◆055 最終形態
気合で吶喊して、《命枯らす樹》のすぐ傍まで来たは良いものの、おれはそれ以上の攻撃が出来なくなってしまった。
四肢を貫かれた葵くんが、《命枯らす樹》に取り込まれてしまったからだ。止める間もなく、水に沈むかのように葵くんは取り込まれ、魔力そのものが溶け合ってしまった。
もはや葵くんの存在を感知することすら出来ない。
「ど、どうしよう……!?」
蔦の動きも止まっていたので攻撃こそされないが、《命枯らす樹》は不気味な脈動を始めていた。
ドクリ。
ドクリ。
ドクリ。
考えろ。
考えろ考えろ考えろ。
まとまらない思考を必死で抑えつけ、できる手立てを探す。
《淫蕩の宴》。弱体化はされるかもしれないけど葵くんを助け出す役には立たない。
《魅了の紫瞳》は《命枯らす樹》に効果があるのか不明だし、効果があってもどうにもならないだろう。
《奔放な獣》に至っては暴れ出したりして事態が悪化する恐れすらあった。
あとは《月光癒》くらいしか無いけれど、このタイミングで癒す意味がない。というよりもおれが何もしなくとも《命枯らす樹》は生命力と再生能力が異常に高い。
「あまね!」
「大丈夫か!?」
少し遅れて、攻撃をやめた蔦を切り飛ばしながらクリス達が追いついてきた。土御門さんたちやルルちゃんたちも一緒である。
環ちゃんはアルマにお姫様抱っこされていて、アルマの代わりにスマホのレンズをこちらに向けていた。
「あ、葵くんが……!」
「ああ。見ていた。呪いが酷く複雑に絡まっているな」
慌てて訳を話そうとするが、むっすりと不機嫌顔の土御門さんに遮られた。
「依光の持っていた呪いに加え、この場で殺された者達の怨嗟や術式が絡み合っている」
「呪いなら、――《月光癒》!」
俺が放った魔法はしかし、《命枯らす樹》に当たった瞬間に散り散りになって消えてしまう。
「なんでっ!?」
「無駄だ。ここまで絡んだ呪い、並大抵の力では解けぬ」
「無駄って!? だって葵くんが――」
「ああ、知っている」
知っている?
知っているだって?
どうしてそんなに冷静でいられるんだ!?
自分の家族だろっ!?
怒りが沸騰して食って掛かろうとしたけれど、三条さんに止められた。その表情からは強い怒りと深い悲しみが滲んでいるのが見て取れた。
そして、土御門さんからも。
「馬鹿な奴だ。――三条、あとは頼むぞ」
「御意」
「葵には適当に伝えておけ。悲しませたくない」
土御門さんはたくさんの呪符で《命枯らす樹》を囲みながら近づいていく。独特な歩法なので、きっとそれすら術式の一部なのだろう。
「宗谷殿!」
「は、ハイッ!?」
「今からこの妖魔の呪いを全て私に移す! 呪いさえなければ葵の姿が見えるかもしれん! 救出と手当をお願いしたい!」
「エッ!? 待って! 待ってください! そんなことしたら、土御門さんが――」
「案ずるな。祓魔の世界は死と隣り合わせ。こういう時のために普段から嫌われる言動を心がけている」
強がりの残骸みたいな笑みを浮かべた土御門さんが、ドクリと脈動を続ける《命枯らす樹》に向き直って座る。
葵くんにだけ馬鹿みたいに厳しく接していたことにも、理由があったのか……!
失った時に、傷つかないように。
最初から、大切な人にならないようにしてたってのかよ!
「代々、こういう家系なんだ。クソ面倒で、ムカつく家訓ばかりが残ってやがる」
「待ってください! そう思うなら、土御門さんが変えてあげてくださいよ!」
「そうしたいが、もう時間がないんだ。葵と相談して変えてやれ。お前の嫌いなクソ親父みたいにはなるなってな」
問答は無用とばかりに手で複雑な印を組みながら祝詞を上げ始めた土御門さん。同時に《命枯らす樹》からどろりと黒い靄が溢れ出す。
あれが、呪い……!
