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はじまり

 セレス村は人口が50人ほどの小さな村だ。

 足首まで伸びた柔らかな草と鮮やかな実をつけた背の高い木々が生え、すぐそばには山があり、栄養素の豊富な湧き水が村を潤す。美しい景観を損ねることのない三角屋根の小さな家がぽつぽつと建つ風光明媚な村として有名である。

 村人は皆、顔見知りばかりのため、大きな争いは起きたことがない。ルカはこの穏やかな村を気に入っていた。


「ルカ、洗礼の儀は受けるんだろ?」

「もちろん!」

「夢に女神様が現れるなんて聞いたことないよ。きっとすごいスキルが付与されるんじゃないか?」

「そんなことないって」


 この世界では13歳になると近くの教会で洗礼の儀を受けることができる。スキルや自身の魔力・体力のパラメータなど、適性と傾向が分かる『女神様の神託』を受ければ、冒険者になることも、魔法学校へ進学することも、はたまた騎士を目指すこともできるのだ。


 そのため、今年13歳になるルカもやっと洗礼の儀を受けることができる事を心待ちにしていた。

 何より、同い年のニコが言ったように夢に女神様が出て来たのは村でもルカだけなので、謙遜しながらもどうしても期待してしまう。


「どんなスキルが出るか楽しみだね」

「ああ!」



 ◆



 何度も見ている夢なので感覚でルカはそれが女神様だと分かった。今日もいつものように霧がかかる視界の中央にベールに包まれた美しい女の人が立っている。


『ルカ……洗礼……ギルドへ』


 途切れ途切れに聞こえる言葉もいつも通り。明日はいよいよ洗礼の儀だ。ルカの村には洗礼を受けられる教会がないため、少し遠出をして都市にある大聖堂へ向かう事にしていた。


「女神様、明日、大聖堂へ向かいます! 待っていてください!」


 笑顔で告げたルカにいつもベールで見えない表情が少し慌てたように感じた。ぱくぱくと口が動く。


「? なんですか?」


 言葉を読み取ろうとした瞬間、目が醒める感覚がする。


『来て……せん、あき……』


 何が言いたいのか分からず、聞き返そうとしてパチリと目が覚めた。見慣れた天井にルカは二、三度瞬きをする。


「……なんて言ってたんだろう」


 うーん、でも洗礼とかギルドって言ってたし、洗礼の儀をしてからギルドに行けって事かな?

 そう無理矢理納得して、手早く身支度をしたルカは、既に準備を終えて待っていたニコと共に村人たちの見送りを受けながら大聖堂へと向かうのだった。



 ◇



 セレス村から馬車を走らせて半日、ようやくこの辺りで一番大きな都市・ララスタに到着した。ずっと座っていたので痛む尻を撫でながら、二人は少年少女が列を作る大聖堂の最後尾へと並ぶ。


「まるでお祭りだね」


 大聖堂の周りには許可をもらっているのか怪しい屋台が長い待ち時間でお腹を空かせた少年少女を誘い、売り上げは上々の様に見える。ニコとルカは村から持たされたパンを取り出して腹ごなしをした。


 列に並んで1時間半が経った頃、ようやくルカの順番がやってきた。洗礼の儀は決められた教会の指定された期間でしか行うことが出来ないため、混雑は予想していたが呼ばれる頃には疲れ切っていた。


 既に神託を受けた面々の表情は様々だ。喜ぶものや、外れスキルだったのかガックリと肩を落として出てくる者もいる。別に神託がその後の運命を左右するわけではないが制限される事は多い。どうか珍しいスキルや役に立つスキルが付与されますように! そう心の中で念じながら、ルカは儀式の間の扉を開いた。






 自慢ではないが、ルカは村でも優秀な部類の人間だった。

 両親は幼い頃に死んでしまったが、引き取ってくれた母方の祖父母の手を焼かせたことはない。大抵のことは出来たし、初めて行うことでも何回かやれば習得した。だから、当然、自分は選ばれた人間だと思っていた。


