第2話 幼馴染は勇者のたまご
森の中を四人の男女が歩いている。
「この方角であってるのか? レイラ」
「ええ、大丈夫よ」
「こんな事ならフラーと別れる前に空間魔法でララスタだっけ? 送ってもらえば良かったな、レオン」
大きな槍を背中にかけた黒髪短髪の寡黙そうな男が、ローブを纏った魔導師の女性――レイラを振り向く。その隣では大小二種類の盾を持つ豪快な雰囲気の男が一回りほど線の細い美青年に話しかけていた。
「たまにはいいじゃないか、昔に戻ったみたいで」
金髪と珍しい白の鎧が木々から差し込む光に反射して神々しさすら感じさせる美青年――レオンは程よく筋肉のついた腕で己の身長ほどありそうな長剣を振った。途端、短い奇声が発せられ、モンスターが血を吹きながら真っ二つになった。
「ようやく待ち望んだ子に会えるんだ。これくらいは我慢しようじゃないか、皆」
サッと剣を振って血を払ったレオンに三人は頷き返す。
「目的地まであと少し。張り切って行こう」
そう仲間を鼓舞して見上げた視線の先には、ララスタの大聖堂がチラリと見えていた。
◇◆◇
何事だと広場にいた人々はもちろん、洗礼の儀の順番を待つ少年少女も鐘を見上げる。カァン、カァンと街中に鳴り響く鐘にざわめいていると教会の扉が勢いよく開いた。
「勇者様の再臨に祝福を――、今ここに新たなる『意志を継ぐ者』が現れた事を我々は宣言します――」
修道女の言葉にその場にいた全員が静まり返り、『意志を継ぐ者』が現れるとワッと歓声が上がった。
そうだった、洗礼の儀の時に鳴る鐘は勇者の祝福だった。一体どんな子が勇者に選ばれたのか、一目見ようとただでさえ混雑していた教会前が大勢の野次馬でごった返す。
俺も気になってその野次馬の一員になり、握手を求められたり声をかけられている勇者様とやらを見て、思わず叫んだ。
「ニコ?!」
揉みくちゃにされながら修道女の隣で眉をハの字に下げて困った様子でいる気弱そうな少年は、間違いなく村から一緒にやってきたニコだった。
ところどころ毛先が外にハネた茶髪に茶色い瞳、太めの眉の全体的に柔らかな雰囲気の少年だ。「勇者様、バンザーイ!」なんて見ず知らずの人間に万歳されて戸惑っていたニコは、俺の声が聞こえたのか、こちらを見てパッと表情が明るくなった。
「ル、ルカ!」
ニコがこちらに駆け寄ってきたことで周りの人が道を開ける。俺の前までやってくるとニコは心底安心したように息を吐いた。
「よかった、ルカに会えて……」
「勇者ってどういう事だよ? 何があったんだ?」
「それが……」
ニコは頭上に浮いていた神託を取って見せてくれる。そこには「【称号】勇者の意志を継ぐ者」という文字が書いてあった。
マジか。
【所持スキル】
《聖剣》
《幸運》
自己回復Lv.1
【その他】
光の加護
ユニークスキルが2つもある?!
その下に書かれたグラフも魔力・精神力・剣術などほとんど満点に近い。
俺のグラフは器用貧乏という称号並みにほぼ平均値で揃っていたが、ニコは特に剣術のレベルが高いようだ。
いや、それよりも……。
困ったように眉を下げるニコを上から下まで見つめる。見た目は田舎の村にいる気のいい奴という感じだ。実際、ニコは良いやつだ。争い事が嫌いで、怒っているところを見たことがない。俺が主役だとしたらニコはその友人で、いつも相談に乗ってくれる幼馴染ポジション、魔力もスキルも平均的な気のいい村人……だと思っていた。
「……マジかよ。めっちゃ主人公じゃん。何この勇者の意志を継ぐ者って」
「こんなの絶対何かの間違いなんだって! 俺なんかが勇者のはずないだろ……?! 選ばれるなら、ルカみたいに何でも出来るすごい奴に決まってるんだ!」
目を輝かせて力説する姿からニコが本気でそう思っていることが分かる。勇者に選ばれた少年にすごいと言われた俺に群衆の視線がグッと向いた。
「勇者様が認めるなんて、きっとすごい方なのね」
「確かにタダモノじゃない雰囲気……」
「どんなスキル持ちなんだ?!」
コソコソ聞こえる囁き声と期待のこもった視線に俺の背筋を嫌な汗が伝った。
「女神様の神託、ルカはどうだった?」
……子どもって時に残酷だよね。
俺が器用貧乏を引き当てたなんて夢にも思っていないニコの期待が痛い……。
「いや……俺は全然、大したことなかったよ……」
「嘘だ! 女神様が夢に出てくるくらい期待されてるルカが大したことないはずないよ!」
嘘じゃねえ……! お願いだからやめてくれ〜〜!
全てを知った今となってはただの忠告だった女神様の夢だが、そんな事ニコは知る由もない。どんどん周囲の期待のハードルが上がっていくのを感じて吐き気がしてきた。