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◆034 三条さんはお疲れのようです

「後半はムナクソ回ですな……」

「……」

「御当主がいないと、独りですな」

「……ただでさえ御当主の代行で業務が溜まっているのに、前後書きまで一人で回すとなると……」

「まぁ、やれるだけやりますか。後半は不愉快な展開が待っておりますので、苦手な方は***マーク以降をスキップして後書きにとんでいただければと思います」


 完全紹介制の高級料亭『みやこ』の一室で、私は壮年のご婦人と相対しておりました。やや神経質そうな喪服姿のご婦人は、背筋の凍るような視線を私に向けておりながらも、表情だけは笑みを作っていました。

 主人を亡くされたばかりだというのに随分と気丈な方です。御当主や奥様を考えれば、そのくらい強くなければ実力が重んじられる祓魔師の家系で当主を努めることなどできないのかも知れませんな。

 もっとも、主人を亡くして数か月というタイミングで敵対派閥の者と密談することになれば、気を張るのも当然ではありますが。


「三条さん、そろそろ本題をお願いできませんか」

「これは失敬。それでは、ご主人――水無瀬氏に」

「ええありがとうございます」


 献杯をして口を湿らせると、水無瀬夫人も同じように口を付けました。歳を重ねた女性特有の艶を感じはしますが、若い頃のように遊びできたわけではありませんので、気を切り替えます。考えてみれば、妻を娶ってからはすっぱり遊びもやめました。先立たれてから随分立つので、いい出会いがあればまたそういうことも考えても良いのかも知れません。

 そんなことを考えながらも運ばれた食事を前に手を合わせます。

 夫人にお願いするのは、これから先のこと。


「成果披露会、出席されるご予定はおありでしょうか?」

「そうですね。昨年までは主人が頑張ってくれましたから、今年は私か娘が出る予定です」

「……ハッキリと申し上げましょう。今年の披露会は欠席していただきたい」


 勝負どころです。

 我が三条家も属する土御門の一門が復権するためには、どうしても呑んでいただかなければならないのです。


「それは敵対宣言と捉えてよろしいのかしら。主人がいなければ水無瀬家など恐るるに足らずと」

「いえ、そのようなことはありません」

「では、説明して下さる?」

「もちろんです」


 ぐらりと景色が歪むが、何でもないように口を開き、ことばを紡ぎます。御当主が使い物にならなくなってからというもの、通常業務に加えてこういった裏工作も私が一手にこなすことになったためか、何となくどころではない不調に襲われていますが、ここが潮時なのです。


「水無瀬氏は、依光氏や第三者と共謀し、何事かを企んでおりました」

「否定させていただきます」

「――言質を取ろうなどとは思っておりません故、最後までご寛恕いただきたい」


 水無瀬夫人が探るような、伺うような視線を私に向けました。きっと夫人は春の件を探りにきたか、当主不在の隙に何らかの利権を毟りに来たとでも邪推されているのでしょう。


「水無瀬氏は、その計画に巻き込まれた挙句、蜥蜴の尻尾切りに遭いました。協会で囁かれる水無瀬氏に関わる噂も、依光氏を始めとする者たちが責任を押し付けたためのものです」

「……続けて下さい」

「現状、依光氏も見捨てられる可能性が大きい立ち位置にあり、求心力も落ちております。これは昨日までに調略が完了した者たちとの密約のコピーですが、目を通されますか?」


 水無瀬夫人に差し出すのは、契約書をコピーしたものです。歴史ある家系の印鑑は大きく特徴的なものもあり、サインにも癖が散見されます。夫人も独身時代から祓魔師協会に所属していたので、見覚えはあるはず。

 もちろん、素人目に偽造かどうかの確信は持てないでしょうが、私が用意したのは本物のコピーなのでいくら疑われようと問題はありません。


設樂(したら)御厨(みくりや)菩提寺(ぼだいじ)まで……!」

「ええ。最早、依光一門は瓦解寸前です。しかし当主を失った水無瀬家が依光家に庇護を求めるのではないかという噂を耳にしまして。老婆心ながら少しでもお力になれればと思った次第です」

