◆005改めまして
「男の娘っておるんやねぇ」
「ああ、うん。やっぱりそういう感想になるよね。本人には言えないけど」
「ホント、惜しいですよね。あんなに可愛いのに男だなんて……」
「環ちゃんブレないね」
「ええ。女の子だったら即日パクリですよ!」
「……罪悪感とか、そういう機能ってついてない?」
「ええと、流石にゼロではなくてですね……そう、梓ちゃん! 梓ちゃんはどうしても穢したくないのでそういう目では見ないようにしてます!」
離れに着いたおれ達は、客間に通された。
洋風に設えられた客間はアールデコ調に整えられている。ゴシックモダンというか、美術館のロビーみたいな雰囲気である。
そこで聞いた葵くんの事情に、おれは頭を抱えた。
小百合さんと三条さん曰く、葵くんは小さな頃から女顔と長髪のことをからかわれ続け、大きなコンプレックスを抱えているらしい。中学生になる辺りで「男らしくなる」と決意をして、三条さんですら驚くほどハードな筋トレをしたらしいが、体質なのか一向に筋肉はつかずに華奢なまま。
しかも半年ほど前に変声期を迎えたようなのだが、可愛らしい女の子の声からボーイソプラノに変化しただけでどこまで行っても男性らしくなれる要素はゼロなのだという。最近はシニア向けの育毛剤をお小遣いで買って風呂上りに胸・脇・脛の辺りに塗っているとのことで、相当なこじらせ具合なのが伝わってくる。
というか、現実世界に男の娘って存在するんだね……。
「……まず、髪を切った方が良いんじゃ?」
「髪には霊力が宿るのです。それゆえ、十五歳までは切らない習わしでございまして」
「ふむ……魔術士家系でたまに聞く家訓だな。魔力が安定しないうちは髪を伸ばしたり、翡翠銀の装飾品をつけたりする者は多かったと思う」
おう。異世界でもそういう風習があるのか。
というか翡翠銀ってなんだ。またミスリル的なファンタジー物質か。
聞きたくてうずうずするけど大幅に脱線するのでぐっとこらえる。
「まずは葵くんに謝罪をしたいと思います」
「不要だ」
「えっ」
「あいつはあまねに魔力を放った。明確な敵対行為だ。殺されても文句は言えん」
で、出た……クリスの異世界常識……!
殺伐としているというか、白黒の区別が異常なほどにハッキリしているというか。
「土御門の息子だから警告で済ませたが、あのまま首をはねられてもおかしくない」
「おかしいよっ!? 普通におかしいからね!?」
「……そうか?」
「そうやな。さすがにそこまではせんかな」
「そうか」
いや、微妙にショック受けてるけど、敵対したら即首チョンパって蛮族レベルだよ?
ジョンディ・イーンズの冒険とかで出てきそうな感じの蛮族具合だよ。というか環ちゃん大丈夫かな?
クリスが剣を突きつけるところ梓ちゃんにガッツリ見られたけど、何て説明してるんだろう……。
ちなみにルルちゃんも静かにしてるけれど、よく分かっていないのか首をかしげながらおれを見つめていた。可愛いなぁ。
それからしばらくは雑談をしながら葵くんと土御門さんがやってくるのを待った。
雑談がてら聞いたところによると、小百合さんは流派こそ違うものの、やはり祓魔師関係の家系生まれだった。
ご両親が小さな神社の神主さんをやっているらしく、歳の離れた弟が生まれるまでは跡取りとして厳しく育てられたんだとか。
そこで知り合ったのが土御門さんで、若くして理事として働き、非主流派の人たちを助けようとする姿に憧れていたんだとか。一時期、胸の大きな美人が土御門さんと会話してたりしてどれだけ不安な思いをしたかとか。
ああうん。すごく身近なところにその娘さんがいますけど、多分それ誤解です。まぁ柚希ちゃんも何ともない顔してたので黙っておくことにする。
で、弟が生まれて跡取りにならないことが確定したことで自由の身となり、土御門さんに猛アタックを掛けてお付き合いを始めたとか何とか。
最後の方は口どころから鼻と耳からも砂糖がざばざば出そうになったので割愛するけれど、意外と押しに弱いらしい。
そんな情報聞きたくないよ!
