◆004土御門家の人々
「ん? ここは?」
「前書きばい」
「また!? またなのか!?」
「ほら、あの作者ですし……」
「サボりすぎなんだよアイツ! 前書き後書きくらい自分でやれよ!」
「き、きっとさくしゃ様も大変なのです」
「んー……まぁ実際ここ書くのに文字数増えてますしねぇ」
「本編に力を入れろよ……!」
土御門さんの部下である老紳士、三条さんの運転するワンボックスに乗って土御門家まで移動することになった。
土御門さんは息子さんとともに挨拶に来るのが筋だと言っていたけれど、祓魔の大家としての体面もあるようなので、おれたちの方から挨拶にいくことにしたのだ。
ちなみに三条さんは普段は黒のセダンに乗ってるはずなんだけど、何台持ってるんだろう……。
そうして車に揺られて小一時間、おれ達が案内されたのは純和風な家屋の建てられた土地だった。
うん、土地。
もう庭とかそういうレベルじゃなくて、土地。
白塗りの塀を超えた先にあったのは広大な土地。手入れされた芝生が広がっており、正面には立派な構えの母屋。斜め横には離れと思しき建物もあり、反対側には蔵のようなものも見える。少し離れたところには雑木林もあり、その奥にも何か建物らしきものの屋根が見える。
……ここって、何かの地区とか公園とかじゃないよね?
個人邸宅だよね?
いやまぁ、前におれ達にくれた別荘とかも土地付きでバカみたいに広いらしいし、本宅が狭いはずもないってのは分かっていたんだけれども。
「ええええ……」
「広かー」
「風通しが良いな」
「きれい、です!」
環ちゃんだけは来たことがあるのでノーコメントだけれど、皆びっくりなのは同じようで、きょろきょろと辺りを見回している。
柱と透明な樹脂で作られたカーポート下で降車するとそのままデデンと構えられた日本家屋へと向かう。
おれ達がくるタイミングが分かっていたのか、一家総出のお出迎えである。
いつも通り高級そうなスーツでビシッと決めたヤクザ顔の土御門さんに、お隣にいる上品な雰囲気の和装女性は奥さんだろう……奥さん!?
土御門さんなのにこんな美人な奥さんがいるの!?
しかも若い! 下手すると土御門さんと一回りくらい差があるでしょう!?
まさか呪術で無理やり……。
ゴクリと唾を飲み込んだところで、先導の三条さんがボソリと呟く。
「御当主と奥様は恋愛結婚です。奥様の押しに負けたようです」
「アッ、ハイ」
何で考えてることが分かったんだろう。執事の嗜み? いや、執事ではないけどさ。
というかそういうツッコミが出るってことは三条さんから見ても……いや、やめよう。さすがに土御門夫妻に申し訳なさすぎる。
土御門夫人の横でセミフォーマルな洋装をしているのが環ちゃんの親友だっていう梓ちゃんだね。煌めく黒髪をハーフアップにした華奢な美人さんで、ウチのぽんこつなでしこと違って正統派の大和なでしこに見える。柚希ちゃんは元気印の光属性なのに対して、こっちは聖属性というか。
そして最後に、何故か紋付き袴姿の女の子。目つきだけは土御門さんに似ているけれど、顔立ちは奥さんそっくり。きっと成長したらクリスみたいな凛々しい系の女性になるだろう。長く、腰近くまで伸びた髪を緩くまとめてあるけれど、きっとショートとかボブくらいでキリッとした感じにまとめるとかっこいいだろうな。
妹さんだろうか。
肝心の葵くんがいないのが不思議ではあるけど、反抗期だって言ってたしお出迎えは不参加だったんかな。
うーん、と内心で唸りつつも頭を下げる。
菓子折りを手にことばを発するのはクリスだ。
「本日はお招きいただきありがとうございます。これ、つまらないものですが」
魔力のない梓ちゃんには稼業を秘密にしているらしく、クリスと柚希ちゃんが護身術の先生というカバーストーリーが考えられている。
クリスはロシア流格闘術の師範相当で、柚希ちゃんは有栖川流という存在しない流派の跡取り娘という設定であった。ガバガバな気がするけど、三条さんがゴーサインを出したのでこれで大丈夫なんだろう。
ちなみに菓子折りは三条さんが選んでくれたものをさっき渡された。
お迎えとかもそうだけど好待遇過ぎてびっくりだよ。
「よく来てくれた」
普段はツンデレ親父の癖して、家族の前ではほがらかパパさんモードの土御門さんにおれ達はなんとも言えない表情になるけれど、流石に指摘するほど野暮ではない。
「ほら、葵。ご挨拶なさい」
「土御門葵です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた紋付き袴の女の子に、おれは思わず目を剝く。
「あっ、え!? 女の子!? 息子さんって話じゃ――」
狼狽えたおれのことばに、鋭い反応が二つ返ってきた。
一つは葵くん。怒気とともにぶわりと魔力を放出しながら、土御門さん譲りの目つきでおれを睨みつけた。
「はぁ!? 誰が女だ、ぶっ飛ばすぞチビ!」
もう一つはクリス。
葵くんの放出した魔力に反応したのか、
「《換装:剣》」
魔道具に収納してあった剣だけを呼び出すと、葵くんの首元へと突きつけていた。
「動くな。あまねに何かするようなら、ただじゃ済まさんぞ」
皆揃って、目を丸くしてクリスを見ている。
当然だ。
どこから剣を出したよ、という話でもあるし、何より目にも止まらない早さで肉薄し、首元に剣を突きつけるとか普通じゃない。
クリス……ここは日本なんだよ! 血煙漂う異世界じゃないんだよ!
