7回 バッティング練習
「翔大、最近頑張ってんな」
一週間後、月曜。放課後練習のアップ中に、隣を走る隼人が話しかけてきた。
「それは元々だよ! ね、翔大君」
「いや……な」
百合花のことは、家族と当事者以外知らない。
母親が気を使ってくれたのと、レギュラーの座をつかめるかもしれない友達にいらぬ心配をかけるからだ。
あれから、翔大は自主練を始めていた。
練習があれば1時間前に行って外周したり、帰った後も素振りや筋トレをやったりと、端から見れば、1年とは思えないほど練習に熱をいれていた。
「高山」
「え、あ、井戸田?」
「……なんで疑問符をつける」
とは言われたが、一度も話したことの無い井戸田が突然話しかけてきたとなれば、翔大は驚かざるを得なかった。
元々の性格があまり口数が多くないのが、さらにそれを助長している。
「まぁいい。後でキャッチボールやるぞ」
「はぁ!?」
「……なんだよ」
目が飛び出るほど驚く、とはこういうことか。体感しながら、1人納得する翔大。
井戸田は、だいたい同じ隣町出身の高梨がキャッチボール相手だったのだが、一体どういうことなのだろうか。
「あの井戸田が……今日は雹か」
「千里君。それダジャレ?」
「ちげーよ」
「こらぁ1年! 集中しろ!」
近くを走っていた2年生の怒号が飛び、翔大達は練習後外周10週の罰を受けた。ちなみに、なんとなくこんな予感がしていた井戸田は、ちゃっかり罰を回避していた。
「集合!」
「「「おーしッ!」」」
2年の言葉に、部員全員が監督の元に集まる。
そこで、翔大は違和感を感じる。
「なんか少なくねえか?」
「あっ、確かに。補習とかかなぁ」
「いや、居ないのは3年ばっかしだ……あっ」
翔大が原因に気づくと同時に、神田の話が始まる。
「今日から、明日、明後日は、3年生が修学旅行で不在だ。よって、その間は練習に参加できなかった1年も入れて練習を行う。3年生が居ないからといって、ちんたら歩いたりしたら外周させるからな。気合い入れてけ!」
「ハイッ!」
「では、フリーバッティングを始める。レギュラーから打席に入れ。それ以外は守備とボールボーイだ!」
1年が練習に参加できる。その言葉を聞いて、翔大は自分の胸が高鳴るのを感じた。
レギュラー候補に食い込むチャンス、等とは考えていない。
純粋な野球への恋情。それが翔大の心臓を跳ね上げさせたのだ。
「最初は……御堂先輩か」
左打席に立ったのは、2年、それも女子にしてエースを張る御堂梨華。
彼女は、打っても3年を差し置いて3番を打つのだ。
「10球だ。始めろ井戸田」
「はい」
2年には御堂以外にピッチャーは居ないため、自動的に井戸田がバッティングピッチャーとなる。
「1球目、バッチ来い!」
バックの声と共に井戸田が振りかぶり、細身の長身を使ったしなやかなフォームから、ボールが放たれた。
外角低め、ストライクゾーンのギリギリに白球が吸い込まれていく。
御堂はまだ動かないのか。1年勢がそう思ったのと同時、金属バット特有の快音が響いた。
「ショート!」
芯でとらえた打球がサードの横を抜き、更にショートのグラブの下をすり抜けた。見事なレフト前ヒットだ。
「2球目!」
インハイのスライダーをまたもうまくミートし、ライト前。
「3球目!」
少し球威を強めた真ん中低め、それを手首を使って上手くすくい上げ、センター前へ打球が飛ぶ。
その後も、厳しいコースを突く井戸田のストレートを完璧にとらえ、ヒットを量産して終了した。
「……なんつーミート力だよ」
翔大が思わず漏らした言葉に、何度もうなずく結衣。
どんなコースに来たとしても確実にミートするそのバットコントロールは、称賛に値するものだった。
「恐らく、御堂先輩はハナから長打捨ててんだろうな」
「うん。打ち方からして、確実に当てに行ってるよね。ソフトボールもあんな感じだよ」
基本、野球のバッティングのタイミングは、
『足をあげる』
『足がつく』
『振る』の1,2,3に分けられるのだが、ソフトボールは、
『足を上げる』
『つくと同時に振る』の、1,2なのだ。
ソフトボールが打者とピッチャーの距離が近い為の打ち方なのだが、彼女は、女である自分のスイングスピードを考慮して使っているのだと考えられる。
加えて、彼女は足を上げる』のではなく『摺る』。いわゆる摺り足というタイミングの取り方だ。これにより、無駄な動きが少なくなり、目線がブレずミート力が上がる。
まさに、ミートに徹しているのだ。
「に、しても、井戸田イライラしてんな」
「加減したとはいえ、ほぼ全球完璧に打たれたからな。あいつプライド高いらしいし」
マウンドの土を均す動作一つ一つに、井戸田の苛立ちが見受けられた。
ピッチャーは、自分の投げるボールに誇りを持っている生き物だ。それがああも完璧に打たれたとなると、井戸田でなくともああなるだろう。
「次! 柊」
「あ~い」
気の抜けた返事を返し、ヘルメットを被る柊。ゆっくり右打席に立つと、バットを肩に置いたまま脱力する。体が大きいからか、威圧感はある。
「1球目~」
井戸田のフォームが始動すると同時に、柊も動く。
快音。
ど真ん中に入った球を思いっきり引っ張ってサードライナー。打球スピードはかなり速い。
2球目は内角高め。タイミングが合わず、若干つまったがレフト前に運んだ。
「ずば抜けた感じはないけどよ、つまってもレフト前に持っていけるっちゅうことは、結構力はあんなぁ。柊先輩」
「性格はああだけど、がたいは良いからね」
「……御堂先輩、ナチュラルに隣に来るのやめてくださいよ……櫻井?」
翔大が、いつの間に隣にいた御堂から離れると、結衣がその間に割り込んできた。
呼んでも返事が無いため、気にせず翔大は柊の打席に集中する。
「オーライ!」
丁度、柊がレフトに打球を放ったところだった。高々と上がった打球が、レフトのグラブに入る。
「ラスト~」
最後の1球、外角低め少し外れた球を、柊は大きくクロスステップして引っ張った。
レフトの頭上を遥かに越え、校舎を打球から守るネットに直撃する。
「おおー」
球場だったらフェンス直撃という大飛球に、思わず歓声が漏れた。
「ありがとございました~」
「次、斉藤!」
「はい!」
「千里、俺らも守備いこうぜ」
「おう」
隼人と千里は、2年生があがり、空いた守備位置へと移動していった。
「…………変だな」
そんな中、ボールボーイをする翔大は、柊の打撃に疑問を持っていた。
──いくらなんでも、打球がレフトに集中しすぎだ。
10球中、レフトにいかなかったのは当たり損ないのポップフライ(セカンド)1球のみだった。
別にドアスイングって訳でもない上、最後の1球は外角外れた球を無理に引っ張っていた。
──なにか拘りか何かあるのか……もしくは……
「翔大君?」
「うわっ近っ!」
気がつけば、結衣の顔が文字通り『目と鼻の先』にあった。慌てて離れる翔大。
「どうしたの? なんかボーッとしてたけど」
「いや、たいしたことじゃねえ……とは思うんだが」
「え? どういう……あっ。ボール、グラウンドから出ちゃったよ」
「じゃ、俺取ってくるわ」
力のある長距離打者ほど、引っ張りたくなるのはよくあることだ。たいした問題じゃない。
そう決めつけて、翔大はグラウンドのフェンスをよじ登り始めた。




