◆027 変調
「ね、ネタが……前書き後書きのネタが……あっ、そうだ。――ネタが寝たんだ!」
「有罪」
「えっ」
「あまねさん、実は中身おじさんだったりします? 寒すぎてドン引きなんですけど」
「いや、あの、」
「かれいしゅう、です」
「ばり臭か……」
「っていう夢を見たんだ」
「臭くない、です! あまね様、良い匂いするです!」
「そうですよー。私があまねさんを嫌いになるはずないじゃないですか」
「ウチかてあまねちゃんなバリ好いとーよ?」
「ん」
「あっ、えっ、あっ」
「あー! ズルい! 私もキスしたいです!」
「る、ルルも! ルルもするです!」
「う、ウチもするばい!」
「良かった……夢で良かった……!」
大聖堂内に忍び込んだルルたちは、そのまま誰にも見つからないようにこっそりとすすんでいきます。先頭はクリス様。ドレスアーマーに身を包んだ姿は凛々しくてスッゴクかっこいいです。
ルルもクリス様みたいに強くなれたら、と思いましたが、あおい様と訓練をしている様子を見せてもらっただけで足が震えてしまいました。
きっと、訓練をするだけでルルはぐちゃどろにすり潰されてしまうのです。
なので、ルルの役目は周りに気を配って、何かあったらあまね様の盾になることなのです。怖いですし痛いのは嫌ですけど、あまね様が傷つくよりもずっとずっと良いのです。
ふんす、と決意も新たにしていると、クリス様が立ち止まりました。
「あまね?」
「ん……え? ああ、ごめん。どした?」
「気が散ってる」
クリス様が足を止めるのは、実はこれで三回目なのです。どうやらあまね様の様子が気になるようなのですが、当のあまね様はしきりに首を傾げているばかりで、どうしたのかがよく分かりません。
「何? きちんと言って」
「うーん……正直おれにもよく分からないんだけどさ。何か、上の方にある気がする」
「上は宿舎だが」
「なんか、うまく言えないんよ。何があるのかもよく分からないんだけど」
あまね様はお綺麗な顔を苦しそうに歪めます。
見ているだけでルルの胸がぎゅってなってしまいます。
「あ……、いかな、きゃ」
「あ、あまね様!?」
「馬鹿、ここをどこだと思っている!?」
慌ててクリス様が止めに入ろうとしますが、あまね様から強大な魔力が溢れるのを感じました。これは、《転移》でしょうか。
ぐにゃりと景色が歪み、そして、
「ぐぁっ!?」
「クソっ! 撤退するぞ!」
あまね様の形作った《転移》がひび割れ、がちゃんっとものすごい音を立てて砕け散りました。きっと、クリス様が言っていた《転移》阻害の結界です。
慌ててあまね様に駆け寄ると、あまね様は紫水晶のような瞳をがくがくと震わせ、焦点の合わないままに歩き出してしまいました。
「あまね様!?」
「だめ」
止めようと抱き着きますが、あまね様は熱に浮かされたようにふらりと身体を傾けると、《夜天の女王》へと変化して、私をあっさりと持ち上げてしまいました。
「あまね! 何をやっているっ!」
「いかなきゃ」
「何を――」
そして、大きくなった翼をはためかせると疾風のような速度で飛び立ちました。
「追うぞ! 柚希、葵、本気でついて来い!」
「エッ、私――ヴォっ!?」
「口閉じて、舌噛む!」
抱えられながら見える背後では、たまき様を抱っこしながらも、鬼気迫る表情でルルとあまね様を追うクリス様たちが見えました。
ルルも、少しでもあまね様を正気に戻すべく声を掛けます。
「あ、あまね様! どうしたですか!? ルルは、ルルには何かできることはないです!?」
「てつだって」
「何をすれば良いです!?」
「ほご」
「ほご、です……?」
「うん」
だ、駄目です……さっぱりわかりません!
「ほご、お手伝いする、です! ルルは何すればいいです?」
言った瞬間、にっこり微笑んだあまね様が、ツゥ、と首筋を撫でてくれました。いつもの触り方よりもずっと優しくて、なのに尻尾さんよりもねっとりとしていて、思わずゾクゾクしてしまいます。
……もっとさわってほしいです。
あまねさまに、もっと。
「まりょく。あとで、ね」
「はいです」
あまねさまにこすり付けるように身を寄せます。
あまくて、きゅんってなる、いいにおい。ルルがきちんといいこにしてたら、ごほうび、あるかな……?
