楽園への鉄槌
ぼくは小さい頃から祖父母に育てられてきた。両親が自由を謳歌し、ぼくをほったらかしにしたからだ。祖父母の愛しかぼくは知らない。
両親の愛情なんて微塵も感じたことがない。もはや両親は他人といってもいいくらいだ。だから、両親がいないことに対して何も感じない。彼らには彼らの人生があって、それにはぼくが邪魔だとわかっていたから。成人し一人の大人に認められたからこそ余計にそう思う――ぼくには伴侶も、もちろん子供もいないけど。自由がなくなるなんて考えられない。誰かのために生きるなんて考えられない。やりたいことを好きなだけやって、自由気ままに生き続けたい。
ぼくにとって一番大切なのは祖父母だ。祖父母がいたから、ぼくはここまで成長できた。祖父母には感謝しかないんだ。
やんちゃで能天気なぼくを正しい道に導いてくれた。
いつも笑顔で優しく迎えてくれた。
自分を犠牲にしてでもぼくを守ってくれた。
いつでもぼくを信じてくれた。
ぼくの大切な祖父母。
いつまでも一緒にいて、幸せを感じていたいと願った。
それなのに、ぼくは祖父母と離れ離れにならなければいけない。
いたるところにその広告は溢れていた。どこまでも透き通る青い海や郷愁感じる里山、快適で完璧な設備を誇る魅惑の施設、それらを背景に幸せそうに微笑む老人たち。
そこには大きくこんなことが書かれていた。
いままでのご褒美に最高の贅沢を
楽園があなたを待っている
あなたの新しい人生は六十五歳から
他にも様々なバリエーションがあるけど、その広告に書いてあるのは今までの苦労をねぎらう文言で、特権階級への昇進を示唆するものだ。
その特権階級というのは誰が呼んだか知らないけど、有閑階級と呼ばれている。この有閑階級というのは六十五歳に達した人間が自動で移行する階級で、『楽園』と呼ばれる国営の保養施設に死ぬまでいることが出来る。
『楽園』は文字通りの理想郷で、広告に描かれているような最高の場所だ。誰もが『楽園』に行くことを夢見て、資格を得た者は喜び勇んで旅立つ。だから誰も帰っては来ない、帰る必要がない。望む物はすべて揃っているから。死ぬまで『楽園』で幸せを享受する。
『楽園』は先の大戦で市民が得た権利で勲章なんだ。誰にも侵すことが出来ない神聖な権利。
だから、祖父母が六十五歳に達した今『楽園』に旅立つことを止められない。ぼくを育ててくれた祖父母の幸せを邪魔するなんて出来るわけがない。それはぼくの将来を否定することにもなるから。
祖父母が『楽園』へ旅立つ時が来た。ぼくは笑顔で送り出すと決めていた。ぼくが情けない顔で見送ろうものなら、二人は『楽園』を諦めて、ぼくのそばに寄り添っていてくれると知っていたから。
祖父母はそんなぼくを見て何かいいたげだったけど、笑顔で「いってきます、手紙書くね」とぼくのもとを去った。
祖父母が何をいおうとしたのか想像もつかなかった。あれだけ夢見た『楽園』に行くのに、何をいうことがあるんだろう。
今までの思い出?
別れることへの悲しさ?
新しい環境への不安?
ぼくを残していくことへの罪悪感?
