◆024 一方その頃
「(Zzz……)」
「クリスー、お腹減ったんだけど、」
「嫌」
「エッ」
「嫌」
「な、何で!?」
「誘うなら雰囲気作って」
「ふ、ふんいき……」
「そう」
「(モンスターの死体がそこら中に転がってるんだけど……)」
「く、クリス……あ、こら、今笑っただろ?!」
「(Zzz……)」
ダンディなあごひげに笑いじわの目立つ目元。如何にも胡散臭そうな40絡みの男を前に、私はにっこりと微笑んで見せる。確か、あまねさんに紹介された名前はクリードさんでしたか。
私とルルちゃんの非戦闘員組は、あまねさんたちと別れてちょっとした仕掛けを施すために街を回っていた。クリスさんに色々聞いて予習もバッチリだし、実力行使に出られたとしても用心棒に柚希さんがついててくれてるので問題なし。何より、今までに何度か行った下準備とやることは然して変わらないので不安はない。
ましてやルルちゃんが嘘を見分けられるので、罠に掛かる心配すらしなくて良いときた。控えめにいって余裕である。
ちなみにルルちゃんはコリーニョ族であることを見破られないよう、私が使っているウィッグで耳を完全に隠しており、アクションカメラを首からかけている。
クリスさんに相談したところ、目立つことは目立つけれど変な魔道具くらいとの見立てだったので、こんな感じで延々と回すことにしたのだ。編集のときに取捨選択すればいいだけだし、編集の時に困るのは兄貴だ。
アクションカメラ用のバッテリーチャージャーも持ってきているし、マイクロSDカードも大容量のものを何枚か用意してあるので、ほぼ無限に撮り続けられる。
だから兄貴が動画編集で忙しい間、梓ちゃんは私と。
わ・た・し・と!
お喋りしたりして過ごそうね!
兄貴が相手なのは非常に気に入らないけれど、恋する乙女モードの梓ちゃんは非常に可憐で可愛らしい。
おっといけない。
思考を現実に引き戻すと、クリードさんに質問を投げる。
「それで、おいくらでしょうか?」
「……待て。待ってくれ」
クリスさんも「貴族っぽい」と太鼓判を押してくれた服装の私は優雅に椅子へと腰掛け、左右にそれぞれルルちゃんと柚希さんを従えるように立たせている。本当は二人にも座って欲しいんだけれど、今の私は訳あり貴族ムーブをしているので、従者の振りをしている二人を座らせるわけにはいかないのだ。
ここはとある茶館の個室。
それも、一等特別な客が密談を交わすときに使われる部屋で、借りるだけで銀貨10枚という驚異的な金額がかかる。
何度か借りればあまねさんがルルちゃんを購入した金額を超えてしまうのだ。
とはいえ、高額商品を取り扱うのであればこういう雰囲気づくりが大切だ。目の前に出したたった一粒の商材に、クリードさんは息をすることすら忘れたかのように固まっている。
それもそのはず。
私が売ろうとしているのはこの世界で言えばオーバーテクノロジーで作られたレベルのもの。いや、正確には売るのが目的じゃないんだけどね。
「これは、なんなんだ……?」
「さて。私にも分かりかねますが」
この世界の水準ではあり得ない精緻さで作られた、ガラス製の置物。
日本人の私からすれば、つくりは荒いしちゃちな感じのものだけど、この世界の住人からすれば驚異的な逸品だろう。
白鳥を模したそれは、近所の雑貨屋さんで300円の値札が付けられていた見切り品だ。
「まさか、本物の鳥がガラスに変えられたわけじゃないよな……?」
「どうでしょうか。ただ、私の伝手を使って調べたところ、魔道具ではないそうです。それどころか、誰がどうやって作ったかすら分からないのですけれど」
そうやって思わせぶりなことばと笑みを返すと、クリードさんは勝手に勘違いをしてくれる。ちなみに伝手はクリスさんなので嘘は吐いてない。雑貨屋で投げ売りされてたレベルのものを、どこの誰がつくったものかなんて知ってるはずもないしね、普通。
「……神代の品、か」
この世界のガラス細工ならば、基本的にどこかの工房が制作したものとなる。ましてやこのレベルの逸品がもしも作れるのならば、どこの工房のものか分からないなどということはあり得ない。そう考えると、クリードさんのみならず、思考の行きつく先は、自然と神代となる。
「……すまないが、これを買えるだけの金貨は用意できない。いや、神代の品ともなれば、そもそも金貨を馬車一杯に用意しようと釣り合わないだろう」
「でしょうね」
「で、俺に何を求めている?」
「聖教国と繋がりはありますか? もしくは聖教の司祭や司教でも構いません」
「……まぁ、繋がりと言えるほどではないが、ないこともない」
「では、紹介状をお願いします」
渋い顔をするクリードさんに、紹介状をお願いする。クリスさんから聞いた話ではあるけれど、聖教国は社会主義系の宗教国家だ。トップがカリスマ的な指導者ではないだけで、基本的な構造は近代の社会主義国家と同レベル。
