余計・嘘
放課後になりぱらぱらと部活に出向く人が教室を出るなか、いくつかの視線が彼女に注がれていた。
「ね、ねえ空本さん。今日はなんで昼休みから来たの?」
佐奈が先陣を切って話しかける。後ろから声をかけられた『雨女』はしかし振り返らず言った。
「何、学校に来ちゃダメなの?」
「えっ? いや、そうじゃないけど……」
慌てて手を振る佐奈は言葉尻に行くにつれて、弱々しく俯く。
そんな佐奈を見て『雨女』はため息を吐いた。
「別に……。家に居たくなかっただけ」
その言葉を聞いて、僕はもう一つ彼女の噂を思い出した。
————彼女の両親は、何年か前に離婚している。
同じ小学校に通っていたというまたしても女子から出た噂だった。
今になってそれが真実なのかもしれないと思えてくる。
今日は部活がなかったことを思い出し、僕は慌てて席を立った。
すると彼女も面倒くさくなったのか、すっと立ち鞄を持ち上げる。
「もういい?」
「あ、うん……」
くるりと振り返ると鋭い目つきで言った。佐奈を含め周りにいた女子はびくっと一歩下がって頷く。
すたすたと無駄にかっこよく教室を出ていく後ろ姿を眺めて、扉が閉まると佐奈はへなへなと腰を落とした。
「こ、こわかったー……」
取り巻きが駆け寄って「大丈夫?」「立てる?」とかなんとか声をかけている。
しかし悪いのはどちらかといえば佐奈の方だと僕は思う。彼女はただ学校に来て普通に授業を受け普通に過ごしていただけだ。それをさも特別なことのように捉えてしまうのは逆に失礼だろう。
佐奈の行為は無論、間違ってはいない。ただ結果からするとよくはなかった。その誰に対しても平等に接しようという行為は、時に余計なお世話になってしまうことがある。今みたいに周りの空気を察して行動した結果がこれだ。……もしかすると、これから彼女が学校に来るという理由すら奪ってしまったかもしれない。
だからこそ少しはわかっただろう、そういう人間がいることが。余計なことをしてその人の根幹に首を突っ込めばどうなるか。おそらくは、僕もそうなっていたかもしれない。あるいはそうなるのかもしれない。佐奈含め僕自身にもついてきた『嘘』を、僕はどうしても認めたくないのだ。
そんなことを思いながら、僕は教室を出た。