◆056 渡る世間は理不尽ばかり①
それから一週間。
おれたちは栃木の別荘で過ごしていた。
世間的には秘密にされていた妖魔をおれたちがネット上で放送してしまっただけではなく、東京ドームをぶちやぶった樹木はテレビでも緊急中継されていたらしく、大問題になってしまったのだ。
マスコミは事件について日夜報道し続け、あーでもないこーでもないと全く進展しない討論系の特番まで組まれる始末だ。土御門さんが音頭を取って祓魔師協会全体でもみ消しをはかっているが、流石にゼロになるには時間が掛かるとのことで、緊急的な避難措置である。
土御門さんが真っ先に圧力を掛けてくれたおかげでおれたちが映っている映像が使われることはないものの、ネット上では『あまねチャン(と)ネル』がかなり注目されているのも事実。
アルマがおれを強化するために、コスプレ板や女児アニメ板、特撮板などにもおれの配信情報を流したため、今までの比ではないくらいの人数が事件とは関係のない過去配信まで閲覧していた。あのときの配信はアーカイブに残してないんだけど、それでも気になって見に来る人がとても多いのだ。
とはいっても、やれることは少ない。
祓魔師協会は強硬な態度であの事件を『ガス漏洩による事故』として処理する予定のようだし、おれたちもそれに乗っかって、『変身? 妖魔? あれはCGです。東京ドームの事故とは関係ありません』みたいな感じの声明を出している。
色んな人が頭を突き合わせた結果、一番まともな受け止め方はこんな感じである。
事件当日、東京ドームは設備の保守・点検のために空調やら何やらが全て止められていた。そのせいで、壊れたガス管から漏れた都市ガスが天井付近に大量に溜まることとなる。着火した原因こそ不明だが、そのガスが一気に燃焼したことで天井に穴が開き、バックドラフト現象が起きて爆炎が噴き出した。
樹木のように見えたのは爆炎が盛り上がるところであり、あとは爆発のパニックで集団ヒステリーを起こしたり、光の加減や映像機器の不調で焼き付きが起こったり、樹木のような色合いに見える画像や動画が撮れただけ。
あまねチャン(と)ネルに至っては無関係な配信が奇跡的な結びつきをみせただけで、関係すらしていないと。
今は金にものを言わせて作らせた、どう頑張っても本物と見分けがつかない東京ドームから爆炎を噴き上げるフェイク動画だったり、それなりに凝っていて映像関係に造詣が深い人なら偽物だとわかるような樹木が突き出した動画をつくってネット上で拡散している。本物も偽物も、低レベルなフェイクもたくさん作っているので、木を隠すなら森の中って奴なんだろうな。
こうして、真実は闇の中へと葬り去られるのだ。各局の動画も祓魔師協会の人たちが買い上げてめちゃくちゃな使用料にするみたいだし。
ちなみにあの事件での死者は63名。東京ドーム内には溢れんばかりの人がいたのに少ない、というべきか、あの短時間でそれだけの人命が失われたことを嘆くべきか。
《命枯らす樹》は、自らに掛けられた呪いを強化すべく捕らえた人間をひとりひとり自分の目の前で殺していったらしいので、怪我をした者は数えきれないほどいたけれど、この程度の死者数で済んでいたのだ。また、臼杵氏を始めとした祓魔師たちが周囲の人間を守っていたのも大きかったのかも知れない。
一応、あの後おれが新たに習得した範囲回復魔法《夜華癒》を何度も使って怪我人は全員回復した。妖魔とか魔法を知ってるから変な言い訳なしで「ありがとう」って言われておしまいなのは楽ちんでいいね。
たくさんの問題が残っているけれど、今は世間の目から逃れるためにもこの別荘で悠々自適な生活を送っていた。
「あまね」
「ん、いこっか」
