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雨之雫(あめのしずく)  作者: さすらいの乙女
本編
2/36

田舎・故郷(ふるさと)

 田舎とも都会ともいえない中途半端な町というのが、僕が此処に抱いている率直な印象だ。人が少ないわけではないけれど、畑もあるし田んぼもそれなりにはある。遠くへ行けばもっと田舎っぽいところも多少なりある。


 最近都市化が進みビル建設などが所々で始まっていると聞くけれど、今のところそんな感じは受けない。

 通い慣れたバス停の前で目的のバスを待っていると、突然後ろから声をかけられた。


「やっほ」


 振り返ると見慣れない恰好をした女子が一人、右手に袋に入ったアイスバーを持って立っていた。


「……佐奈(さな)か」

「なにしてんの、こんなとこで」


 こてりと首を傾げて聞いてくる。


「何ってバスを待ってるんだよ。見ればわかるでしょ」

「いや、そのリュック。……大きすぎない?」


 言われて僕は首を回した。「あぁ」と、視線を佐奈に戻して答える。


「いまから山に行くからさ、そのため」

「山ぁ? 山籠もりってこと?」

「そんな修行みたいに言うなよ。普通に星を見に行くだけだから」

「ああ、なるほど……」


 事情を理解したのか佐奈はアイスの袋を開封する。何もここで開けなくても、と思ったけれどもう遅い。とりあえず一歩下がる。さりげなく。


「拓、美術部だったもんね。……あれ、違うか。何部だったっけ。……写真部?」


 首を傾げて訊ねる佐奈に僕は呆れもせず平然と答える。


「天文部だよ」

「ああ、……ごめん。でも何か本格的だよね、登山家って感じ」


 僕よりも少しだけ背の高いリュックをうわあと見上げながら、僕よりも身長の低い佐奈はアイスを頬張る。


「アイスうま」


 当てつけか。

 対抗したわけじゃ決してない。ただちょっと喉が渇いた気がしたので、一晩冷蔵庫に入れてキンキンに冷やした水筒を取り出して傾ける。スポドリうま。

 それを見ていた佐奈がぽっと咥えていたアイスを抜き取って聞いてきた。


「ていうかそろそろ夏休みだけどさ、予定とか決まってる?」

「部活の日以外は基本的に山に行くつもりだよ」

「もうそれ修行増じゃん」


 だから違うって。言い返したい気持ちはあったけれど真顔で指摘されては否定しても信じてはもらえなそうだ。面倒なので話を振る。


「そっちは?」

「さっさと課題終わらせて遊ぶ!」

「現実的だなあ……」


 感心したような反応をすると、佐奈は解け始めたアイスをふりふり振った。


「だって遊ばないと損じゃん。あたしらもう二年だよ?」


 二年の夏が高校で一番楽しいとはよく言ったものだと思う。僕が「まあね」と曖昧な相槌を返すと佐奈がアイスを向けてきた。ちょっとかかったんですけど……。


「拓も暇になったら連絡してよね」

「ま、ぼちぼち機会があったらね」


 予定を埋めておこう。

 予定を消す予定ができた瞬間に視界がバスを捉えた。


 奥の交差点で見慣れた配色のバスが赤信号に止められている。やがて信号が青に変わると、それは一直線にこちらへと向かってきた。


「じゃ」

「うん、明後日ね」


 振り向きざま別れの挨拶を交わし僕はバスに乗り込んだ。定期券をスキャンして席に着く。

 二十分後、目的の場所に着いた。定期券を見せて運転手の確認を得たところでバスを降りる。

 新鮮な空気が僕を出迎えてくれた。


 『乃木岳(のぎだけ)』と呼ばれる此処は町の外れにあるいわゆる田舎に属する地域だ。山に囲まれて建物よりも田んぼの方が面積の広いこの地域は、改修工事が未だに一つもされていない。きれいな町といわれるとそれまでかもしれないけれど。

