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黒の魔剣士3

 峠に辿り着いた時には、おそらく深夜を回っていたように思う。


 馬を降りて、光る魔石を灯り代わりに手にして辺りを窺うが、回収されていないはずの遺体は見当たらない。

 一見すると、何事も無かったかのようだが、話を聞いているセスは注意深く目と耳を澄ました。


「……………フレニム?」


 そこでようやく愛剣が響かす音が耳に入って、セスは腰に下がるフレニムへと視線を落とした。


 その時だった。

 峠の右手の木の上から、いきなりキマイラが一体飛び降りて来た。

 鋭い爪が自分を引き倒そうと迫るのを、セスは魔石を手から落とすやフレニムを抜き受ける。


「ギイャアア」


 獅子の頭なのに鳥のような奇怪な声を上げたキマイラが、翼を羽ばたかせて空中を駆けるようにして、セスに爪を繰り出す。

 剣ではね除けると、彼は走り出した。馬は魔物に驚いて既に逃げてしまっている。

 ここにキマイラがずっといたなら、おそらく遺体は奴の胃袋の中だろう。


 峠を越えた右側には、背の高い草木が密集して生い茂り人が入り込むのは難しい。左側は崖だから、一本道を進むしかない。


 追いかけてくるキマイラの羽ばたきの音と息遣いが雨音を遮り、それが真後ろに近付いている。


 逃げおおせる気はしないし、逃げる気もない。

 懐から魔石を一つ前に投げると、先に一本道の終わりが見えた。森へと続く道が左右に分かれてあり、その辺りは広場のようになっている。戦うには、そこが都合がいい。


 もう一体はどこだ?


 二体だと記憶していたセスが、後方のキマイラの周りにはいないようだと思っていたら、神経を尖らせた彼の耳が、崖下から翼の羽ばたく音を拾った。

 挟み撃ちにされると察した彼は、脚に力を入れて止まった。ザザッと雨のぬかるみで滑るのを利用して振り向き、キマイラの攻撃のタイミングを見計らい剣を素早く突き出す。


 微かに胴を擦ったところで、上半身をバネのように捻りざまに、崖から現れて首に牙を立てようとしていたキマイラを下方から上へと斬り上げた。


「ヒギイイイ!」


 手応えがあり、崖下へと墜ちていくキマイラを横目に、すぐに前を向けば体勢を立て直したもう一体が再び攻撃をしてくるところだった。


「うっ?」


 自分の意思とは関係無しに腕を引っ張られる。

 ドシュッと嫌な音を立て『フレニムが』キマイラの腹を突いた。


 フレニムが勝手にセスの魔力を引き出し自らの魔力と合わせている。予測していなかった彼は、いきなり魔力を吸われるような感覚に目眩を感じた。


「フレ、ニム?」


 魔物の血を食し、セスの魔力を合わせた魔剣が、突き刺されても尚もがくキマイラに焔を浴びせた。


「ギイャア!!」


 巨大な火柱となったキマイラが短く鳴いたのを最後に、みるみる消し炭になるのを見ていたら、ふいに声が降った。


「その魔剣、フレニムだな?」


 いつからいたのか。

 一本道の終わりの広場にダークグレーのコートを纏った男が立っていた。

 男がフードを取り払えば、闇色の髪が露になった。


「おまえも捜していたのだろう?これを」


 魔石の光に、ぼうっと浮かぶ男の手には、雨に洗われる抜き身の魔剣。


「これ、だと?」


 意味が分からなかったが、セスは憎しみを込めて叫んだ。


「俺が捜していたのは父の仇である貴様だ!!」


 同調するかのように、キイイイと空気を震わせてフレニムが鳴く。気に止める余裕は無かった。

 セスは両手で柄を握ると、男へと駆けるや剣を振り上げた。


 今まさに男を斬ろうとした矢先、切っ先がぶれてかわされる。


「なっ?!」


 かわされただけでなく、男の魔剣が腹を浅く斬り、セスは何とか跳びすさったところで膝をついた。

 だが手がフレニムに引っ張られる。痛みで一瞬力が抜けた途端、手から魔剣が抜け、男を目指して飛んでいった。


「く、フレニム!」


 驚く素振りも見せずに男が軽く魔剣て受け流し、フレニムが宙を舞った。地面に落下したところを急いで拾えば、セスの魔力を使って今度は攻撃魔法へと改変したフレニムは、渦巻く火炎を放った。


 それを避けた男に、またしてもフレニムが飛びかかろうと手から離れようとする。


「待て!フレニムどうしたんだ!」


 腹からヌルリと流れるものを感じ、セスの身体がすううっと冷たくなる。

 暴れる魔剣は、セスの声も聞こえていない。

 冷ややかに男は様子を見ていたが、やがて魔物を置き土産に去っていった。


「フレニム……フレニム」


 やっと見つけたというのに、目の前で逃がした。

 悔しさと憤りが胸を占めるが、不思議とフレニムを怒る気にはならなかった。


 いや、もうそれどころじゃないか。


 フレニムを抱きしめて、セスは目を閉じる。

 魔物の前に愛剣と共に身を置けば、一人で死ぬよりは悪くない。




















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