どれもしっくりとこなかった。
どれも些細なことにしか思えなかった。充分語り明かし、認識し、共有していると思っていたから。
ぼくは馬鹿だった。
祖父母と触れ合えなくなってから、ぼくは祖父母が何をいおうとしていたのかわかった気がした。
今までの幸せな生活の思い出。
二度と会えないことへの悲しみ。
ぼくがいないことへの不安。
自分たちだけが何不自由ない生活を享受することへの罪悪感。
たかだか数日で、二人の想像したかもしれないことがいくつも浮かび上がった。
ぼくは祖父母の手紙を心待ちにすることになった。祖父母とどんな形であれ触れ合えれば、ぼくの心に巣食う後悔と悲哀に満ちた感情を清算することが出来ると思ったから。
そう、ぼくは後悔と悲哀に満ちていた――もっと祖父母に感謝の言葉を述べておけばと、離れ離れになることを悲しみ哀れめばと。
幾日かの間、後悔に頬を濡らし、ついにぼくのもとに手紙がやってきた。内容はいたって簡素で、ぼくが求めたものじゃなかった。
私たちは幸せに暮らしています。
何も心配はありません。
自分の人生を楽しんでください。
これだけだった。直筆ではなく印刷されたもの。祖父母の気持ちなんてこれっぽちも伝わらない。簡素で白々しいものだった。
そんなことは信じられず、後悔と今までの感謝を込めてぼくも手紙を書いた――そうしたら、祖父母も心からの手紙を送ってくれると信じて。
返信は一か月近くたって来た。
また簡素な手紙だった。ぼくの気持ちに対する答えは微塵もなく、ただ『楽園』のすばらしさを称えるだけの文言だった。
ここは最高の場所です。
すべてが揃っています。
また会えることを願っています。
中身のない定型文で、ぼくのことなんて眼中になかった。家族という絆を忘れ去ってしまったようだ。
ぼくは信じられなかった。
手紙を書き続けた。
祖父母からの手紙はいつも簡素で温もりなんてかけらもなかった。
半年ほどたち、手紙を送っても返信が来なくなった。
ぼくの心には「見捨てられたのでは」という気持ちが不本意にも強くなった。祖父母はぼくを見捨てないとわかっているのに。それなのに、不安を拭い去ることが出来なかった。どこかで祖父母を信じられていなかったのかもしれない。
ぼくは手紙を書き続けた。
いくら手紙を送ろうとも返信は来なかった。『楽園』に問い合わせてみても「あなたに対して手紙は出されていないから、どうしようもできない」といわれるだけだった。
いよいよ真実を受け入れるしかなかった。
祖父母は老人の理想郷にうつつを抜かし、ぼくを忘れてしまった。中学校や高校を卒業してから、それまでの友達と連絡を取らなくなるように。
祖父母の気持ちもわからなくはなかった。ぼくもいつの間にか連絡を取らなくなった友達がいるから。それと同じだと自分に言い聞かせることは出来た。
でも、家族の絆がそんな簡単に綻びるとは思えない自分もいた。だから、ぼくは手紙を書き続け、『楽園』に問い合わせ続けた。
それでも、ぼくの叫びは誰にも届かなかった。祖父母からの返信はなく、『楽園』からは素っ気ない返答だけ。
そんな中で、衝撃的なニュースが世間を騒がせた。
『楽園』はすべて嘘だった!
『楽園』の強制労働の実態!
『楽園』の隠された真実!
こんな見出しとともに『楽園』の実態を告白する記事が三流雑誌にリークされた。
ぼくらは当然、怒り狂った。政府に対し、抗議の声を上げた。誰もが両親や祖父母を『楽園』に送り出していたからだ。大切な人の窮状を黙って見過ごせるわけがない。
しかし、ぼくらの抗議が本格化する前に、新たなニュースが世間を駆け巡った。
『楽園』の実情を暴露した記者は敵国のスパイ!
我が国を陥れるためのプロパガンダが世間を駆け巡る!
敵国のネガティブキャンペーンを阻止!
暴露した三流雑誌の出版社以外の全ての報道機関が先の暴露を事実無根と否定した。敵国による内部分裂を促す破壊工作だろうと断定した。政府もその報道を肯定した。大多数がそれで納得がいった。
だけど、ぼくを含めた少数派は納得できなかった。『楽園』にいる人たちがぼくらの前に姿を現すことを求めた――大切な人との再会を求めた。
政府と『楽園』による弁明は速やかだった。『楽園』の代表者を立てて、『楽園』のすばらしさを説いたんだ。
『楽園』の居住者はなんの不自由もなく暮らしている
『楽園』には幸せが溢れている
『楽園』は我が国が創りあげた唯一無二の理想郷