クリスに呼ばれ、おれはよっこいせ、と自立式のハンモックから降りた。夏の日差しは大悟と買ったタープによって遮られ、すぐ傍から川のせせらぎが聞こえてくる。このまま、日がな一日のんびりと過ごしていたいけれど、ちょっとした仕事もあるのでそうもいかない。
クリスの腕に掴まって歩く。
「大丈夫か?」
「うん。平気」
気づかわし気なクリスに笑みを返すと、頭を撫でてくれた。柔らかい手の平が気持ちいい。
そう、おれは歩くだけでもクリスに気遣われるようになった。
といっても大怪我を負ったわけでもなければ妊娠したわけでもない。
原因は一つ。
あの日、大勢の認識が変わってしまったせいでおれの字が、《夜天の女王》から《月華の女王》へと変質したことである。
見事な変身とリアル魔法少女ムーブを見せたおれは、視聴者さんたちの認識をしっかり書き換えることに成功し、今までの権能に加えていろいろな変化が起こった。
まず最初に、事件当日も使った範囲回復魔法《夜華癒》や、解呪・浄化を兼ね備えた《闇瘴祓》を覚えたこと。
これは真教国の人たちが祈ってくれたおかげだと思うんだけど、どうやらおれには神聖属性が備わったらしく、モンスターや妖魔よりも精霊に近い存在になっていた。
そしてここからが問題なんだけれども、本当に変身できるようになっていた。もちろん《神聖あまねブラスター》とかも使える。視聴者さんたちの熱意を舐めていた。まさか、ここまでとは思わなかったけれど、使えるからと言って使わないといけないわけじゃないから気にしないことにした。
そして最後に、おれがクリスに気遣われるようになった理由。
本当に、本っ当に不本意なんだけども!
「うぁっ!?」
「ほら、気をつけろ。……何もないんだがな」
ぽんこつドジっ子属性が追加された。
いや、何もないところで転んだときに、あれ、とか思ったんだけどさ。
箪笥の角に小指ぶつけるし、椅子に座ろうとしてすべって尻もちつくし、もう呪われてるんじゃないかってくらいの不幸に見舞われている。転ぶと必ずといっていいほどぱんつ見えるし。
どうやら、現在アニメ界隈で密かなブームになっている『魔法ラー少女☆瀬阿部拉めんま』の主人公がそういう属性の持ち主らしい。エロゲのスピンオフがアニメ化したものだとかで、ラーメン魔法でモンスターをやっつける第一話が衝撃的すぎて話題になったアニメである。
試しにおれも第一話を視聴してみたけど、開始五分で日本国民の半分が「ラーメンの出汁にしてやらぁ!」とか言い出したラスボスによって釜茹でになるという導入と、悪役にアツアツのラーメンぶっかける必殺技は衝撃であった。
いや、ラーメンぶっかけるのって魔法でもなんでもなくてただのド外道じゃないですかね?
とにかく、強烈な物語だったために熱心に祈りを捧げてくれた視聴者さんたちが無意識にそれをイメージしちゃったんだろうね。
よくよく考えるとおれがインチキ魔法使ったときに熱湯が出たのっておかしいと思うんだけど、拉麺関係じゃないよね?
今の俺はぽんこつドジっ子系ラーメン魔法少女ロリサキュバスである。途中で息継ぎしたくなる長さだ。
川沿いに作った秘密基地から別荘の庭へと戻ると、そこではすでに環ちゃんと柚希ちゃんが待っていてくれた。当然ながらアルマとルルちゃんもいる。
リアは別件で忙しいので、今はこれでフルメンバーだ。
「よし、じゃあ行くよ。《転移》」
「疲れた。ナイトプールも結局行けなかったし。土御門さんにお願いしたら買ってもらえたりしないかな?」
「駄目」
「駄目ですよー」
「何で!?」
「ドジっ子属性」
「ラッキースケベされたり、脚吊って溺れる未来が見えるからです」
「溺れるって不思議やね……どげんしてみんな浮かんと?」
「(いや、そんな大きいのついてないから……!)」
「僭越ながら、このアルマが溺れないように代わりに泳ぎましょうか?」
「ごめん、言ってる意味がわからないんだけど……」
「この電極を脳に――」
「ハイ駄目ェッ!!!」




