いてやる。葵も様子見だったのか、万歳するほどの無様は晒さないが、十分胴体を両断できる程度の隙が生じる。
「破ッ!」
「小賢しい。――《風破》」
魔力を放出してきたので風魔法でそれを潰す。同時にカタナの切っ先――はさすがにブチ抜いて殺してしまうか、仕方ないので柄頭でみぞおちの辺りを軽く殴ってやる。
ちっ。自分から後ろに飛んだか。
ほとんどダメージは入ってないな。
「……まだまだァ! 推壁四伸、急急如律令!」
器用にも両手にコダチを握ったまま袖口から魔力の籠った紙片を撒き、何かの魔法を発動させる。
四角推型の壁のようなものが私と葵の間に現れる。
大きいことは大きいが、放たれた魔力量からしても大した強度ではないだろう。力任せにカタナを振って斬り払う。
が、そこに葵の姿はない。
飛んだのだ。
音をしっかりと殺して飛ぶのは悪くない。とはいえ、それは相手が認識し、対応する前に一撃を入れられる速度で動ければ、の話だ。
本来ならば空中にいる敵などただの的でしかない。カタナで迎撃しても良いし、魔法を打ち込んでやっても良い。詰み、というやつだ。
が、流石にここまで実力差があるのにここで終わらせるのも大人げないので、受け流しながらもう少し様子をみるとしよう。
「ほう」
「五寸直射、抵抗減衰! 急急如律令!」
「悪くないな」
紙片が魔力を散らしながら私へと撃ち込まれるが、魔力を通したカタナで十分弾けるレベルの速度と硬さだ。
手首を返すようにしてカタナを動かす。
――弾いた。
次いで、本命であろうコダチ二本で振り下ろしの斬撃が入る。
いくら細身とはいえ、体重までしっかり乗せたそれは当たりさえすれば悪い攻撃ではない。当たりさえすれば。
足首のバネだけでストンと後ろにさがると、膝で衝撃を殺してすぐに前進する。
葵からすれば、私がコダチをすり抜けたように見えるだろう。しかし、体重を斬撃に向けてしまった葵には何もできることはない。
せいぜいが驚いた顔をするくらいだろう。
カタナは魔力を通してしまったので使えない。多分だが、葵程度なら両断するくらいの切れ味はあるはずだ。
なので代わりにしゃがみ込んだような姿勢の葵に対し、腰を捻って胴体部へ蹴りを入れる。
「相手の実力を考えろ。早さ、重さ、リーチ、きちんと見て判断しろ」
もろに食らって吹き飛ばんとする葵だが、さすがにこのレベルの失態を犯した葵に対してここで追撃をやめる手はないので足首を掴んで無理やり引き戻す。
「《火――いや、《小風拳》」
私が使える中でもっとも弱いであろう魔法を撃ち込み、肘と拳でさらに胴体を打ち据えた。危ない。うっかり殺すところだった。
「グガッ!」
トドメを刺しても良いのだが、弱いものイジメが好きなわけでもないのでやめておく。
「魔法を使った工夫は悪くないが、全体重を乗せた攻撃は外すと後がない。ましてや貴様の体重などたかが知れているんだから必中でなければ使うべきではない。魔力を鍛え、手数を増やせ」
「グググッ……!」
胴部への打撃で無理やり空気を吐き出した形となった葵はうずくまるように動けないでいる。脂汗を流しながらも瞳に灯るのは負けん気のある光。
うん、悪くない。
悪くないから毎回痛めつけてやろう。
あまねを罵ったこと、全身全霊で後悔させてやる。
「そこまで」
三条のことばに頷いて踵を返した。
うーん、あまねに見ていて欲しかったんだけど、まだルルに貼り付いたままか。
アレ……何とかして私に貼り付けられないだろうか。
***
「環ちゃん。説明、してもらえたりはしない……?」
梓ちゃんの部屋。リノベーションされているために洋室となっているそこで、私は不安げな瞳の梓ちゃんに詰め寄られていた。
ああ、ナニコレ可愛い。良い匂いする。
「説明かー。梓ちゃんは何が聞きたいの?」
「全部。っていっても環ちゃんが困るよね。お父さんや葵は、私に何を隠しているの?」
おおう鋭い。
一番誤魔化しにくい質問だろう。
クリスさんがどうやって剣を出したか、とかだったら普通に分からないと答えれば済む。だって、私は魔法の理論なんてサッパリ分からないから。
でも流石に土御門さんや葵くんが隠していることは分かってしまっている。
私は、一番の親友だと思っている相手に嘘を吐きたいとは思わない。もちろん、相手のために余計なことを言わないとかそういう気遣いはあって然るべきだけども、梓ちゃんの場合はそうやって家族から隠し事をされていることに気付いてしまっていて、疎外感やストレスを感じる原因にもなっている。