血色よく、満面の笑みを湛えた老人が滔々と語る姿を見て、自分たちが考えていたことが杞憂だと思い知った――ぼくを除いて。誰もが政府の言葉を信じ、再び『楽園』を夢見た。
世間は抗議をやめた。
『楽園』の騒動は忘れ去られた。
日常が瞬く間に舞い戻ってきた。
ぼくは政府の説明など信じられなかった。
祖父母に会うことだけを願った。
――――祖父母に見捨てられたなんて考えたくなかった。
ぼくは祖父母に会う方法を探し始めた。
あらゆる文献を読み漁り、思い当たる人物に聞き込みを重ねた。すべての時間を祖父母に会うために捧げた。
しかし何も得ることはできなかった。いくら調べても、『楽園』がどれだけ素晴らしい場所なのかという決まりきった空虚な文句しか出てこない。
『楽園』が一体どんな場所にあって、どれだけの老人がいて、どんな人間が働いているかなど、具体的なことも一切わからない。
あまつさえ誰も知ろうとしていない。いつか自分たちが行くことになるのに。誰もが抽象的な文言で満足し、ただ『楽園』を夢見るだけ。現状に満足し、将来のことなど露程も考えていなかった。
もはや、ぼくは『楽園』を信じない異端の徒で、迫害の対象になり始めていた。誰からも差別され、ぼくの話を聞くものなどいない。
どこに行っても後ろ指を指され、親しい仲間はぼくのもとを離れた。唯一、ぼくを愛した祖父母がいない状況では拷問に等しい日々。
ぼくはいつでもどこでもひとりぼっち。
だからこそ、ぼくは祖父母との再会を諦められなかった。
祖父母と再会し、あの無上の愛を享受したかった。
幸せなあの頃に戻りたかった。
ぼくは何も間違っていないといって欲しかった。
祖父母に対する愛は尽きることがない。ぼくを動かす原動力となり、ぼくは闇雲に突き進み続けた。
そして、ぼくはあることに気づいた。それはとても些細なことで、幾度となく目にしてきたこと。誰もが知っていて、それを目にしたところでなんの違和感もないこと。
いままで気づかなかったことが恥ずかしくなるくらいに、曖昧模糊とした『楽園』についての文章の中で唯一燦然と輝いていた。空虚な文章の中で、唯一実態を持っていた。
それは我が国の戦後復興を指揮し、今なお絶大な人気を誇る国家元首の名前だ。
初めてこの事実に気づいた時、ただの思い過ごしだと思った。我が国の最高権力者の名前が我が国における最高の福祉施設についての説明の中に登場するのは、当然だと思ったからだ。
そう思いながらも、『楽園』についての調査が行き詰っていたぼくはなんの気なしに、今まで手に入れた資料を漁ってみた。
すべてにおいて、国家元首の名前が刻まれていた。
国家元首について調べ始めたのはいうまでもない。これが唯一の手掛かりなんだ――ぼくを祖父母へと導くための。
国家元首についての情報は面白いほど簡単に集まった。生年月日に出身地、親族について、細かな経歴など、プライベートなことまですべて丸裸だ。
その中でぼくの目を引いたのは、国家元首の軍歴についての項目だ。将校として先の大戦に従軍し、終戦時には捕虜収容所の所長の任についていたという。
国家元首の年齢からすれば、何も不自然なところはないはずだ。なのに、ぼくは胸騒ぎがした。何か重大な秘密が隠されているような気がした。
日を追うごとに胸騒ぎは大きくなっていった。そして、理由のわからない胸騒ぎはなぜか祖父母と『楽園』に結びつき、国家元首に会えばぼくの願いは叶うと信じるにいたった。
普段のぼくなら考えられないような論理の飛躍だ。小学生でもあまりに稚拙な思考で歯牙にもかけないぐらいだ。
でも、ぼくはこの馬鹿げた考えから抜け出せなくなっていた。憑りつかれていたといってもいいかもしれない。誰からも見向き去れず、すべての石をひっくり返してしまったぼくにはそれしかなかったんだ。
ぼくはあらゆる手段をもってして、国家元首と接触しようとした。だけど、上手くいくわけもない。国民誰もが受け入れる政策に、唯一異を唱え、あまつさえその政策を主導した国家元首に会おうとしているんだから。
ぼくが国家元首の立場でも会うわけがない。最悪、殺されるなんてことも考えられるんだから。
ぼくの予想はいい意味で裏切られた。国家元首のプライベートな邸宅に招待されたんだ。高級車での送迎付きで。
正直、信じられなかった。夢か幻覚、それかぼくの異端な思想のせいで処罰されるものかと思った。ぼくを迎えに来た黒服の男性に会うまでは。彼はぼくが会った誰よりも紳士的で友好的だった――夢や幻想の産物、もしくは処罰を与える人間には思えない。