 ひとまず朝食を買いにコンビニへ。山から吹いてくる穏やかな風が夏の暑さを少しだけ和らげてくれるからか、足取りもさっきまでより軽かった。


 朝食は済ませているから昼食にサンドイッチと夕食のおにぎり二つ。そして飲料水も買っておく。ミネラルウォーターが一番良いと云われているのは百も承知の事実だ。けれど、こういう暑い日はキンキンに冷えた味付きの清涼飲料水が一番おいしい。僕は棚から桃エキス入り清涼飲料水とみかんエキス入りのものをかごに入れた。

 あとは適当なお菓子。気分はチョコレートよりかはクリーム入りのパン菓子だった。小腹が空いたときか、夜の夜食程度のつもりでいくつか買っておく。


 会計は千円ほど。思ったより高くついた。

 飲料水とそれ以外とに分けてもらったレジ袋をそれぞれリュックの開いたスペースに入れる。


 さあ出発だ。


 コンビニを出て、街道沿いに草の生えた道を進んでいく。

 歩き慣れた道ではあるけれど昔はもっと楽だったように思う。それこそスキップしながら虫取り網やかごを持ってはしゃいでいた。


 引っ越す前の話だ。この地域だけでなく、田舎から中央に移り住むという話はよくある。僕たち森島家もその例に漏れず、父親の会社が近くにあるという理由もあってか、小学校に上がった頃今の家に引っ越してきた。


 と、昔のことを思いだしている間に目的地へと到着する。山の入り口だ。目印の鳥居が目線よりやや高く聳えている。

 鳥居をくぐるとそこからは山道が続く。今はなだらかに感じる傾斜も、初めに登ったときはかなりきつかった。一歩が大きくなっていても体力とかモチベーションなどは昔の方が高かったからか、相対的な疲労はほぼ同じだった。昔も今も変わらず整備された道、時折見かける看板なども前来た時と何も変わっていない。それがどこか懐かしく、昔を思い出すようで僕は目を細めた。


「はぁ、はぁ……」


 雨が降ったわけでもなんでもなく、ただ水捌けの悪いぬかるんだルートに差し掛かる。そこを抜けるとあとは斜面があるだけだ。日射しが遮断されているから疲労もそこまでじゃない。

 斜面を抜けると周囲が明るくなった。頭上を覆っていた森林が無くなり、一気に開けた場所に出る。ここが今回の目的地だ。


 といっても頂上ではない、いわば中腹にあたる場所だ。僕の住む町の景色が遠くに広がっている。


 僕は一番良いところに腰を下ろした。目立つように立っている一本杉の真下だ。ここなら日差しもある程度遮ってくれるからすごく涼しい。それでいて風は両方向から吹いてくるからたまらなく気持ちいいのである。

 僕はこまめに飲んで今はわずかになったスポドリを全て飲み干すと、すかさずリュックに入れた。同時に取り出したサンドイッチはやや折れ曲がっていて、少しだけ気分が落ちる。


「うま」


 それでも味に変わりはなく、つい声が漏れた。三百何円の味も頷くうまさだ。そして菓子パンを一つ取り出す。


「あまっ」


 スポドリの塩分成分が甘さを引き立てたのか予想以上に甘かった。所々に見えるレーズンが理由だろう。さすが菓子パン。


 最後あたりは少し飽きていたのでみかんエキス入りの清涼飲料水で流し込む。


「ごちそうさまでした」


 目を閉じて合掌する。食べ物の恵みに感謝。と、腹がふくれたところで眠気がやってきた。


「寝るか」


 本能の赴くまま、僕は地面に寝転がる。陽がちょうど高く昇り切った頃だった。


 やがて目覚めたのはそこから四時間ほど後。空の色も変わり始めるかといったところだった。だいぶ惰眠を貪ってしまったらしい。

 しかし空には雲一つない。ここまで晴れた日は今までもそうそうなかったかもしれない。

 僕は急いで準備を開始した。まずはテントの設置。昼間はともかく夜は虫も湧くのでテントがないと満足に眠れないのだ。

 設置し終えるとあとはひたすら時が過ぎるのを待つ。見頃は午後九時過ぎ。雲一つないこの空なら、きっと最高の画が撮れるだろう。

 目の前が壮大な街並みであるお陰か、眺めているだけで時間は過ぎていった。


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