***
「柚希、あまねを止めろ」
「そげんこと言われたっちゃ、なしてよかか分からん!」
「暴走してる。ルルに《魅了》を掛けたぞ」
「何ですかその羨まグェッ!?」
「舌噛むって言ったろ」
腕の中で暴れる環を無理やり抱き留めながらも、私は疾走を止めない。何が原因かは分からないけれどあまねが完全に暴走していた。
ルルを相手に必要もないであろう《魅了》まで使い、何をしようとしているのか。
答えは分からないが、高位聖職者たちの個室が並ぶ区画へと飛び込む。
「ここ」
「あまね、とまれ。ルルもしっかりしろ」
「しゃっきりしんさい!」
環を降ろして声を掛けるが、ぼんやりと熱に浮かされたような蠱惑的な視線を向けられる。
「わたしを、てつだって?」
瞬間、《魅了》が私と柚希に襲い掛かる。
「ぐぁっ!?」
「何ね?!」
酩酊するようなめまい。同時に湧き上がるのは、あまねへの狂おしいほどの感情。柚希はそれに戸惑って苦しそうに身もだえをしているし、環に至ってはルルと同じくとろんとした瞳であまねを見つめ、ふらりと近づこうとさえしている。
環には魔力がないから、《魅了》が完全に決まっているのだろう。
だが、私にそんなものが効くはずもない。
「ばか」
するんと環とあまねの間に身を割り込ませると、気付けのつもりで唇を重ねてやる。それも、普段ならあまねが顔を真っ赤にして固まるほどの濃厚なものだ。
水っぽい音が口蓋に響く。
貪るようにあまねに強請られて、削るようにあまねを蹂躙する。
静かな宿舎の廊下で、どれほどそうしていただろうか。
「――っぷは!」
呼吸すら忘れて夢中になっていたあまねに限界が訪れ、呼吸のために私を引き剥がそうとする。せっかくなのでこのまま無理やり続けても良かったけれど、本来の目的を果たしてからじっくり味わうと心に決めて、とりあえずはあまねを離してやる。
「く、苦しかった! クリス、何で急に――ん?」
頬を紅潮させ、まんざらでもなさそうな顔で文句をつけたあまねはその途中で違和感に気付いたのか、首をひねる。
「おれ、なんで《夜天の女王》になってんの?」
「私が聞きたい」
「あまねちゃん、夢遊病んごとなっとった」
「る、ルルは何もできなかったのです……!」
「い、今のが《魅了》ですか……これは危険が危ない能力ですね……! 私にも使えませんか!?」
あまねはどうもまだ夢見心地なのか、首を左右にぷるぷると振ったあとに自分の頬を叩いて気持ちを切り替えていた。
ぼふんっ、と気の抜けた音とともにあまねの姿が元の幼い姿に戻る。
うん。
いつものあまねだ。
「ごめん、何か分からないけど、この先に何かある気がして、行かなきゃって思って、そしたら」
「淫魔としての本能、ですかね? わかりませんけど」
環はうーん、と首を傾げ、そして私へと視線を向けた。
「そういえばクリスさんは《魅了》耐性とかあったんですか? 平気そうですけど」
「まさか、勇者訓練で――?」
「ばか」
私はあまねを乱暴に引き寄せると、もう一度唇を奪う。
乱暴なそれは短くも濃厚。ツゥ、と糸引くだ液を手の甲で拭いながらあまねを睨む。
「《魅了》される余地なんてない。好きだから」
「ヴァェッ!?」
沸騰したように真っ赤になったあまねは、いつも通り最高に可愛かった。
その後、葵と私に警戒を任せた状態でルルや柚希、環もあまねへと気持ちを伝えたりアピールしたりとゴチャゴチャやり始め、その度にあまねが「アッ」「うぅっ」と身悶えしながら呻くこととなった。
まぁ、どんなにことばを重ねようと、私の方が上だから良いけど。
顔を真っ赤に染めながらもじもじする姿はとてもそそる。
「今、潜入任務の最中なんだけど」
どうにも緊張感のない姿に呆れつつも、どこか愛おしくなってしまい、私は薄く微笑んだ。
「『さいきん、しっぽさんが元気なくて心ぱいです』」
「ルルちゃん、何してるの?」
「日記、です! 文字をかく練習、です!」
「えらいなぁ。見ても良い?」ナデナデ
「はいなのです!」
「エッ……ああ、うーん。そうね、心配だよね」
「です。――あっ!?」
「おっ、元気になったみたいだね! 心配してくれたお礼なんじゃないかな?」
「ま、待つです! そこは――ひゃんっ!」
「元気になったみたいで安心だねぇ」
「『さいきん、しっぽさんが元気すぎてこまっています』」
「ルル、どうした」
「昨日の日記のつづき、です! 昨日は最後まで書けなかったです!」
「そう。見て良い?」
「はいなのです!」
「……――あまね」
「アッ、ハイ」
「ちょっとお話。ルルは環を呼んできて」
「はいなのです」
「あー! 待って! せめて柚希ちゃんも! 柚希ちゃんも一緒に!」
「ダメ。分散されるから」
「まって、ほんとうにまって! ひとりは! ひとりは無理だから!」