「……貴方がたの目的は、依光家の滅亡? 理事会の掌握?」

「そうですなぁ……しいて言うならば、祓魔でしょうか。妖魔よりもずっと醜悪で性質(たち)の悪いものがはびこる祓魔師協会を、正常化したく邁進しております」


 私のことばに、水無瀬夫人は目を見開き、それからかなり迷った表情になる。


「……依光家とは縁戚でもあるし、そうやすやすと裏切ることはできません」

「裏切るわけではありません。静観するだけです」


 水無瀬夫人は理性的な人間で、ご主人とは違ってかなり高いモラルを持っておられた。だとすれば、金や利権ではなく、真実と理で押し切るしかありません。

 納得できるだけの理由を用意するのです。


「水無瀬一門は当主を失い、混乱しています。その上、夫人は元より娘さんもご主人を亡くされたために消沈している。違いますか?」

「……そうですね。そうかも知れません」

「だとすれば、披露会に参加できないのも道理。そんな水無瀬家を無理に披露会へと引っ張り出そうとするのは余りにも無体だと、周り(・・)からも声があがりましょう」

「設樂、御厨、菩提寺の三家が味方をしてくれるのならば、欠席と致しましょう」

「ありがとうございます」


 にっこりと微笑むが、夫人の目からは闘志が消えておりません。

 やはりこれだけでは誤魔化されてはいただけませんか……。

 鋭いまなざしを私へと向けた夫人は、一言。


「それで、主人を亡くし、一門が瓦解しようとしている当家に、どのようなご支援をいただけるので?」

「できる限りの助力は致しましょう」

「ずいぶんとふんわりした約束ですのね」


 とは言っても、水無瀬も古くから残る名門である。土御門家と同じく、値段が付かないような逸品や土地、家屋の類は唸る程あるでしょう。かと言って水無瀬の使う術式は神道系なので私たちの陰陽道とは認識も運用もずれてしまいます。

 術式などの技術供与も難しいのが現状でしょう。


「何をお望みでしょうか」


 私の問いかけに、夫人は年齢を感じさせぬほどに美しく笑った。ひとつだけです、と前置きした彼女の要求は、目指すべきところでありながら、何とも難題でありました。


「もう二度と主人のような人を生まぬよう、誰であっても捨て駒になどされない協会を」


 これは、休んでなどいられませんねぇ。


***


「クソォッ! ババァ風情が! ふざけやがって!」


 俺がガシャンと受話器を叩きつけると、そばで控えていた秘書がビクリと肩を震わせた。こいつも見た目がまぁまぁ良かったから採用してやったが思った以上に使えない。胸や尻に栄養がいって、脳みそが空っぽなんだろう。


「おい、茶ァ淹れてこい!」

「は、はい! ただいま……!」


 脱兎の如く駆け出した秘書の尻を眺めながらも、俺ははらわたが煮えくり返るような気分でいた。

 理由など決まっている。

 多大な労力と資金を掛けて用意した人工妖魔を祓われてからというもの、青色吐息だったはずの土御門家が息を吹き返してきたからだ。例の計画の尻尾を掴まれたことで、組織は俺と同じく祓魔師協会で理事をしていた水無瀬を殺した。

 死人に口なしとはよくいったもので、あらゆる責任を水無瀬に押し付けたがために、これ以上俺に追及の手が伸びることはないが、同時に後がなくなった。

 水無瀬が口封じをされたのもある種の運であり、代わりに俺が殺されていてもおかしくなかったのだ。


「あのクソジジイめ……さっさと死ねば良いものを」


 水無瀬が持っていた利権の半分以上を土御門に奪われ、さらには土御門の秘書をやっている三条とかいう老いぼれが俺の派閥を崩しに掛かってきていた。

 ズブズブの関係にある主力派はともかくとして、今まで目を掛けてこなかった木っ端どもは簡単に旗色を変えるし、確保しておいた在野の人材も離れていっている。

 一言でいって最悪だった。

 そうして派閥を崩されれば、夏の成果披露会で戦える者の数も減っていく。

 祓魔師はどの派閥、どの流派であってもとにかく秘匿技術が多い。そして、技術の研鑽やさらなる探求に明け暮れる者の中には、実戦向きでない者も多くいるのだ。呪術系の術式に特化していたり、あるいは他者の補助にのみ特化した者などもおり、個人で実力を持つ者となると数は減る。