 儀式の案内をしている修道女に促されるまま、部屋の中央に置かれた水晶に触れた。辺りが光に包まれ、一際強く瞬く。

 自分にはユニークスキルが付与されるはず――ルカにはそんな根拠のない自信があった。


「……ん?」


 説明では水晶に触れると目の前に巻物状(スクロール)の神託が現れるはずだった。しかし、眩い光の後に目を開けると、何故かベールを纏った一人の女性が立っていた。

 あの人……どこかで見たような? そんな疑問に答えるように彼女はとても残念そうに溜息をついた。


「何故来てしまったのですか。あれほど来てはいけないと忠告したではないですか」


 その声音にルカは聞き覚えがあった。


「まさか、め、女神様?」


 美しい女性が肯定するようにルカを見つめ返す。

 それより来てはいけないとはどういう……? そう考えるより早いか、突然ルカを激しい頭痛が襲った。


「ウッ?!」


 ガンガン響く頭痛と共に様々な情景が脳内を駆け巡り、ルカは嘔吐感を覚えた。頭と口元を押さえ呻くルカを女神は憐れむ。そしてせめてもとその背中を細い手で撫でてくれた。


「もう少しの辛抱です。時期、同期が完了します」


 同期って? 一体俺の体に何が起きてる?

 次いで、口も聞けないほどの目眩が襲い、グルリと視界が一回転したかと思うと、一気に視界も思考もクリアになった。女神の言葉を借りるならば、同期が完了したようだ。


 そして次に女神様を見た時にはルカは彼女の言葉を理解していた。何故、ここに来てはいけないと告げていたのかも。


「大丈夫ですか?」

「ええ……、大丈夫です。まだ少し混乱していますが」


 応えるルカの表情は数刻前の神託を待つ屈託のない子どもではなかった。まるで過労死寸前のような悲壮感の漂う表情で、夢も希望もない瞳が女神を写す。


「うぅ……、悪い夢みたいだ。でも本当なんですよね。俺、()()()死んだんですね?」


 あの時とルカが言ったのは先程目まぐるしく脳内を駆け巡ったイメージの一つ。

 くたびれた安物のスーツを着た冴えない一人のサラリーマンが深夜の駅の階段を降りている。目の前を歩いていた若い女性が、不安定なほど細く高いヒールを履いていて、よく歩けるな? と感心していたら案の定滑り落ちたのだ。それを助けようと彼女に手を伸ばし、そのまま落下する自分の体。


 ガツン! と強い衝撃を頭に感じたと思う間も無くブラックアウト。そして気づいたら自分の体は縮んでいて――正しくは少年になっているのだが――目の前には美しい女神が立っている状況だった。


 そうだと疑いなく受け入れられるのは実際に死んでしまったからか、詳しくは分からないが、ルカ――イメージの中では田中透という名前であった男はぐったりしながら女神に尋ねた。


 女神はすぐに頷き肯定する。


 イメージの残像でまだ頭がグラグラしている。

 加えて、死ぬ間際に聞いた「エッ、うそ死んじゃったの?! えっ、これミキのせい?! うそ!」という声が頭に響いてますます脱力感に襲われた。


 まさかあんな事で死んでしまうなんて!


 自覚したら何だか悲しくなってきた。水面に広がる波紋のように次から次へと後悔が浮かんでくる。


 もっと早く仕事を切り上げて帰っていればよかった。やりたい事だってまだたくさんあった。

 楽しみにしてた漫画の最終回も見てないし、それに、まだちゃんとした彼女もいた事なかったのに! 残業なんかしないで合コンに行けば良かった。


 生きた証を何一つ残さず、あんなにもあっけなく死んでしまうなんて!


