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君恋し 三途川

作者: ユウギツネ

ある日の朝、あの人は冷たくなっておりました

昨晩二人で眠ったときは、暖かな手で確かに繋がれていたのに

私が目を覚ますと 隣にいるあの人は

既に温もりを失くしていて 私の声など聞いちゃくれませんでした


あゝ 神様よ、仏様よ

あの人を何故連れて行ってしまったのですか

私を何故置いて行ってしまったのですか

連れ戻しておくれませんか

どうか迎えに行かせちゃくれませんか


「ならば三途の川へお逝きなさい」


聞こえたものは神仏の声か、悪鬼羅刹 魑魅魍魎の声なのか

それはどうでも良いのです

私はただ今この瞬間に あの人の温もりを感じたかった


「かの川を渡りたければ声をおくれ」


私はすぐに応じました

それであの人といられるのならば

声など二度と出せなくたって構いやしません

誰かの笑い声が聞こえました──




次に目を覚ますと 隣にはあの人が

未だ温もりを失くしてはおりますが

私と声を 視線を交わしてくれました


「そら、逢えたろう。嬉しかろう」


からからと声が空から降っております

あの人は私を庇うように抱きしめて それから 冷たいその身を厭うように私から離れてしまいました

私までもが冷えてしまうと

いいのです、いいのです、お前様に触れて冷えるのなら良いのです

いっそこのまま二人で河の先へ進むことだって出来るでしょう

お前様を連れて戻れないのなら 私一人で帰るくらいなら 折角また繋げた手を離したくはないのです


「一緒に帰りたい?」


あの声を聞いてはいけないと あの人は私の耳を塞ぎましたが 声は不思議と手をすり抜けてよく届きました

一緒に帰りたいかと尋ねられれば当然 帰りたいに決まっております


「では帰りの分には心をおくれ。汝の声と汝の心、それを対価にその男の魂を返してあげよう」


あの人といられるのならば

私はすぐに応じました

何も惜しくない

あの人の為なら何もかも、惜しくはないのです

あの人はかの声を悪鬼羅刹と 魑魅魍魎の誘惑だと言って私を守ってくれていますが

私にはかの声は 神仏の加護に聞こえるのです

私たちを哀れんで 慈悲を 救済を 下さったのでしょう

さながら愚か者へ伸びる蜘蛛の糸のように──




次に目を覚ますと 隣にいるあの人は

既に温もりを取り戻していて

声と心を捨てた私を怒りました


「どう喜べというのだい?」


そう言って怒りました

あゝ 何故怒っているのでしょう

私はあの人の温もりさえあれば あの人が隣にいてくれさえいれば

愛おしくて 幸せで

あの人の為なら声も心も要らないと、


……はて。そういえば、愛おしいとはどういう気持ちのことだったのでしょう

幸せとはどういう状況だったのでしょうか

手を繋いでもらっても 抱きしめてもらっても

かつて心に訪れたような満ち足りた温もりが 今の私には訪れちゃくれません


あゝ そうか そうなのですね


あの人を救う為に捨てたものは声と心

声を失った私にはもうあの人へ愛を伝えられず

心を失った私にはもうあの人の愛を感じられない

そうなのでしょう、天の声よ

だからあの人はこうして泣きながら怒るのでしょう

愛しいお前の為ならば あのまま死んでしまっても良かったのにと

まるで三途にいた頃の私のような言葉を言って

お前の犠牲で得る命なんてと 怒りながらまた泣くのでしょう


あゝ 本当に 不思議なことです

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― 新着の感想 ―
[良い点]  文章や物語の流れが良く、最初の数行で惹き込まれました。 [一言]  愛おしいとはどういう気持ちのこと――なのか……。  読後に作中の一文について考えてしまいます。  自分の中には一つの答…
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