◆最終話「永遠に大丈夫だ」
「皆、最後まで応援してくれてありがとう!」
「ここまで頑張れたんも応援のおかげばい! バリ嬉しかったと!」
「助かった」
「私がおねえさま方に逢えたのも皆様のお陰ですわ。御礼申し上げます」
「ありがとうなのです! 応援の気持ち、いーっぱい、です!」
「本当にありがとうございました。……でも今回は前書きで挨拶なんですね?」
「あ、なんか作者が余韻を楽しんで欲しいとかって――」
「葵ちゃん、空気読んでェ!? 最終話だよっ!?」
「あ、そうだ。最後なのでお願いしとかないと! ブクマや評価、お気に入り登録などをお願いしますー! お気に入りユーザー登録もぜひ!」
「環ちゃんもだよ!?」
※ぜひお願いします。
「作者あああああ!?!?」
「はぁ……」
本日通算で何回目になるかわからない溜息。
おれの目の前にはぐしゃっと砕けた『逆転の聖杯』が置かれている。
あれから色々試してみたものの、『逆転の聖杯』がおれの魔力を吸ってくれる気配はない。
祓魔師協会にお願いして呪具を作ったり呪物を解析したりするのが本業の人にも見せたりしたし、クリスやリア、アルマにも確認してもらった。
結果はすべて駄目。
聖杯に掛かっていたはずの術式は残滓すら感じられず、招聘した祓魔師には「本当に呪物だったんですか……?」とまで言われてしまった。
そして、ついさっきあまね真教国まで行って、高名な魔道具設計士にも見てもらったところだけれど、結果には何ら変化はなかった。
今は、真教国の大聖堂で待機している状態だった。防音になっている例の部屋で、机に突っ伏すようにして指先で破片を弄ぶ。
「これさえあれば、男に戻れたんだけどなぁ……」
「あまね、まだ言ってるのか」
クリスが苦笑気味におれへと近づき、ひょいっと持ち上げる。そのままクリスが椅子に座り、おれを膝に乗っけて後ろから抱きしめてくれた。
良い匂い。すき。
腰に回された手を引っ張り、指を舐めたりしてクリスを五感で楽しんでいたんだけど、不意に口から指を引き抜かれた。
あっ、美味しかったのに!
そのままクリスは『逆転の聖杯』の残骸を指でつまむ。
「これ、そんなに大切だった?」
「あ、当たり前だよ! おとこに戻れたんだよ!?」
「あまね」
クリスは膝の上にいたおれをぐるん半回転させて、抱っこされたまま向かい合うような格好になった。紅色の澄んだ瞳が、まっすぐにおれを見つめている。
「私は、男でも女でもあまねが好き」
言って、そのままおれに口づけた。
柔らかく、だけど力強い感触。
唇をこじ開けられ、そのまま中へと入ってきたので、おれも迎え入れる。
お互いを求めるように貪り、ぷは、と息を吐きながら唇を離した。
「不満?」
「エッ……いや……不満はないけど」
「不安?」
「不安もない、けど」
「ならいい」
もう一度ぎゅっと抱きしめられる。
暖かくふんわりとしたクリスの想いに、心が満たされていくのを感じた。このままクリスをつまみ食いしてしまおうか、と尻尾でクリスの服の裾を捲ろうとしたその時。
「あーっ! 何やってるんですか! ズルいですよ!?」
マイクを手にした環ちゃんが悲鳴に近い声をあげながら入ってきた。その後に続くようにして他のみんなもぞろぞろと入ってくる。
こら、リアは葵ちゃんの服を脱がそうとしないの!
欲望に忠実すぎでしょ!?
リアを柚希ちゃんが止めてくれた辺りで、アルマが一歩前に出て優雅なカーテシー。
「あまねお嬢様。準備が整いました」
……そっか。
じゃ、行きますか!
