平和と決断
「あなた、 私の従者として帝国に使える気はない?」
「あぁ!
なに言ってんだ!」
俺は驚いた。
今日会ったばかりの人間に従者として仕えないかだと……
そんなのごめんだね。
俺はこの傭兵団に恩がある。
死んでもここを出ることは無い。
「悪いが断る」
「どうして?」
フレアは少し笑みを見せながら問う。
「俺はこの傭兵団に恩がある。
その恩を返すために、 俺はこの体が朽ちるまで戦い、 勝利を与える」
「へぇー。
でもそれってなんだか人間として生きてないよね?」
湯気が立ち込める大地でフレアは景色を見ながら言う。
「もとより人間としての生き方などしていない。
俺は戦いしか知らないからな」
「いいの?
このまま終わって」
フレアは……
帝国の姫フレアランテは俺にそう問いかける。
「別にいい。
俺はこの槍を持っている限り、 その生き方しかできない」
俺は赤い炎槍を見つめる。
この槍の名前は『炎槍ビースト』。
俺たち傭兵団の団員が皆この槍を使おうとしたが誰一人扱うことができなかった。
母の話では、泣き喚く赤ん坊の俺に近づけると、一瞬で泣き止んだらしい。
それ以来俺だけがこの槍を扱うことができた。
いや……
昔からおかしなことはあったな。
戦場を駆ける時も飛んでくる矢が俺に当たりそうなときに体の周りが炎に包まれ、まるで俺を守るように矢を吹き飛ばしていた。
何で今こんなことを思い出しているんだ?
『ごめんね。 一緒に居れなくて……ごめんね』
「うっ!」
「ん? 大丈夫?」
なんだ?
誰かの声が……
すごくきれいな人が俺を抱きかかえている。
涙を流しながら……
「大丈夫ですか?
すごく苦しそうですけど……」
フレアが俺を心配して近づいてくる。
「大丈夫だ。
問題ない」
何を思い出し……
これは記憶?
俺は少し痛い頭を我慢しながら先程の話に戻す。
「話の続きだが」
「はい」
「なぜ俺を従者としたいんだ?」
「あなたは私が今まであった誰よりも強いです。
帝国の屈強な戦士よりも、 この傭兵団の誰よりも」
「今日会ったばかりの人間にか?」
「これでもいろんな戦士を見てきたのよ。
目には自信があるわ」
「じゃあ聞く。
なぜそこまでして皇帝になりたい?」
フレアは少し遠くを見つめる。
「私はこの世界平和な世の中にしたい」
「あ?」
「誰も戦うことのない世界。
誰もが笑顔でいる世界。
そんな世界を私は作りたい」
「そんなことは無理な話だ。
その願いは数多の英雄。
数多の王が幾年にも掲げた夢だ。
だが結果はどうだ?
戦争は絶えぬし、 今こうして俺たちが息している間にも、 殺されている奴はいるのだ」
「そうですね……」
フレアは悲しそうに俯く。
「それに俺の先生はこう言っていた」
「先生?」
「フェンリルの先生だ」
「神獣の?」
「まぁ聞け。
先生は戦争が無くならない理由は、 平和と記憶だと言った」
「平和と記憶?」
「そうだ。
戦争と平和は表裏一体だ。
平和が長続きするほど、 戦争が記憶から薄れて消えていく。
そして戦争がまた起こる。
そしてその恐ろしさを知った者は平和を作ろうとまた努力する。
だがまた長続きするほど記憶から消えてしまう」
俺だって誰かが死ぬのは見ていて辛い。
だがそれが現実だ。
「お前が願っている者は、 先人たちが追い求めても掴めなかったものだ。
つまりは不可能なんだよ。
それでもお前は皇帝になってもその願いを叶えようとするか?」
フレアはまた考えた。
さっきよりも長く。
「それでも……」
「あ?」
「それでも私の願いは間違ってないと思います!」
「はぁ!」
「確かに不可能でしょう。
ですが、 せめて私の目に届く範囲だけでも救える。
私の志を伝えることはできる。
それだけでいいんです。
たとえ平和のために大勢の命を奪うことになったとしても、 この願いは決して間違いではないのだから!」
なにを言っているんだ。
平和とはみんなが死なないことだろ。
まるで……
「長い年月をかけていいんです。
人間ですもの!
間違いを犯します。
嫌な人もいます。
ですが、 私はこの命が滅ぶまで、 この願いを次の者に託し、 つかの間の楽園を築きたい。
あなたにはその願いを助けてほしいのです」
俺は……
分からなくなった。
人を愛し、子を産み、屍として朽ちていく。
その人間の一生が恐ろしかった。
年月が経てば、自分の生きた証拠が忘れられてしまう。
それが怖かった。
だから名声を求めて戦いに明け暮れた。
永久に己の名を残すために人を殺しまくった。
殺した者の顔を誰一人だって忘れていない。
いつか地獄で会うその時まで・・・
──そうか……
──こんな人間がいたのだな。
「いいだろう」
「え?」
「その夢・・・
俺も見たくなった」
「え?
私……てっきり断られると思って」
「出発は一週間後な!
帝国まで俺を案内しろ。
それまでこの景色を楽しんでおけ」
「あっ、 はい」
フレアが間抜けな顔で返事する中、俺は心の中で決める。
こいつの手は汚させない。
手を汚すのは俺がやる。
その平和を邪魔する者を貫く槍となるために・・・
俺はたぶんそのために生まれたのだから。