おれは素人だけれど断言できる。あんなのが土御門さんに全部入ったら、絶対に無事じゃすまない。
「環ちゃん!」
土御門さんが命を投げ出そうとしている。
それをただ黙ってみているなんて、おれにはできない。
「一か八か、やるよ! カメラをこっちにアップで!」
「ッ、はいっ!」
「みんなも! バックアップお願い!」
もう恥ずかしいなんて言ってられない。
切れる手札は全部切るしかない。
覚悟を決めて、おれは服に手を当てた。
「あまねフラッシュ・クロース・イレイサー!」
頭の悪い技名を叫ぶと同時、おれが身にまとっていた衣服が光に包まれる。
それどころか、おれそのものが光に包まれて輝くシルエットとなる。といっても、おれは本当に叫んでいるだけで、頑張ってくれているのはおれの掛け声に合わせて術式を発動させた柚希ちゃんとクリス、そしてルルちゃんである。
「ま、マジカルあまね! 最終形態! 変身っ!」
クリスの魔法で出した光は無意味におれの腕や足首、首元などで弾ける。その間に、管狐がおれの洋服をせっせと脱がせてくれる。
視聴者さんの強い感情を引き出すためだけの演出、変身バンクである。
フラッシュ・クロース・イレイサーはその名の通り、ただ光って、そして衣服を消す技なのだ。
同時にルルちゃんがたたっと走ってきておれに飛び込む。
もちろん実際には飛び込まないけれど、管狐と光魔法、そしておれの隠蔽魔法によって重なった瞬間にルルちゃんが消えたように見える。
おれが着ていた洋服がすっかり消え去ると、「あまね」のゼッケンが取り付けられた白のスクール水着が姿を現した。伸縮性のある素材のお陰で切れてはいないものの、《夜天の女王》になったせいでサイズが合わずにむちっとした状態である。
さらには、管狐が変化したロップイヤーうさ耳がおれの頭から生える。
「あ、アルティメットフォーム! ぱんつじゃないから恥ずかしくないもんっ!」
やや煽情的なポーズとともに、環ちゃんが考えた決め台詞を放つ。
この場で気を失ってしまいたいほどに恥ずかしい。
しかし。
その効果は絶大であった。
感情。
祈り。
魔力。
変身というベタな強化を目の当たりにした人々が、おれに強い感情を向けてくれているのだ。
一言でいうならば、テンションをあげている。
それも、想像を絶するレベルのテンションである。
色々なものが混ざった強烈なエネルギーがおれの体内で暴れ狂い、内臓から灼けていくかのような錯覚に陥るほどだった。
はっきりと自分が変質していくのを感じる。
これまでの自分とは、別のあまねになっていくのを。
――イケる。
今なら、絶対に祓える。
「いくぞっ! 《闇瘴祓》!」
魔力が。
おれの中で暴れ狂っていたエネルギーの奔流が、出口を見つけて殺到した。
呪いを、痛みを、苦しみを、憎しみを。
すべてを溶かし、祓い、そして癒す。
ただの一撃。
それだけで《命枯らす樹》がぼろり、ぼろりと崩れ落ちていく。
細い根や蔦から始まった崩壊はやがて中心部へと伸びていき、砕け散った破片はそのままさらりと空気に溶けて消えていく。
天を衝くような巨木となった《命枯らす樹》は粉々にしても結構な量になりそうだったけれど、消える傍から魔力になっているので欠片すら残りはしないだろう。
周囲には、それこそ溺れてしまいそうな濃ゆい魔力が満ち溢れていた。おれが放ったエネルギーもかなりの割合で残っているようで、目がちかちかするような、幻想的な空間が出来上がっていた。
ん?
……魔力!?
