#8賽の河原
私は積み上げていった。
一つ一つ、丁寧に、精査しながら、ただひたすら。
もうこれをどれくらい続けたのだろうか
5日?いや、1週間はたったのだろうか
カツン
誰がの足音が響く。
あいつだ、あいつが来る。
あいつは1日3回、決まった時間に現れる
歩きながら周囲を見渡し、誰かに目をつける。
一歩ずつ、ゆっくりと歩き、私の横を通り過ぎ、少し歩いた所で、突然踵を返した。
あいつは近づき、私が積み上げてきた努力の結晶を眺め、微笑み
「お疲れ様」
そう言って積み上がった私の努力の結晶をあいつは奪い去って行く。
ブゥゥー!定時を伝えるブザーがなった
ブザーに気付き、一度自分の時計を確認し、あいつは口を開く
「はい皆さん、お疲れ様でしたー、定時ですので上がってくださーい」
「今日は頑張りましたね」「すごいですね、ありがとうございます」そう労いの言葉をかけ
あいつ各席を周り、私達が「積み上げた書類」を回収していく。
ここは「賽の河原」
…なのだが、一般的に想像される、いわゆる「三途の川・賽の河原」とは、かけ離れている。
川沿いに建つオフィスビル「賽の河原」の2階にあり、2、30人分位の席のあるオフィスで、ここに連れてこられた人達は
死んだ人間の人生のレポートを書かされる
「死者がどういう事をしどういう人生を歩んできたか」それをオフィスアプリでまとめるの繰り返し、印刷して積み上げる。
それをきっちりとしたスーツを着た鬼が労いの言葉と共に、回収に回る
きっと私が死んだ時もここでレポートを作って、それが来栖のもとに行ったのだろう。
しかも作業時間は昼休憩を挟んでの、9時から18時。オフィスの上の階が寮になっていて作業終了後は寮で自由時間。
これが「地獄・賽の河原」だ
これが地獄だと言うのなら現世には地獄以上、いや地獄以下の職場がほとんどだろう。ここは本当に地獄なのか、それとも現実の会社が本当の地獄なのか
「神谷さん、ここに来て一週間なのにこれだけ打てるのはすごいですね。この調子でやればすぐにポイントも貯まりますね」スーツを着た鬼が労働者に労いの言葉をかける
「あ、ありがとうございます」
なぜかたじろぐ私
後に来栖になんでこの鬼たちはこんなにも低姿勢なのかを聞いたら、どうやらあの世でもパワハラが問題となり、その余波がこの賽の河原まで及んだとか。あの世も色々と気にし過ぎているみたいだ
ビルの一階にあるコンビニでチューハイとつまみを買い。
もう私はあの世にコンビニがあるくらいで驚かない。
仕事を終わったら決まって寮で独り晩酌。
ここで働いて一週間。もはやちょっとしたOL体験だ。OLになった事がないからよくわからないけど
「OLって大変だなぁ」
なぜか独り言をつぶやいてしまった。ちょっと気恥ずかしい。
島を出てすぐの頃は新聞配達をやっていたけどあの時は東京で生きていくために必死だった。
今は腰を据えてあの世の賽の河原で働いてる。
自分のポイントを稼ぐために
起きては出社しデスクに向かい仕事をして帰って晩酌して寝る、その繰り返し。
何でもない、きっと私が死んでいる事以外はやっている事は普通の事。
起きて、仕事して、食べて、寝る
起きて、仕事して、食べて、寝る
普通の事、普通の繰り返し。
起きて、仕事して、食べて、寝る
起きて、仕事して、食べて、寝る
この普通の繰り返しが私を普通にさせる。
思い出した、いや思い出してしまった。
今まで私を突き動かしてきたものを。
「私、社会不適合者なのかな」
私はそうつぶやき、賽の河原を抜け出した。