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雨之雫(あめのしずく)  作者: さすらいの乙女
本編
9/36

現状・冗談

 その日の放課後、僕は部室に向かっていた。

 場所は教室を含む二棟から渡り廊下を通って三棟を通り過ぎた先にあるぽつんとした建物。向かいのグラウンドから熱気に交じってジーワジーワとうるさい蝉の鳴き声を聞きながら額を拭う。


 ふと、立ち止まってちらと視線をグラウンドへ向けると「バッチコーイ」だの「サッコーイ」だの野球部の必死な掛け声が聞こえてきて、これから冷房の効いた部室で部活に勤しむことに少しだけ申し訳なさを覚えた。

 心の中で敬礼をして振り切るようにグラウンドを過ぎ、僕は目的の特別棟に入った。踊り場を一度駆け上り二階の廊下に降り立つと、すたすた奥へ進み扉の前に貼られた「天文部」の名前を確認してドアを開ける。


「おう」

「どうも」


 軽く会釈して自分の椅子に座った。目を瞑ってクーラーのありがたみを噛み締めていると、対面でパソコンを打つ手を止めた大塚先輩がこっちを向いてきた。


「で、決まったのか?」


 この前の、結局保留に終わった件についての確認。わかってはいたことだけど突然のことに僕は黙り込んでしまう。けれど大塚先輩の鋭い眼光に根負けして小さく首を振った。


「いや、それがまだ……」

「そうか」


 予想外の反応に僕は顔を上げた。一応「何やってんだバカ野郎!」的な怒号が飛んでくることを覚悟して身構えていたので、あまりの呆気なさに思わず呆然としてしまう。


「……怒らないんですか?」

「怒ってもしょうがねえだろ。それに、一応反省はしてるみたいだしな」


 おずおずと聞くとそんな返事が返ってきた。ちゃんと態度を見てくれていたようで、僕もこくこく頭を上下させる。

 しかし、その優しさも数秒の出来事。


「だが、次はねえぞ。今日中に何か案を出せ」

「わ、わかりました……」


 ヤクザ映画にありそうな迫力ある声質に、僕はこわごわ頷きを返した。

 すると大塚先輩はいきなり目を伏せて、無言で力を抜くように促してくる。言われるがまま、僕は肩の力を抜いて座り直した。そのままちらちら目線をあげて呟く。


「一応、毎週末それに当てるつもりではありますけど」

「……」


 大塚先輩は腕を組んだまま動かない。瞑想しているようにも見えるその様子に声をかけられるわけもなく、僕はじっと見つめていた。

 ふと、目を開けた大塚先輩が言う。


「……人手が、必要だな」

「えっ」


 あまりに唐突かつ意味の分からない一言に、僕はつい素っ頓狂な声を出してしまう。けれど僕の戸惑いなんか見ていないとばかりに、大塚先輩は聞いてくる。


「森島、お前誰か心当たりいる?」

「何のですか?」

「新入部員」


 平坦な口調で言われたその単語に、僕は苦笑する。


「いるわけないじゃないですか嫌だなぁもー」


 なんて、喉の奥まで出かかった返事を飲み込んで、真剣な顔で答えた。


「ないですね」

「使えねえな」


 ため息交じりの本音で言われた。目が本気で使えないゴミを見ているような細い目だったので余計腹が立つ。だからかいつもより強めに聞いた。


「なら先輩はいるんですか」

「探してはみるけどよ。知り合いは全員同学年だからな。たぶん無理だろうな」


 受験を理由に諦めるのってどうなのだろう。ちょっとずるくないだろうか。……気持ちはわかるけど、それを理由にされるとこっちは何も言えない。ので、せめて冷めた目で見てやろうと視線を向ける。

 しかし、もともと僕の視線は冷めていたらしい。というか見られていないのか。大塚先輩はあっけらかんと言った。


「ま、それとなく探してみてくれ」

「はぁ」


 軽い口調に生返事が返る。しかしこの絶望的な状況でよく平然としていられるよなこの人……。やっぱり辿ってきた人生が違うのだろうか。

 なんて失礼なことを考えながら頭を冷やすことにした。


「それで、あと何枚ぐらい必要なんですか?」


 とりあえずできるだけ多くとってこいと言われたままで、その時はあまり気に留めてなかったけれど、今はそんな場合じゃない。範囲を知っておけばそれなりに心の余裕というものができ、それをモチベーションにも変えられる。……人間って不思議な生き物ですね。

 大塚先輩は少し考えるような仕草をすると、「まあ」と人差し指を立てた。


「—————一万枚くらい?」


 この時一瞬でも「バカなんじゃないだろうかこの人」と思ってしまったことを許してほしい。


「……」


 僕は無言でその数を思い描く。……毎週行っても足りるかどうか。

 マジの真剣にネット画像を頼る手を提案しそうになる自分をぐっと押さえつけて、僕は現実を受け入れた。


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