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雨之雫(あめのしずく)  作者: さすらいの乙女
本編
1/36

プロローグ・天気予報

 ふと思い出したように目を開けると、外はまだ雨が降っていた。

 時刻は深夜遅く。携帯は水没したかちっとも反応を寄こさず、身体は凍えるように寒い。


 ————僕は遭難していた。


 いや、遭難というと語弊がありそうなので言い直しておく。突然起こった大嵐によって、僕はとある山に取り残されていた。

 現在は偶然見つけた洞穴の中で独り縮こまり、時が過ぎるのを待っている。震えながら。


 助けは来るはずもない。もともと一泊する予定だったのだ。


 ふいに、ぐううと腹が鳴った。偶然だとは思うけれど、ちょうどお腹が空いてたまらなかった。短パンのサイドポケットに手を突っ込み、まさぐる。……あった。降り始めたとき咄嗟に入れた食べかけのコンビニおにぎりが一個。これは奇跡だと思い取り出す。


「うま……」


 かたくなってしまったおにぎりでも、その時だけは何にも勝るおいしさ感じた。

 腹がふくれて眠くなるとはよく言うけれど、この眠気は疲労と、そしてとりあえずの安堵だったのだと思う。

 僕は眠った。

 そして今朝のことを思い出す。







 朝食のパンをかじりながら、僕はいつも見逃す天気予報に視線を向けていた。お天気キャスターの女性が『はい』と返事をしてデジタル表示された都道府県ごとの見慣れた天気図を指差し棒で丁寧に説明している。


『全国のお天気をお伝えします。今日は関東から関西の広いエリアで一日晴れ間が見えそうです。お出かけ日和となるでしょうが、水分補給をこまめに摂って体調管理には充分お気をつけください。一方東北、北海道では—————』


 晴れるそうだ。よかった。僕はほっと息を吐く。今日は出かける予定だったのでまずは一安心。

 食卓の前。ソファーに腰掛けて同じようにテレビに視線を向けていた母親がコーヒーをテーブルに置いて言う。


「晴れるんだって」

「らしいね。洗濯にはもってこいだ」

「あんた、今日もどっか行くんでしょ?」

「まあ、ちょっと山にね」


 返答しながらジャムを塗る。今日は爽やかなレモンの気分だった。視線を向けると天気予報は終わっていて、一般のニューストピックスが流れている。

 視線はテレビに向けたまま、母親が訊ねた。


「日帰りだっけ?」

「いや、一泊するつもりだよ。今日は特に雲が出てないらしいから」

「念のため、合羽持って行きなさいよ」

「わかってるよ」


 軽く聞き流して僕は返事した。鬱陶しいとは思わないけれど、あまり言われて嬉しいものじゃない。山には何度も行っているし、雨に遭ったことも何度かあった。合羽はもちろん、必要なものは全て用意している。心配は何一つとして無い。

 僕は話を逸らそうと話題を変えた。


「父さんは?」

「仕事。まだ帰れそうにないって」


 短い返答が返ってきた。べつに期待していたわけじゃないからどうといったことはない。

 食べかけのパンを二口三口で食べ終え、僕は居間を後にした。


 自室に戻ると、ベッドの前に立て掛けられた大きなリュックを持ち上げた。

 行く前にもう一度確認しておく。懐中電灯、1リットル水筒、財布、一人用テント、ビニール袋、汗拭きタオル、雨合羽、……その他諸々。

 ちゃんと一式揃っている。面倒で省きたくなってしまう時もあるけれど、これをしないといざという時に後悔するから、ちゃんとするようにいつも心掛けている。


 そして着替えを済ませ、部屋着から登山用の格好へとフォームチェンジ。動きやすいクリーム色の短パンに無地のシャツ。帽子は入れると嵩張りそうなので置いていくことにした。夏の日射しには慣れている。その後歯磨きなど身支度を整え終わると、僕はリュックを背負いながら玄関に下りた。

 ちょうど母親が歯磨きをしながら洗面所に向かうところらしく、しゃこしゃこしながらこっちを向く。


「行ってきます」

「ん」


 靴を履き外に出た。

 まず僕を迎えたのは、夏の暑い陽射しだった。


 ……なるほどこれは強烈だ。けれど怯むほどじゃない。それほど苦も無く一歩を踏み出す。

 さて、まずはバス停に向かうか。



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