むしろ、生まれた時から宗教を刷り込んでいくのだからたちが悪いとも言えるけれど、金銭が一部に集中していて売買の成り立ちにくい国に商人が良い顔をするはずもない。
もっとも、社会主義あるあるも地球と同レベルで、支配層が一番社会主義から外れているのでカースト上位は湯水の如く金貨を使うようだけれど。
まぁ、そんな繋がりを紹介してもらうのだから、もちろんタダではない。
「紹介状のお礼に、こちらを」
「………………………………は?」
「ですから、お礼です」
差し出したのは、一粒のビー玉。百均で、12個入りのものの一つである。
使い道はない。
大切なことだからもう一度言うけども、使い道はない。
ただし、この世界では貴重なガラスを使った製品で、こっちの感覚でいえば真球といっても過言でない出来である。さらに言えばガラスの中には鮮やかな模様が封入されている。
つまり、これもまたド級の逸品ということになる。
「アンタ、何者だ……?」
「あら、本当に聞きたいですか? 私は別に家名まで教えて差し上げても良いですけど、首が飛んでも知りませんよ?」
「……スマン。俺は何も聞いてない。質問もしていない。する気もない」
「賢明ですね。長生きします」
ハッタリを利かせれば、クリードさんは簡単に引き下がってくれた。これもまた嘘は吐いていない。私の家名を知ったからといって首が飛ぶかは知らないけど、飛んだとしても関知しないと宣言しているだけだもの。
身元を探られるのは毎度のことだけれど、最初のけん制だけでさらっと引き下がってくれたのでご褒美代わりにもう一つビー玉をプレゼントすることにした。単価を計算すると10円以下だから、駄菓子みたいな感覚である。
ちなみに過去に取引した者の中には、私に尾行を付けた挙句、破落戸を雇って襲わせた者までいる。クリスさんが一蹴してたけど。
「チョッ、えっ、アァッ!? もう一個あるのか!?」
「ええ。折角なので、それを使って大きな利益を挙げてみては如何でしょう。貴族であれば大枚をはたく者もいると思いますよ。次に私が何かを商いに来るときに、馬車一杯の金貨を用意できるように」
冗談のつもりで言えば、クリードさんは神妙な顔で頷いた。
「馬車一杯どころか、金貨の山を用意しておこう。これは、とんでもないモンを持ってきたな」
「あら、素敵ですね。でも、今はすぐに使えるお小遣いが欲しいんです。ええ、お小遣いで良いので、すぐに」
「……金貨40枚までなら用意できる」
「それで十分です」
当座の資金と聖教国への伝手を手に入れた私たちはホクホク顔でクリスさんのお迎えを待つことにした。ちなみに、過去に何度も異世界に渡って同じようなことを繰り返している。
要するに、神代の品と見まごう逸品を見せびらかして、聖教国の人間の関心を惹いているいるのだ。
計画は単純。
聖職者たちの化けの皮を剥がして、欲望塗れの本音をブチ撒けるためである。
いやぁ、私は心が痛むんだけどね?
クリスさんのためだし、ね?
「環ちゃん、何か企んどる?」
「ええ。クリスさんのためにちょっとだけ」
出店で見つけた串焼きと謎のジュースを頬張りながら答えれば、柚希さんからは苦笑が返ってきた。
「やり過ぎんようにね」
「もちろんです」
一応、クリスさんがどういう経緯で日本に来たのかは柚希さんも知っている。この世界での感覚は知らないけれど、日本人の感覚で言えば洗脳教育を施された挙句、勝手な都合で使い捨てにされたのだ。
そりゃ恨みもするだろうし、怒りもするだろう。
クリスさんはああいう性格だから普段から何かを言ったりはしていなかったけれど、聖教国のことを聞き出すときは凄まじい殺気を身にまとい、聞いていただけの私は脚の震えが止まらなくなったほどである。
あやうく柚希さんみたいになるところだった。必死で耐えて、ギリギリ尊厳は守ったけど。
とはいえ、あまねさんはクリスさんに復讐なんてしてほしくない、とハッキリ言っていたし、クリスさんもそれを承諾していた。
聖教国で『逆転の聖杯』を手に入れるときも、最初の案ではクリスさんが総本山に攻撃魔法を叩き込むところから始める予定だったんだけど、『殺人はなし! どうしようもない時の正当防衛以外はなしで!』とのことだったので、こっそり盗む形になった。
本当ならがっつり襲撃して教皇以下幹部たちを血祭にあげても良いと思うんだけど、クリスさんが承諾した以上はなしである。
あまねさんの気持ちもわかるけれど、クリスさんが起こせる行動が極端に限られてしまったのが現状である。
なので、ここは外道ムーブに躊躇のない私が一肌脱ごうと立ち上がったわけだ。本当は心が痛むけど。非常に痛むけど、クリスさんのためにも!