誰得!?
ちなみに三条さんは慣れた顔で笑い、
「そういえば、奥様の誕生日が近づく度に女性の喜ぶプレゼントについて聞かれましたね。『他人に聞かず、真剣に選べ』としか助言はしておりませんが」
などと宣っていた。
ちなみに花束やアクセサリーから始まり、手作りのテディベアまでもらったとか聞きたくない惚気が延々と続いていた。
あの顔でテディベアをちくちくやってたのか。
というかまって。付き合い始めた19年前から毎年全部のプレゼントを聞かないとダメなの?
もしかしたらチクロとかサッカリンも吐き出せるんじゃないかと思った辺りで、ようやく土御門さんがやってきた。隣でバツが悪そうに視線を逸らす葵くんは、目の辺りに大きな痣を作っており、頬も親知らずを抜いた後みたいな腫れ方をしていた。
「待たせたな」
「えっ、はい!?」
「さて、改めて自己紹介しよう」
何事もなかったかのように話し始めようとした土御門さんだが、そうは問屋が卸さない。
「ちょっと待って! 葵くん、怪我してるじゃん!」
「ああ、これは――」
「どう考えてもやりすぎだって! おれだって悪かったんだし! 《月光癒》!」
瞬間、紫銀に煌めく魔力がおれの身体からふわりと抜けて葵くんを薄く覆う。おれが唯一自在に使いこなせる回復魔法である。
本来の姿で放てば切り落とされた腕だろうと治せる強力な魔法だが、如何せん魔力をドカ食いするので、省エネモードでの効きが悪い魔法となる。
それでも葵くんの傷くらいは完治するので十分だろう。
「宗谷殿、感謝する。罵声を浴びた愚か者に対し――」
「そうじゃないでしょ!? なんで土御門さんは葵くんが悪いって決めつけてるんだよ! さっき小百合さんと三条さんに聞いたけど、葵くんは女に間違われることをすっごく嫌がってるの知ってるだろ! だったらまずおれに説明しといてよ!」
「宗谷殿」
「だいたい自分の子ども相手に怪我させるほど折檻するの絶対おかしいからね!? 虐待とか体罰って言われてもおかしくないよ!!!」
「あまね」
「梓ちゃんがいたときの良いパパモードはどこ行ったんだよ! 男女差別ってレベルじゃないぞ!? これじゃあんまりにも――」
「あまね!」
「可哀そうだと、――思うんですよ? ……うん、だから、もうちょっとしっかり話し合ったほうがいいんじゃないかなぁ、とか、はい、そう思うわけです」
……ああうん。
おれ、また熱くなっちゃったんだね。
顔に熱が集まるのを感じながらも、何とか無理やりことばを軟着陸させようとして見事に失敗した。
なぜかルルちゃんはキラキラした瞳で嬉しそうにおれを見つめてるけど、クリスは苦笑しながらおれを見ていて、他の面々はちょっと驚いた顔をしている。
そして。
「……俺も悪かった、です。それから、傷、治してくれてありがとうございました」
葵くんはそっぽを向きながらもきちんと頭を下げてくれた。
「いや、これに関しては本当にゴメン。おれだって女扱いされる辛さは知ってるのに」
「「「「「「「えっ」」」」」」」
その場にいた全員から驚きの声が挙がる。
土御門さんたちは仕方ないにしてもクリスたちはおれが男だって知ってるでしょ!
「……そうですか。そういうこと、ですか。宗谷さん。これからよろしくお願いします」
ちょっとまって。
葵くんは何を納得したの!?
「いつも通り」
「あまねちゃんな真っ直ぐな良か娘やけんね」
「かっこいい、です!」
ああうん。ごめん……君たちの優しさが痛い……。
穴があったら入りたい。むしろ掘って入るから埋めて。
この敷地の広さだったら多分永遠に見つからないから、早く埋めて。
「うめて」
「るっ、ルルはかっこよかったと思うのです!」
「ルルちゃんやさしい」
「……これ、どげんすると?」
「どうもしない。腹が減れば治る」
「「ああ」」
「うめて」