異端の徒として扱われていたぼくはあまりの優しさに涙しそうだった。祖父母と別れてから初めて受けた優しさかもしれない。
ぼくの住んでいるところから何時間も揺られて、ついに国家元首の邸宅が見えてきた。それは今まで見てきたどんな建物よりも荘厳で威厳に満ちていた。まさに一国の最高権力者が住むにふさわしい邸宅。生唾を飲み込んだのはいうまでもない。
邸宅の前に車がつけられ、家主――国家元首だ――自らがぼくを迎えてくれた。
写真や映像で見るよりも、我が国の最高権力者は小柄で好々爺という印象が強かった。激動の時代を先陣切って駆け抜け、数々の偉業を成し遂げて来たとはとても思えない。ロッキングチェアに揺られ、パイプを燻らせているのがお似合いだ。
少し拍子抜けして緊張が和らいだぼくに、我が国の国家元首は旧友と顔を合わせたときのように優しい笑顔を向けた。
「遠い所からよく来てくれたね。募る話もあるだろうが、まずはこの自慢の家を案内させてくれ」
国家元首は軽い足取りでぼくを巨大な邸宅へ招き入れた。
国家元首のいう通り、巨大な邸宅は自慢に値する場所だった。古今東西、あらゆる年代の逸品がさりげなく飾り立てられ、静かで優しく、気品あふれる空間を演出している。仮になんの説明がなかったとしても、ぼくはこの光景に見惚れて長い時間を過ごしたはずだ。
あらゆる権力を掌握する人間とは思えない好々爺が自慢したくなるのもうなずけた――ぼくもこの建物の持ち主ならそうしていただろう。この建物は厳粛で完全に調和のとれた完璧な場所なんだ。どんな精神状態でもこの場所に来れば、神聖な気持ちになり、重大な決断も啓示を受けたかのように即決することができるだろう。
国家元首のプライベートツアーは一時間ほどで終わり、ぼくは書斎へ案内された。
書斎は今まで目にした荘厳で気品溢れる空間とは違い、実用的で簡素だった。実務に必要ないものは一切排除されている。温和で好々爺だった国家元首も、まさに最高権力者という佇まいに変身を遂げていた。
「君は楽園について知りたいらしいね」
威厳に満ち溢れた声。国民の誰もが知る国家元首がぼくの目の前にいた。
「祖父母から手紙が来なくなって心配なんです」
ぼくは一国の権力者の威厳に気圧され、恥ずかしいほどか細い声しか出せなかった。
国家元首はそんなぼくの姿に優しく微笑み、静かに訊ねた。
「それで、私に連絡したのかい?」
「はい、それしか思いつかなかったんです、ほかの人は誰も相手にしてくれなくて」
子供のような自分の言い草に腹が立った。これじゃ社会科見学の小学生と同じだ。
「君の祖父母は楽しく暮らしているよ。直接は知らないがね。あそこはそういう場所なのだ。それで充分じゃないかな?」
「いえ、ぼくは祖父母に会いたいんです」
国家元首はぼくの言葉に苦笑いした。彼からしたら、地団駄踏んでおもちゃをねだる子供に見えただろう。実際、ぼくのやっていることはそれに近いんだけど。
「私にはどうしようもできないのだよ あそこは出たいと望んだ人しか出られないし、一定の年齢にならなければ収容されない。決まりなのだ」
国家元首の言い回しが引っかかった。自分から望んで入る場所なのに収容? あまりにも横暴な言い方だ。
「収容?」
無意識に言葉に出していた。
国家元首はひらひらと手を振りながら笑った。
「今のは言葉の綾だ。気にしないでくれ」
手振りを交えて言い訳する国家元首に違和感を覚えた。
畳みかけるなら、ここしかない。
ぼくは唯一にして最大の切り札を出すことにした。どんな効果を与えるのか、はたまた効果を与えることが出来るのかさえわからずに。
「捕虜収容所の所長だったんですよね」
幾分、自信のこもったぼくの言葉に、国家元首は嬉しそうに笑った。
「君は随分勉強熱心みたいだね。そんな昔のことを持ち出すなんて。私も忘れていたぐらいだよ」
昔を懐かしむように中空を眺める国家元首に、ぼくは質問を続けた。
「なにか関係があるんですか?」
国家元首は懐古を邪魔されたことに不満の表情を表した。しかし、それも一瞬のことで、再び中空を見つめ、決意したように口を開いた。
「秘密というのは、誰かに話したいという葛藤と戦うということなんだ」
唐突な物言いに、理解が追い付かなかった。
「なんの関係があるんですか?」
「少し聞いていたまえ……。私はね、これだけ生きているから、たくさんの秘密を持っている。いつか誰かに話さなければパンクしてしまうような秘密をだ。私はそれを抱え過ぎているのだ。誰かに話したくて仕方ない。そして、君は私の欲求を刺激した。膨れ上がった風船に針を刺した。だから、君に話そう。君には責任を持って聞いてもらおう」