 一度溢れ出すと止まらないもので、一体何のための人生だったのか……という絶望感と、新しい人生の狭間で混乱するルカを見て、不憫に思いながら女神は口を開いた。


「だから洗礼には来るなと忠告したでしょう。私も必要以上にあなたを苦しめるような事はしたくはなかったのですよ」

「あんな壊れかけのラジオみたいなのじゃ伝わりませんよ!」

「……その様ですね、残念です」


 肩をすくめた女神にルカは「一体、何が起きてるんですか?」と涙まじりに尋ねた。今度は情けなくなってきた。精神が不安定すぎる。


「心配せずとも時期に人格は最適化されますから安心してください。今は一時とはいえ人格が2つ、1つの器に入っている様なものですから、不安定になってしまっているだけです。元の性質は同一人物ですから大丈夫ですよ、分裂したり、壊れたりしませんから。ええ、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないで」


 聞きながらみるみる顔色が悪くなったのだろう。女神はまたルカの背中を慰める様にひと撫でした。


「つまり、今思い出したのは前世の記憶ということですか?」

「簡単に言えばそうなります。あなたは一度死んで、輪廻転生したので」

「……こういう事ってよくあるんですか?」

「転生はもちろん、日々繰り返されます。ですが、普通は3歳くらいで前世の記憶は消えるのです。思い出せないほど新しい生に馴染むというか……しかしたまにこういうイレギュラーもありますよ。ですがそれも20歳くらいになれば馴染んで思い出すこともないのですが」


 時々、ルカのように洗礼の儀をきっかけに前世の記憶を思い出し、一時的でも激しい混乱と拒絶反応を引き起こすことがあるため、そう言ったときには未然に防ぐ工作が行われるのだという。今回、ルカに夢を通して忠告をした方法は失敗だったようだが。


「前世を思い出して混乱や拒絶反応を起こしても、時期に馴染みます。いつまでも不安定な状態ではありませんから安心してくださいね」


 その言葉に多少なりともルカの心は落ち着きを取り戻し始めた。何とかなると分かったら現金なもので、前世で楽しんでいた漫画や小説のテンプレを思い出した。


「こういう異世界転移とか転生モノって大体すごく強いユニークスキルとか付与されるじゃないですか! 俺ももしかして……!」

「残念ながら、あなたは正規の方法で輪廻転生されたので、特に何もありません。イレギュラーがあるとすれば前世の記憶があることくらいでしょうか。それも時期に消えていきますが」

「マジか……」


 別に転生したから強くてニューゲームとかないらしい。ちょっと憧れてたのに……。

 肩を落としたが、ふと重要なことに気づく。


「俺が前にいた世界ってこんなファンタジーじゃなかったですよ?」

「世界は1つではないのです。あなたの知らない場所で、あなたの知らない理論に基づいた全く新しい世界が無数に広がっているのですよ。詳しい説明はどうせしても分からないでしょうから省きますね」


 あ、今さりげなくバカにされたのか?

 ジトっと女神様を見つめるルカに気づいているのかいないのか、女神は指を動かすと紙芝居のような映像を映し出した。


「死を経験することで肉体を失うと、魂という精神生命体に変換され、魂は集合体に還ります。やがて輪廻転生という魂の循環が行われると、魂は肉体のような制限を受ける物質ではありませんから様々な場所へ行くことができるのです。なので、あなたのように世界を移動する魂が現れることもあるという事です。わかりますか?」


