#5内見
「あーあーあー!」赤ちゃんが泣いている。
すぐさまその赤ちゃんをあやし始める9歳くらいの女の子。
きっとこの子はこの赤ちゃんのお姉ちゃんなのだろう。
池袋の外れ
閑静とは言えないけど、すぐそこの繁華街に比べればだいぶ落ち着いた所にある新しくも古くもないマンション。
そこが私の来世の最初の内見物件。
部屋は1LDKで、キレイしているし、お姉ちゃんも妹の面倒をしっかりみている。良い姉妹だ
それにわたしは今、死んで以来一番はしゃいでいる。
私と担当の来栖はこの姉妹の家の中にいる。
しかし姉妹は私達に気がついていない。当たり前だ私達はこの姉妹に見えていないのだから、きっと今の私は生きてる人達にとってはいわゆる「幽霊」なのだろう。
来栖いわく、私達は普通に話していても人には私達の声は聞こえないし、私達の姿は基本的に見えない。
だけど稀に私達を認識できる人がいるらしい。
きっとそれが霊感があるとかないとか、そういう話なんだと思う。
何にせよ、普通の引っ越しの内見だってテンションが上がるのにこんな人の家の中を覗くなんてテンション上がらないはずがない。
死んでいる自分に対してこんなポジティブな感情が湧くなんて思ってもいなかった。
「神谷さん、どうですか、この物件は?」
もはや完全に不動産屋と化した来栖が私にここの印象を聞いてきた。
もちろん今のところ別に大した不満もないし、この部屋もこの姉妹の妹になるのも悪くない。
「そうね、いいと思うわ」気軽に返す私。
「そうですか、あ、そうだ言い忘れてました」
来栖が突然、人を不安にさせる様な言葉を口にする。
こんなタイミングにそんな言葉から出てくる情報に何か良いことを期待できる訳がない。
「ここはシングルマザーです」
少しホッとした。
今時シングルマザーもそんなに珍しく事じゃ無いし確かにこの姉妹に両親2人の4人家族にしては部屋も狭めだ。
「そうなの、別に気にしないわよ。そのお母さんはいつ戻ってくるの。赤ちゃんもいるしすぐに戻ってくるだろうけど、時間かかるなら他の内見も行きましょ」
ここも良いけど他の家族もその家の中も見たい、私はそう思った。
それにしても「子は親を選べない」とはよく聞くけど現実はそうじゃないらしい。
「ああ、母親なら帰って来ませんよ」さらっと答える来栖
「え?」
「ここはネグレクト物件」
「ねぐ、れくと?」突然の横文字に対応できない私
「ネグレクト、いわゆる育児放棄です」
明らかに理解していない私に答える来栖
「ええ⁉」やっと理解した私
「最後に母親が帰って来たのは3日前、着替えを取りに来たみたいですね」
「そんな、じゃああの子達は…」
「ええ、3日前からあの姉が妹の赤ん坊の世話をしています。」
動揺する私に冷静に応える来栖。
「どうですか?気に入りましたかこの物件は」
「気に入るどころか、あの子達の未来が心配で気が気じゃないわよ‼︎‼︎」
「そうですか、じゃあ次の内見に行かれますか?」
来栖が見せたサイコパス感に恐怖を覚えながら私達はこの物件を後にした。
どうかこの姉妹が幸せになれますようにと願いながら。