クリスの膝からぴょいんと飛び降りると、環ちゃんからマイクを受け取る。
そして大きく深呼吸をすると、《月華の女王》へと自らの姿を転じた。
「さて、それじゃあ言ってきます」
扉を開けると、とんでもない熱気と歓声が場を満たしていた。
あまね真教国のお祭り、その最終日の〆の挨拶である。
一週間以上に渡って開催された、この世界では空前絶後のお祭りで誰も彼もが幸せそうにしているのを感じる。
一応は形をつけたとはいえ、環ちゃんやおれたちがひっかきまわしたせいで国はがたがたになってしまった。にも関わらず、この国の人たちはおれのために、おれたちのために祈ってくれた。
名を得たモンスターに対抗するだけのエネルギーを、おれにくれたのだ。
だから精一杯の感謝を伝えよう。
大きな翼で空気を打ち、広場でぎゅうぎゅう詰めになっている民衆の前に姿をさらす。
直後、爆発するような歓声がおれを包んだ。
歓声が静まるのを待つ。
それが伝わったのか、それほど間を置かずに広場を満たすものが息遣いだけになった。
代わりに感じるのは視線。おれの言葉を待ってくれているのだ。
期待に満ちた、背中を押してくれるような視線だ。
「みんなー! ありがとう! みんなのおかげで無事に勝てた! ここに戻ってくることができたよ!」
瞬間、津波と勘違いするほどの歓声が湧き上がり、おれの中にも苦しくなるほどのエネルギーが流れ込んでくる。
暖かく、優しく、そして包み込むような感情は歓喜そのものだ。
「まだまだ力不足かも知れないけど、みんなに助けてもらった分、おれも皆を助けたい! 皆に幸せと健康を! この国に――おれたちの国に、祝福を!」
言葉に乗せて、神聖な力を孕んだエネルギーを解き放つ。
もちろん、魔法として放つものに比べるとずっと弱くはなるけれど、指向性のエネルギーはふんわりと空気に混ざり、そして溶け合っていく。
きっと、悪いものに触れれば少しだけ浄化してくれるだろう。
これが、おれの祝福だ。
力は弱いかもしれないけれど、皆が祈ってくれたから手に入れることができた祝福なのだ。
それを感じ取ることができたのか、それまで以上の歓声が大地を揺らした。
大歓声と止まないあまねコールに、どこか面映ゆい気持ちだった。
あまね真教国へのお礼を済ませたら、今度は視聴者のみんなにもお礼をする予定だ。
まだまだ東京ドームの件でのごたごたが収まっていないので配信はできない。それどころか、プイッターやチックタックなんかのSNSも全部休止している状態だ。
だから。
いつになるのかはっきりとは分からないけれど、配信ができるようになったら思いっきりサービスしてあげないといけない。
水着はやったから、次は浴衣が良いだろうか。おれの惚気をやっかみながらも皆の浴衣姿に沸く視聴者さんたちを想像すると、自然と笑みが零れた。もちろんおれ一人では何もできないので、皆にも相談しなきゃいけない。
とりあえず、この後日本に戻ったら近所の河川敷で花火大会がある。
試着と称して皆に着飾ってもらおうと心に決めて、ストンと着地した。群衆からは見えない位置で待ってくれてた皆。
まっすぐにおれを見つめていたクリスと目が合って、さっき訊ねられた言葉が頭をよぎった。
『不満?』
正直に言えば不満はある。
いつ配信が復帰できるかわからないし、アルマが言うにはおれたち、特に環ちゃんを批判する人も増えてきているらしい。アーカイブしてないはずの配信が何度消しても再びネットに投稿されるのだって、どう考えても善意ではないだろう。環ちゃんは『アンチが出るのは人気の証拠』なんて笑っていたけれど、批判されて嬉しい人間なんてこの世にいるはずもない。
間違ったり、もっと良い手はあったのかもしれない。それでも、できる限り一生懸命をやった結果なんだから、褒めて欲しいし認めて欲しい。
『不安?』
不安だよ。
配信を再開すれば、絶対に東京ドームの件に関することが話題に挙がる。ニュースからは消せても、人々の記憶から消えるわけじゃないからね。
環ちゃんと土御門さんで一応のすりあわせをして台本をつくるようだけど、あの件に関して聞かれた時に嘘を吐き続けるのは正直しんどい。
それに、これから精神的な治療を始める遺族の人たちに、どんな顔を向ければ良いかも分からない。おれがもっと早く変身していれば、助けられた命もあったのかも知れないのだ。
被害妄想かも知れないけれど、もしかしたら『どうして自分の家族を助けてくれなかったのか』なんて言われるかもしれない。
そんなことを言われて、それでも平然としていられるほどおれの心は強くない。
だけど。
だけど、おれは独りじゃない。
クリスたちが、応援してくれている視聴者さんたちが、信じてくれる真教国の人たちがいてくれる。
皆がおれたちを支えてくれている。
だから、大丈夫なんだ。
仰いだ空は、抜けるような深い青。
帰ったら浴衣の皆と動画を撮影しよう。いつになるかわからないけど、それでも、できる精一杯の準備をして、次の配信で皆を驚かせて、楽しませて、笑顔にするんだ!
ベランダの少し奥、民衆からは見えない位置で待っていた皆の元に、駆け込むようにして飛び込んだ。
正面から受け止めてくれたクリスに、さっきは煮え切らない返事をしてしまったので、改めて答えを告げる。
「正直、不満も不安もある。でも大丈夫だ。クリスが、皆がいてくれるなら、おれは大丈夫なんだ」
「そう、それなら――」
おれを受け止めたクリスは、華が咲くような笑みを零した。
「それなら、永遠に大丈夫だ」
かなわないなぁ。
微笑み返すと、皆もおれを取り囲むように抱きしめてくれた。
ああ、そうだ。
どんな時でも。
何があっても。
おれたちは、永遠に大丈夫だ。
〈おしまい〉