別に狂信系の宗教国家に嫌悪感を抱いているわけでもなければ、同性愛を禁じる教義に怒りを覚えているわけでもない。
ないったらない。
屋台で手に入れた串焼きを頬張りながらもそんなことを考える。
串焼きはパサついてて臭みの強い鶏肉といった食感だけれど、ヘビ型モンスターの頭部が店先に飾られていたので蛇肉だろう。
私は怖いもの見たさで注文したし、ルルちゃんは当たり前に食べる選択をしたけれど、柚希さんはパスして代わりに野菜のスープらしきものを頼んでいた。アフリカだっけか。どっかの地方ではメジャーな食べ物らしいから食べられないってことはないと思うけど、食指が動かないならしょうがない。
スープはちょっと割高だったけれど、木製の器を返却すると少し返金があるというデポジット制のお店だった。
「おいひい、です……?」
最初は目を輝かせて串焼きをもきゅもきゅしていたルルちゃんだけど、思っていたのと違っていたのか、首をかしげている。
うん、正直パサパサだし臭みも強いから普通に美味しくないし、日本の食事に慣れた舌では物足りないだろう。
「あー、この食事内容だと、普段のに比べると落ちますからねぇ」
「んー……出汁かコンソメが欲しか」
柚希さんのスープも塩で味付けされただけのシンプルというか、素朴なものだったらしい。
「あ、顆粒だしとコンソメならありますよ。ルルちゃんもケチャップとかで誤魔化す?」
「助かるばい」
「欲しいです!」
クリスさんに用意してもらった収納の魔道具からケチャップと顆粒だしを取り出す。ちなみに容量は買い物かごくらいで、食料やら菓子類、調味料でパンパンになっている。
兄貴とあまねさんが買いこんだ野営道具は、あまねさんの結婚腕輪に仕舞われているので、きっと葵くんも入れた三人で楽しいキャンプを満喫してることだろう。
「あー、早く合流したいなぁ」
さっきクリードさんにやったような交渉はこれでおしまいである。知り合った聖教国のおえらいさん方から色々と面白いリアクションが取れたので、仕上げに向けて聖教国の首都――聖都にてもう少し仕込みをすれば完成である。
そのためにはあまねさんかクリスさんの転移魔法が必要になる。
「あまねさんと観光デートしたいなぁ」
「あまねちゃんは忙しいけん、ウチとじゃいかんの?」
「ヴェッ!?」
「る、ルルも! ルルも一緒が良いです!」
「ヴァッ!?」
なにこのかわいいいきものたち。
身もだえしながらもダニやノミが怖かったので宿屋に連れ込むのを我慢した私は、鋼より硬い理性を持ってると思う。柚希さんとルルちゃんの玉の肌に刺された跡でも出来たら大変だもの。すべすべもちもちでぷるっぷるなお肌は人類の至宝だもの!
まぁあまねさん達と合流して魔法で一掃できるようになるまでの我慢だし!
たぶん今日明日くらいって言ってたし!
「どげんしてソワソワしとると?」
「おトイレです?」
「な、なんでもないよ」
鋼! 私の理性は鋼なの!
「誤字報告ありがとう! すっごく助かってるよ!」
「……あの」
「ん? どしたの、環ちゃん」
「掲示板回のナンバリングミスるの何とかしません?」
「み、ミスしたくてしてるわけじゃないし……!」
「ごめんなさい、です……」
「ルルちゃんは悪くないですよー。さぁ、なでなでしてあげるのでこっちに来てください」
「はいです!」
「ほんとに、ほんっとーにありがとうございます!」
「……今回はルルちゃんに誤魔化されてあげます。今回だけですからね」
「ヴッ」
「なでりこ、です!」