そう言いたいけれど、驚き過ぎてことばが出ない。
この大惨事に顔を青くしながら周囲を見回すと、三条さんは頭が痛そうな顔をして目頭を押さえていたし、土御門さんは苦虫を口いっぱい頬張ったような顔でクリスと葵くんを見つめて大きな溜息を吐いた。
「クリス殿。愚息の無礼、お詫び致す。どうか刃を引いていただけないか。万が一にも宗谷殿に危害を加えさせるようなことはないと誓おう」
「……了解した」
「父上っ、俺は……!」
瞬間、雷鳴でも轟いたかのような怒声が弾けた。
「馬鹿者っっっ! ちょっとしたことで激昂し、あまつさえか弱い子女相手に罵声を浴びせるなど言語道断だ!!」
「……っ」
葵くんは苦々しい顔でおれを睨みつけながらも、頭を下げた。
「……ご無礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」
タイミングを見計らったのか、土御門夫人がふんわりと笑みを浮かべながらも梓ちゃんの背を押す。
「梓さん、環さんをおもてなししてあげて頂戴。お父様と葵さんは先生方と少しお話をするから」
そのことばに促され、環ちゃんをつれて家屋に入っていく。クリスと柚希ちゃんだけでなく、おれやルルちゃんも残ることに少し驚いた顔をしていたけれど、何かを感じ取ってか質問することなく環ちゃんと消えていった。
環ちゃんは事情を知っているはずなのでうまくやってくれるだろう。
さて、と葵くんに向き直る。
が。
「宗谷殿。道場にてこの愚か者の性根をたたき直してくる故、しばしお待ちを。小百合」
「はい、貴方」
土御門さんが葵くんの首根っこを捕まえて引きずって行ってしまう。雑木林の方へと行ったってことは、あの奥にある建物が道場なんだろう。
残されたのは土御門夫人――小百合さんというらしい――と事態が呑み込めないおれ達、そして大きな溜息を吐いた三条さんであった。
「さて、宗谷さん。それでは行きましょうか」
「えっ、あっ」
「離れにて御茶をお出しします。お連れの皆様もご一緒に」
「おれ、アッ、私のことは?」
「普段通りで結構ですよ。主人から『化生の異能を秘めた、才能と真っ直ぐな心意気のある少女だ』と伺っています。年齢が見た目通りでないことも」
流石に奥さんには話してるのか。良かった。
いや、良くない!
少女じゃないよ! おれは男なんだよっ!
憤りながらも離れへと向かう小百合さんについて歩みを進めると、三条さんがすすっと寄ってきた。
「申し訳ございません……私どもは見慣れ過ぎて失念しておりましたが、若は性別を間違われることに強いコンプレックスを持っておりまして」
「おれの一言がそのまま地雷だったわけですか」
「はい。申し訳ありません……先にお伝えしていれば」
「いや、おれが悪かったです。後できちんと謝ります」
女の子に間違われるのが嫌だったら普通に髪を短くすれば良いと思うんだけど。あの顔であの髪型をしてれば間違われるのも仕方ないのでは……いやまぁ人の外見をどうこういうのは筋違いだな。うん、やっぱりきちんと謝ろう。
男の娘って本当にいるんだ……。
「るっ、ルルは、ほし? が欲しいのです! ほし? は五個が良いのです!」
「……環ちゃん?」
「えーと、まぁ私が言うよりもルルちゃんの方が良いと思いまして」
「そういうところだよ!」
「ルルちゃんな使うて宣伝ばするんは良くなか」
「ですかねぇ……あ、じゃあ直接――」
「反省してないよね!?」