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雨之雫(あめのしずく)  作者: さすらいの乙女
本編
6/36

雨・静寂

『本物』と佐奈が揶揄したクラスメイトのことを、僕はよく知らない。というかその女子はあまり学校に来ることがないのだ。

 今も噂されている『雨女』という名前は、それこそ雨のように静かに広まっていった。

 きっかけはその女子と同じ中学だったという女子。よくある女子トーク中についでのように語られたエピソードが女子づてに広まっていったらしい。


 ————中学の時、あの子のクラスだけプール授業ずっと雨だったらしいよ。

 ————修学旅行はあの子が風邪で来なかったから三日間ずっと晴れてたよ。


 中には尾ひれのつきすぎだと感じるものもあった。そしてそのどれもが、その女子生徒を貶めるためのものであったことは結果を見ても明らかだった。


 その女子は、気まぐれに学校にくる。それがなぜか、だいたい雨の日だったりする。

 しかし、そんなことは偶然に過ぎない。

 もはや、雨の日だと気づいた時に学校に来ることを決めているようですらあった。


 ……そして今日は、雨の日だった。


 傘を差して登校すると、昇降口には多くの生徒が入り乱れていた。「あーだりー」とか「今日は中練かぁ……」など、気の落ちた発言しか聞こえてこないのがなんだか不思議である。

 靴箱を開けて上履きに履き替えたところで、後ろから声を掛けられた。


「よっ」


 振り返ると佐奈だった。

 返事を返すと怪訝な顔をされてしまう。


「おはよ」

「元気ないなぁ、ちゃんとご飯食べた?」

「それで元気になれるなら、五限目に眠くなる理由を説明してほしいところだよ」

「……よかった、いつもの拓だ」


 安心したのか、佐奈はほっと息を吐く。僕はいつも僕なんだけど。雨のせいかな……。

 同じクラスだから自然と教室まで並んで向かう流れになる。


「雨って気が滅入るよね。髪乱れるしメイク崩れるし」


 どこともなく佐奈が呟いた。


「前半には一理あるけど後半は共感できないかな。……ていうかメイクってしてきて良いものなの?」

「なわけないじゃん。友達と遊びに行ったりした時とかの話」


 ……なんだ、そういうことか。けど学校ですっぴんを見せ合っているのだから、わざわざメイクしてまで外で会う必要なんてあるのだろうか。女子って難しい。

 そんなこと考えながらしばし、やがて教室に着く。


 そこはやはりというか、どよーんとしていた。

 教室に入ってすぐ佐奈は手をふり全員に挨拶する。


「おはよー」

「おーっす」

「佐奈っちおはよー」


 いつもは「へーい」とか言ったり、抱きついたりしているクラスメイトたちが皆、意気消沈したような元気のない挨拶を返していた。

 雨は人の気分まで左右してしまうほど恐ろしいものなのか……。そんなどうでもいいことを思いながら、僕は窓際二列目の自席につく。そしてその前の席に佐奈が鞄を下ろした。


「みんな元気ないね」

「そうだね」


 僕は年中こんな感じなので、雨に左右されたりはしない。くるなら来い、でも毎日はやめてほしい。

 そんな僕を佐奈がじとっと見つめてくる。


「拓は変わらないね……」

「良い意味でだよね」


 言うと佐奈は黙って視線を逸らす。黙るということは認めたということだからここは素直に受け取っておこう。ついでに言うと佐奈も年中変わらない、もちろん良い意味で。


「でもこういう荒れた日って何か起こりそうで怖いよね」


 言った佐奈に僕は「それフラグ?」と思いながら「だよねー」と頷く。正直やめてほしい、そういうの当たりそうだから。

 僕は頬杖つきながら、窓の外を見る。暗い。完全に雲が空を覆っていた。


「せめて夏休みだけは晴れてほしいね」


 ぽつりと呟くと、佐奈は「それだよぉ……」と項垂れた。……ちょっと、僕も寝たいんだけど。


 しかし問題は起こらず、そのまま昼休みとなった。いつもは外で食べているひとも今日はそういうわけにはいかず、皆一様に机に座って昼食を食べている。


「静かだね……」


 向かい合い座る佐奈が周りをちらちらを窺いながら呟く。


「そうだね」


 別に居心地が悪いわけではないから僕はあまり気にならない。


「気になるなら行ってくれば?」

「え……?」


 平然と言うと、佐奈は虚を突かれたような反応を見せた。僕は周りを見渡して続ける。


「僕はこのまま静かに食べてるからさ、遠慮せず行ってきなよ」

「じゃあ……、拓も一緒に行こうよ……」


 おずおずと誘ってくる佐奈に僕は苦笑する。


「たまには静かに食べるのも悪くないから、今回は遠慮しておくよ」

「またそれ」


 呆れてため息を吐かれた。悪いなとは思う。佐奈にも、彼女たちにも。……けれど間違ってはいない。

 佐奈は俯きがちに言った。


「……わかった。気が向いたら来てよね」

「了解」


 そのまま昼食の残りを持って、佐奈は友達のもとへと駆け寄っていく。その様子をぎーこぎーこと椅子を傾けて眺めながら、僕はパンをかじった。


 ……なにも、嫌いなわけじゃない。……ただ、苦手なだけなのだ。


 どちらかといえば一人の時間が好きな方で、周りに合わせたりするのはあまり好きじゃないし得意じゃない。

 だから、話し相手はいてもいなくてもいい。むしろ、いることが奇跡みたいなものだ。


 すると、向こうの空気が明らかに変わった。佐奈ひとりの存在でその沈んだ空気がぱっと明るくなる。雨の日にだけ登場する期間限定の太陽は、容易にクラスの雰囲気を晴れに戻した。

 だから本当、申し訳なく思う。


 そこで不意に、扉が開けられた。その登場により、空気がたちまち凍りついた。


 僕はふと考える。もしその人が雨女だったとしても、明るい性格のひとならばそんな呼び方はされないのではないか。あだ名とは得てして残酷なもので、その人の印象から想起される場合が多い。例えば『もやし』とか。

 それはともかく、ならばその女子がそう呼ばれる理由は、都市伝説でもなんでもなく、ただ見た目から来ているのではと考えずにはいられない。……濡れた髪。制服。長髪によって隠れた顔。そこから受ける印象はまさに『雨に濡れた女』だった。


 進級して初めてクラスにやってきたその女子生徒は、まるで一人だけ嵐にでも遭ってきたかのように、ぽたぽたと床に雨粒を落としながら教室に入ってきた。


身体の細い男子ってけっこうな確率で『もやし』ってつけられますよね。まあ僕は『ごぼう』でしたけど笑。


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