 人から飛び出した光の玉が違う場所に飛んでいって新たな生命に吸収されていく。なるほど、何となく言いたいことは分かる。


「同じ世界で輪廻転生する人もいるという事ですか?」

「そうですね、基本的には。なので、あなたが珍しいケースというのは否定しません。ただ期待しているような強くてニューゲーム? といった事象は発生しませんが」


 女神様は俺の思考を読み取ったようで聞きなれない言葉に首を傾げつつも、そう説明した。


「ともあれ、あなたはもうこの世界の住人です。洗礼の儀を受けたからには神託を授けます。例え望まぬ結果であろうと、どうぞ受け取ってください」


 女神様は一言多いのではないだろうか。

 今度こそ目の前に現れた巻物状(スクロール)の神託を見て、俺は目を瞠った。



【所持スキル】

 複製 Lv.1

 仮相 Lv.1

【称号】

 器用貧乏



 スキルはまだいい。問題は称号だ。

 大成しないことで有名な称号・器用貧乏の文字に俺は二度目の絶望を味わった。器用貧乏はある程度までは絶大な効力を発揮するのだが、早熟する反面それ以上の成長は望めない、平凡以下にもなりかねない称号だった。村を出る前、ニコと「この称号はイヤだリスト」のトップ5を飾り、2人で笑い飛ばしたそれである。


 ルカの脳裏に「二十歳過ぎればただの人」という言葉が過ぎる。何ということだ。村では手のかからない優秀なルカ、将来が楽しみだと持て囃され、いい気になっていたが何て事はない。ただの早熟型というだけだった。


 ほ、他に、他に何か! 何かないのか!


 せっかく生まれ変わったのだ、何か1つ特別な何かはないかと神託を穴が空くほど上から下まで見ていると、滲み出るように【その他】という項目が現れた。



【その他】

 女神の情け



「情け?! 情けって何?!」


 思わず声に出ていたようで、向かいにいた女神様から「え?」と驚きの声が返ってきた。


「加護なら分かるんですけど、情けって何ですか?」

「えっと、これはですね。一応特殊スキルのようなものなのですが……、簡単に説明すると、お祈りすると私と話すことができるスキルです」

「え?」

「神官クラスが私たち神と話をするために使うスキルによく似たものなので珍しいものですよ」

「何に使えるんですか……?」

「そうですね。神官スキルと違って私限定になるのですが……愚痴くらいなら聞きますよ。何だか私はあなたに興味を持ってしまったようですし、それにこの時期以外は暇なので」


 絶対最後のやつが一番の理由だ!

 そう思ったと同時に再び辺りが光り始めた。


「そろそろ時間のようですね。何か用があればお祈りしてください。あ、くれぐれも洗礼の儀の期間後でお願いしますね。忙しいので」

「お、俺はこの後どうすれば?!」

「いずれ前世の記憶と現世の記憶は最適化されますが、しばらく混乱は続くでしょう。最適化されるまで辛抱してくださいね。あとは新しい人生をどうぞ楽しんでください。私からは以上です」


 そんな現場リポートみたいな返しって。そう突っ込む暇もなく、笑顔で手を振る女神様を見つめながら瞬きをゆっくり1回行えば、元の儀式の間に戻っていた。

 目の前には神託があり、開いた状態から自動的に巻き取られ、光の粒になって左の中指に当たった。光が弾けるとタトゥーのような指輪の模様が刻まれる。


「神託を確認する場合は模様に2回触れてください。神託は身分の証明にも利用できます。冒険者になる場合は冒険者ギルドへ、魔法使いを目指す場合は魔法ギルドへ、適性に迷う場合はギルド総合本部へどうぞ」


 案内役の修道女の繰り返された定型文であろう言葉を聞きながら、ルカは呆然と儀式の間を後にした。


 ぼんやりするルカを見てこれから洗礼の儀を受ける少年少女が様々な想像をして哀れみの視線を向けてくるが、そんな事はどうでもよかった。


 さっきまでの女神様との邂逅が何だか夢のようだが、脳内にはまだ田中透の記憶があるし、何とも言えない感情で心はさざ波が立ったままだった。

 得てせず手に入れた第2の生と前世の記憶に悩まされながらも、ルカはとりあえず言われた通り模様に2回触れて神託を取り出した。


 まずは自分の能力の確認をしなくては。

 話はそれからである。




初投稿です。ふと書きたくなったので書くことにしました。

三下モブが報われるように……コツコツ続けていけたらと思います。

感想や評価など頂けたら励みになります。よろしくお願いします。

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