私自身は隠すべきじゃないとは思う。
ただ、普通に考えて『この世界には妖魔っていうモンスターがいて、梓ちゃんのパパと弟くんはその討伐をする専門業者だよ☆』なんて伝えられるはずもない。
というか信じてもらえない挙句、ばかにするような、酷い誤魔化し方をされたと怒られても仕方ないのではないだろうか。
それに、土御門さんが梓ちゃんに隠すのは、身の安全を慮ってのことだ。私自身、あまねさんやクリスさん、柚希さん、ルルちゃんが死んでしまうような目に遭ったと聞いて心臓を握りつぶされたような気持ちになった。
余計な心配を掛けない。
情報を与えなければ、危険に関わることもない。
そういう土御門さんの考え方も理解できてしまうのだ。
「んー……正直、二人が梓ちゃんに隠していることの見当はついてるの。でも、話して良いのか、迷ってる」
「なんで?」
「梓ちゃんパパや葵くんは、決して梓ちゃんに後ろめたいことをしてるわけじゃなくて、梓ちゃんに心配かけたりしたくないんだよ」
「心配するようなことをしてるのね」
う、鋭い。
というか梓ちゃんがすっごく悲しそうな顔してるのが辛い。見てるだけで私まで辛くなってきてしまう。
「分かった、降参。梓ちゃんには真実を知ってもらう」
「……?」
遠まわしな言い方に、梓ちゃんが困惑した顔で小首をかしげる。
「私から説明するのはちょっと、って感じだけど、真実を知れるようにうまい具合に取り計らったげる」
私は喋ってないけど、魔法やあまねさんの翼や尻尾を見てしまえばもう隠せない、という作戦だ。さすがに生で見れば信じる気にもなるだろう。
いや、信じるというか、信じざるを得ないというか。
「ありがと」
「とりあえず、梓ちゃんが気になってることを教えて。どう伝えたら良いか考えるから」
「まず、お父さんたちが隠してること。それから、身体を鍛えるとか言って二人してランニングに行ったり週末に泊りがけで登山にいったり」
いや、普段仲が悪いのにその言い訳は無理があるでしょうよ。梓ちゃん、普通に頭良いんだからそりゃ気付くよ。
「葵くんは何て?」
「男らしくなるための修行だって。多分、お父さんと口裏合わせてる」
そっか。
まぁそうだよね。
「それから、クリスさんがどこから剣を出したのか」
「あ、ごめん。それは私もくわしくは分からない。触りっていうか、何となくなら今度教えてあげられると思うけど」
「わかった。あとは――環ちゃんがこないだ言ってた好きな人って、もしかしてあの中にいる?」
「ヴァェ?!」
「あ、心配しないで。私自身はノーマルだけど、別に性別とか気にしないから。単純な好奇心よ」
「ヴォッ!?」
そうじゃなくて! なんでバレたの!? 何にもしてないのに!
いや同性と付き合ったりしても引かれないってのは嬉しいけども! すっごく心配してたから!
「あ、その反応、やっぱりそうなんだ。年上って言ってたし、クリスさん?」
「いや、ちがうよっ。そもそもあの人たち、見た目年齢と実年齢違うから!」
「え!?」
「あ、あまねさんは年齢不詳というか、まぁ色々事情があるんだけども、柚希さんも私たちの二つ上だよ? あとクリスさんは一つ下」
「じゃあ好きなのは柚希さん?」
「そうじゃなくて!」
急に乙女な雑談になったのは、きっと梓ちゃんが気を利かせてくれたからだろう。もちろんクリティカルな話題ではあるけれど。
優しくて、気が利いて、美人で、その上頭も良い。
うん、うっかりすると惚れちゃいそうなくらい良い子だ。
まぁ言っちゃっても良いかなぁ。
そんなことを考えながら、私たちはキャイキャイと過ごしたのであった。
「(もじもじ)」
「じゃ、じゃあ『ざまぁ』はどう説明するんですか!?」
「作者から手紙」ピラッ
「()」
「どげんことが書いてあると?」
「『ガバった』って……!」
「ああ……作者、ツイッター上の告知でもガバってたな」
「指摘してもらえんかったらURL間違うたままだったばい」
「この怒り……どうしてくれよう……!」
「ぜ、前日ルルがもらったおほし様わけるです……?」
「いや、それは大切に取っておきましょう。いつか復讐してやる……配信乗っ取りじゃ足りません! 主人公乗っ取ります!!」
「ダメ。あまねが困る」
「そしたらどうすれば良いんですか!? 私の燃え滾る復讐魂をどこで、誰にぶつければ!?」
「配信で。あまねに」
「(もじも…)」ビクゥッ!