 かくいう俺も専門は遠隔地からの呪術であり、後は補助の類を多少使える程度で戦えない。

 その上、今年の春は裏工作に何人かを使った(・・・)ことで俺の派閥からはまともに実戦ができる者が枯渇していた。

 疑われないようにするためとはいえ、自らの派閥に属する者を殺させたのは間違いだったか。

 口の中が苦くなるが、後悔しても戻ってはこない。今はどうするかを考えるべき時である。

 とはいえ人を用意できなければお話にならないので自分の派閥とまでは言えずともそれなりに交流のあった祓魔師の家系に連絡を取ってはみた。

 が、色よい返事を貰えたところはない。

 一番ひどいところになると祓魔師本人が急病で死んでおり、祓魔の技が途絶えていた家まであった。秘匿のしすぎで簡単に絶えてしまうのも困り物である。

 仕方なしに他派閥ながらも関係のあった水無瀬家に電話を入れることとなった。利権の一部は水無瀬に流れるかも知れないが、共同戦線を張っていた相手だけにある程度の融通は利くと考えたのだ。

 ところが水無瀬のババァは亭主が死んで苦しいだの娘も私もそれどころじゃないだのとゴチャゴチャ言い訳をして断りやがった。

 どんな根回しをしたのか、菩提寺や設楽、御厨といった派閥内の中堅層からも執り成しの連絡が入り、結局は引っ張り出すことができなかった。


「よ、依光様。お茶をお持ちしました」

「遅いっ!」

「す、すみません……」


 秘書が震える手で差し出したお茶を一口啜る。不味い。

 カップを中身ごと投げ捨てると、秘書の手を引いた。


「不味い。もうお茶は良い。脱げ(・・)

「えっ、あっ、その」

「入院している母親の治療費を払ってやってるのが誰か忘れたか?」

「……はい」

「初めから素直に言うことを聞いておけ。このノロマが」

「す、すみません……!」


 鬱憤が溜まり過ぎているのか、最近は髪も薄くなっている気がする。まずは身も心もスッキリさせよう。

 グズがモタモタしていたので、千切るようにブラウスのボタンを外してそのまま跳びかかる。


「い、痛ッ……!」

「何してるこのグズ! 何のためにお前を雇ったと思っている!」

「ごめん、なさい……!」


 目に涙を溜める秘書を見て、心底失望する。

 私自身がコイツに呪いをかけてやったのだ。とっくの昔に死んだ母親を生きていると誤認させ、俺のお陰で生きていると認識させ、俺を好くように仕向けている。その上で催淫化までさせているというのに、この体たらくである。


「使えないな、貴様は」

「ひっ、……いやぁ……!」


 本当に、酷いハズレだ。

 そろそろコレも捨てて、新しいのを見繕うか。

 そんなことを考えながら、目の前で必死に悲鳴をかみ殺す女に欲望を叩きつけた。

簡単なあらすじ(一応前半も)

前半

 土御門のメンタルがやられているため、三条は一人で様々な工作を行っていた。そのうちの一つが敵対派閥である依光家の切り崩しである。春の件で依光家と水無瀬家の仲に亀裂が入ったと見た三条は体調不良をおして水無瀬家の当主代行を呼び、調略を仕掛けるのであった。


後半

 土御門家と敵対している依光は人を人とも思わない人間であった。徐々に追い詰められている自覚がある依光は焦りといら立ちを募らせていながらも、打開策を見つけることができなかった。代わりに、募らせた感情を「呪い」によって逆らえなくした美人秘書へとぶつけるのであった。

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[一言] さかなクンの製造元がこんな小物ってのはさかなクンも報われないなあ……
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