佇まいを大袈裟に直して、国家元首は語り始めた。
「私は君の言う通り、捕虜収容所の所長だった まあ、所長といってもしがない軍人だがね。そこで、私はたくさんの残虐な光景を見た。君は想像がつくかい? 衰弱しきった使い物にならない人間を見たときの、血気盛んな人間がとる行動が」
ぼくは首を振った。わかるわけがないし、わかりたくもない。
「そうだろうとも。君らはあの暗い時代を知らない。戦争を知らない。そんな君に教えてあげよう。弱い者は犠牲になるのだよ。身ぐるみはがされ、こき使われ、人権など無視されてね。私はそんなものを目撃して驚愕したよ。これが理性ある人間の所業なのかと。だがね、別の考えも持った。弱き者であってはいけない、強くあろうと……。その時はそれだけだった。そして、戦争が終わり、私の地位はみるみる上がった。戦場で誰もが死んだからだ。階級や生まれなんか関係なしに。だから私は出世せざるを得なかった。そして、ただ衰えるだけで何の役にも立たない弱き者が震える様を見た。糞の役にも立たない弱き者が私たちに非難の声を上げるのを見た。私は腹が立った。彼らを守るため戦い、必死に働いてきたのに、彼らはただ口を開けて食べ物をねだるだけなのだ。あまりにも身勝手で傲慢な行為だ」
憎々しげに彼は吐き捨て、話を続けた。
「私に一つの考えが浮かんだ――啓示といってもいいかもしれない――『この弱き者どもに責めを負わせなければ』と。そこで私はある政策を推し進めた。弱き者――すなわち老人だ――を罰するための誰もが納得する政策を。そして、私は偽りの楽園を築いたのだ――老人が自ら進んで身を亡ぼすような場所だ。誰もが大手を振って歓迎した。老人は歓喜した。これこそ、これまでの世界を築いてきた先人へのねぎらいだといって。これから苦痛が待ち受けるとも知らずに」
彼は残忍な笑みを浮かべていた。
「そして、なにも知らない能天気な老人は『楽園』に送り込まれ、自らの罪を償うため死ぬまで働かされた」
ばくは何もいえなかった。いえるわけがなかった。誰もが尊敬する国家元首がこんな非道な考えを抱き、実際に行動に移したなんて信じられない。
「君ももう理解しただろうが、あの楽園はただの強制労働所なのだよ。何も生み出すこともできないのに声だけデカい老人を罰するための。彼らのせいで戦争の道へと進まざるを得なかった。彼らのせいで幾人もの未来ある若者が死んだ。そんな世界は間違っている。今後、そんな間違いを犯さないために、あの楽園を築いた。君には申し訳ないが、祖父母は名前も人権も奪われ、罪を償っているか、もう死んでいるだろう」
ぼくの反応を見るように、国家元首は間を置いた。ぼくは自分がどんな表情なのか見当もつかなかった。少なくとも国家元首の納得する表情だったようだ。
「これが私の秘密だ。誰にも待ち受ける運命だ。誰も反対することはないだろう。老人はお荷物だと知っているから。自分がその負担を強いられたくないから、私の作った楽園は消えることがない」
すっかり語り終えた国家元首のすっきりとした顔を見て、非道な行いに嫌悪感を覚えた。だけど、少しだけ、彼のいうことがわかってしまったぼくがいた。足腰の弱い祖父母に寄り添うのは実に骨が折れたからだ。あのまま共に暮らせば、自由が著しく制限されるのは目に見えていた。
祖父母のような人たちがいなくなれば、自由な生活が出来る。祖父母を介護するなんてことになっていたら、不自由さのあまり逃げていたかもしれない。老人は自由の足枷でしかない……。
そんなことを考えている自分に苛立った。あんなに愛情を持って育ててくれた祖父母をお荷物と思うなんて……。
でも、もう会いたいとは微塵も思わなかった。助けたいとは露程も思わなかった。自由を失うことが怖いから。
いつか誰かがいっていた。「愛情は無限で、優しさは有限」だと。ぼくは自由を失ってまで祖父母を助けたいと思えなかった。祖父母に対して抱いていた思いは無限の愛情ではなく有限の優しさなんだ……。
ソファーにふんぞり返り、秘密を暴露した満足感に浸っている国家元首が目に入った。彼はもはや屍だった。声がデカいだけの役立たずだ。
ぼくに出来ることは明白だった。
ぼくは有限の優しさを持って、無限の愛情で接してくれた祖父母にせめてもの罪滅ぼしをしなければいけない。
ぼくは目の前に鎮座する醜い屍に正義の鉄槌を下すことにした。 了




