スメル
初めて投稿します。短いですが、よろしくお願いします。
入りたての彼の部屋は、グレープフルーツの匂いがする。
だけど私は煙草を吸うから、部屋の匂いはたちまちハイライトの匂いに変わってしまう。私は其れを酷く悲しく思う。彼のグレープフルーツが下らない煙なんかに独占されてしまうなんて。でも私は煙草を吸うのを止めない。彼がこの煙草の匂いが好きだから。
「灰皿、ある?」
「どうぞ」
彼はガラスで出来た灰皿を私に寄越してくれた。私の為に態々買って置いてくれている物だ。私は慣れた手付きで灰を落とした。以前煙草だったものは音も無くばらばらに崩れた。
「その煙草、いいよね」
彼は灰皿を見た後私の持っている煙草を眺め、微笑みながら言った。
「其れ、前も聞いたわ」
そうだったね、と彼は呆けて笑った。その顔がとても可愛いから、なんだか嬉しくなった。煙草を吸ってて良かった、と思った。
「貴方も吸えばいいじゃない」
「吸われる煙草の匂いが、いいんだ」
変な性癖。思ったけど言わなかった。
「だけど私は、貴方の部屋の匂いが好き」
彼は困ったように笑った。でも私は好きなのよ。とても。
「何時もすれ違いばっかだよね、僕たち」
そうね、と言おうとした瞬間、煙草がポロリと私の足の甲に落ちた。
「あつ…」
あーほんとばかだなぁわたし。私は落ちた煙草を拾って灰皿に捨てた。落ちたとこが赤くなっている。それを見た彼は心配しながら、濡れタオルを持ってくるからと部屋を出て行った。
「すれちがいばかり、かぁ」
何故か悲しくなった。そしてとても情けなくなった。自然に涙が流れて、其れは赤くなったところに落ちた。少しだけ、痛かった。
読んで下さってありがとうございました。