慌ててバングルから『逆転の聖杯』を取り出せば、おれの予想通りにぎゅんぎゅん魔力を吸い取り始めた。
あっという間に、中に液体が溜まっていく。
お、おおおお! すごい! すごいぞ!
歓喜に満ち溢れた表情でそれを眺めていると。
ッパァン!!!
弾けるような音とともに、《命枯らす樹》の幹が一気に砕け散った。
中からは、無傷の人影。
葵くんだ。
一糸まとわぬ姿の葵くんが落ちてきた。
「葵っ!」
慌てて土御門さんがそれを受け止める。
おれも聖杯は放置して万が一に備えて葵くんへと近づく。呪いや怪我があれば、治療はおれが適任だろうと考えたのだ。
が。
「エッ!?」
すごかった。
縮尺が狂ってるのかと思うくらいすごかった。
「葵くんは、えっと、その、あの……?」
「……妖魔に取り込まれた時に服を失ったのだろうな。見苦しいものを、すまん」
別のコンプレックスが生まれるくらいすごいのが生えていた。
ちっちゃい子の腕くらいはあるんじゃないだろうか。
逆に、これだけ立派なものを持っていてまだ男らしさが足りないとか、どういうことなの!?
下手したら世界規模でもトップクラスに男らしいぞ!?
突っ込みたいことが山のように湧いてくるけれど、土御門さんの優し気な眼差しをみたら言葉が引っ込んだ。
……うん。
家族はそうでなくちゃ。
ぐっと来てしまって涙ぐんでいると、葵くんが微かに呻き、それから目を覚ました。
「葵、無事か……!?」
「……うん。ありがとう」
「ッ! ……ふんっ。手間を掛けさせるな」
ああもう、素直じゃないなぁ。
「ごめん。妖魔に取り込まれてからも、意識はあったんだ。……全部聞いてた」
「っ!?」
「俺、何にも知らなくて、勝手に勘違いしてて、その、ごめん。あと、ありがとう、父さん」
泣き笑いみたいな表情の葵くんに、土御門さんはなんとも言えない顔をしていた。頬が少しピンク色になっているので、照れているらしい。
ほんとにツンデレ親父だよなー。
もうバレちゃったんだし、素直に生きていてくれて嬉しいって伝えてあげれば良いのに。
ニヤニヤしながら見てると、そそそっとアルマが近づいてきた。
「あまね様、早急に元の姿にお戻りになってください」
「ん? ああ、そうだね」
ぼふん、と気の抜けた音を出しながら元のロリサキュバスモードに戻る。胸の辺りとかすごく締め付けられて苦しかったのが、一気に楽になる。
うーん、スッキリ!
あれ? なんかおかしくない?
「なんで『早急に』なの?」
「あまね様は現在、かなり際どい恰好のまま、裸の葵様を眺めてニヤニヤしておりましたので――有体にいって、痴女系の変質者に見えるかと」
ひ、酷ぇ……!
「あっ、っていうか配信!」
「大丈夫です。先ほど、環様がお礼を言って配信を切りましたので。もちろん葵様の素肌を映すような真似もしておりません」
「何て説明したの?」
「ありのままですね。『皆さんの応援のお陰でマジカル☆あまねが邪悪な妖魔をやっつけることができました! 本当にありがとうございました!』でした」
声真似うまいぞ!? もしかして録音機能でもついてるの!?
ってそうじゃない。まったく説明してないんだけど、この先どうするんだろうか……いやでもこうするしか無かったし、別に環ちゃんが悪い訳じゃないんだけども。
何はともあれ、無事に終わったのだ。
おれはその場にごろんと寝転び、大きく伸びた。天井も壊れてるし《命枯らす樹》のせいでそこかしこが壊れたり穴が開いたりしているので寝心地は良くないけれど、そんなことが気にならないくらい、冷たい石材の感覚が心地よい。
「あー、疲れたぁ……!」
穴が開いた天井からは、やや茜色に染まり始めたきれいな空が見えた。




